1. はじめに
(公財)海外漁業協力財団の遠藤です。当財団は日本漁船の海外漁場を確保するために途上国に漁業協力事業を行う団体であり、洋上風力発電は業務に直接関連しません。しかしながら、2016~2017年度の2年間(国研)水産研究・教育機構(以下「機構」)の理事として洋上風力発電に関わり、漁業への影響調査のあり方について頭を悩ませた経験があります。また、2016年からは(一社)海洋産業研究会(現「海洋産業研究・振興協会」)の監事を務めています。そのため、「再エネ海域利用法」の施行や関連する情報については関心を持って見てきました。
今回は「現場の話」ではありませんが、機構の理事時代以降考えたことを書かせていただこうと考え筆を執りました。
2.「漁業に支障を及ぼさないこと」とは?
「再エネ海域利用法」の条文が明らかとなったのは内閣府・経済産業省・国土交通省から共同で提出された法律案が閣議決定された2018年11月上旬でした。その際、「海洋再生可能エネルギー発電設備整備の促進区域(以下「促進区域」)」指定の基準の5番目の「(発電事業の実施により)漁業に支障を及ぼさないことが見込まれること」という規定が気になりました。漁業関係者の要望に配慮した結果だとは思いますが、見方によっては漁業者が洋上風力発電導入に「拒否権」のようなものを持つ形になり、発電施設導入の進捗状況によっては非難の矛先が漁業者に向くことになるのではないかという思いが心をよぎったのです。
その1年前、私は生物研究社が出版する隔月刊誌「海洋と生物」No.232(2017年10月発行)の特集記事「洋上風力発電と環境影響調査」に、当時の機構の和田時夫理事(現(一社)漁業情報サービスセンター会長)とともに「水産資源・漁業への影響調査の実施に向けて」の考え方を寄稿する機会を得ました。当時は海洋基本計画やエネルギー基本計画の改定に向けた議論の最中で、洋上風力発電導入促進や漁業影響調査の議論も高まりつつあるところでした。寄稿の中でも紹介しましたが、経済産業省や環境省は、一般海域における洋上風力の利用促進のための漁業者を含む地域関係者間の合意形成に向けたガイドラインを策定していました。また、水産庁、全国漁業協同組合連合会及び(一社)大日本水産会に設置されている相談窓口を紹介し、事業者の方々がこのような仕組みをうまく活用して現場に積極的に入り込み、海況や漁業の実態、洋上風力発電への懸念などについて漁業関係者等と率直に話し合いを持つこと、また、地域協議会などを設けて漁業影響調査や地域貢献の方法について議論して丁寧に対応されることが円滑な事業推進につながるのではないかとの問題提起を行いました。これらの地元関係者との話し合いの仕組みは、2019年4月に施行された「再エネ海域利用法」の中で、「協議会1)」の開催を含めた「促進区域」の指定手続きの一つとして、より包括的なものになったと認識しています。
1) 「再エネ海域利用法」(第9条)は、「協議会」は発電事業の実施に関し必要な協議を行うためのもので、①経済産業大臣、国土交通大臣及び関係都道府県知事、②農林水産大臣及び関係市町村長、③関係漁業者の組織する団体その他の利害関係者、学識経験者等により構成するとしている。
一方、漁業・水産資源への影響調査については、前述の「海洋と生物」への寄稿で、①環境影響評価法に基づく環境アセスメントとは「別に実施するもの」であり、②海流や水産生物の分布・回遊や周辺の漁業の実態を勘案して影響を受ける魚種・漁業の範囲を十分検討した上で、③漁業・資源関連情報について「発電施設建設の前(事前)の調査」とともに、「建設中」、「稼働後のモニタリング」を行うべきことを提案しました。洋上風力発電の漁業へのすべての影響を前もって推定するのは困難であり、まずは事前の調査を実施して現状を確認し、施工中に加え、稼働後も一定期間、関係者で合意した項目についてのモニタリングを継続し、その結果、施設の設置の影響と思われる何らかの問題が発生した場合に適切に対応できるようにしておく必要があると考えたからです。このため、協議会あるいは類似の枠組みを継続設置し問題点を協議できる体制を整えておく必要があります。このようなフォローアップ体制を整えることが、漁業者の不安をある程度払拭し事業のスムースな推進を促すことになるのではないかと考え、当時経済産業省の担当者の方と意見交換する機会があった時にも同様の話をさせていただきました。このような考えを持っていたために、「再エネ海域利用法」の「促進区域」指定基準の5番目、「(発電事業の実施により)漁業に支障を及ぼさないことが見込まれること」という規定がどのように運用されるのかが気になったのです。ただ、幸いにもこの気がかりは早々に解決されることになりました。
「再エネ海域利用法」の運用に関して定期的に開催されている経済産業省及び国土交通省の合同委員会2)が2019年4月に公表した議論の「中間整理」で「漁業への支障の有無の確認は、当該区域における洋上風力発電と漁業との協調・共生についての観点も踏まえて行う。」という方向性を示し、2019年5月に閣議決定された海洋再生可能エネルギーに関する「基本方針3)」に「経済産業大臣及び国土交通大臣は、促進区域の指定に当たっては、海洋再生可能エネルギー発電と漁業との協調・共生についての観点も踏まえた上で、当該海域における促進区域の指定が、当該海域で営まれている漁業に支障を及ぼさないことが見込まれることを考慮する必要がある」とする文章が含まれました。私は、「促進区域」の指定の際は漁業との協調・共生のための漁業振興策のプラスの効果を総合的に考えて漁業への支障が見込まれるかどうかを検討・判断するという運用が行われるのであろうと理解しました。そして、同法の下で議論が進んでいる地域の「協議会」でどのような議論が行われているのかが気になり出しました。
2) 「総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会 洋上風力促進ワーキンググループ」「交通政策審議会港湾分科会環境部会洋上風力促進小委員会」合同会議
3) 「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本的な方針」令和元年5月17日 閣議決定
3. 協議会で取りまとめられた「留意事項」
漁業影響調査は「再エネ海域利用法」に言及がありませんが、上記「基本方針」では「協議会においては、各海域の特性に応じて、選定事業者による漁業影響調査の実施及びその方法についても協議する」とされています。一方、「促進区域」が決定されると「公募占用指針」により事業者の選定過程に入りますが、「公募占用指針」を作成するための「運用指針4)」中に「漁業・地域との協調の在り方」に関する記載があり、「協議会でまとまった意見のうち公募の条件となる事項と事業者による漁業影響調査及びその方法について「公募占用指針」に記載すること」とされています。ただ、区域毎に定められた「公募占用指針」を読むと、「協議会」でとりまとめられた「留意事項」を尊重することが「促進区域」で発電事業を行う要件となっているだけで、漁業影響調査については記載がありません。脚注の 5) は長崎県五島市沖のものですが、他の5つの「促進区域6)」のものも同様の記述となっています。そこで、現在公表されている5つの「促進区域」の「留意事項」を見てみると、ここに漁業影響調査に関する記述がありました(表1参照)。
(https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/yojo_furyoku/index.html#kyougi)
4) 「一般海域における占用公募制度の運用指針」 令和元年6月、経済産業省資源エネルギー庁 及び 国土交通省港湾局 https://www.mlit.go.jp/common/001292755.pdf
(別添2)長崎県五島市沖における協議会意見とりまとめ「3.留意事項」を尊重して事業を実施すること。
6) 「長崎県五島市沖」、「秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖」、「秋田県由利本荘市沖(北側・南側)」、「千葉県銚子市沖」及び「秋田県八峰町及び能代市沖」の5区域
洋上風力発電施設は設置されれば今後30年間にわたって海洋の一定区域を占有することとなり、その影響は漁業だけでなく他の社会経済活動にも及ぶ可能性があります。このため「留意事項」は幅広い利害関係者を念頭にまとめられていますが、ここでは、5つの区域の「留意事項」の中で漁業に関連するところを少し詳しく見てみます。
まず、全体理念として、地元との共存共栄への理解、地方創生に資する事業の実施、協議会の意見の尊重が謳われています。発電事業の実施について発電設備等の設置までに協議会の構成員である漁業者の了承を得ることを求めている区域もあります。また、地域や漁業との共存などについては、丁寧な説明・協議などによる信頼関係の構築、地域や漁業との協調・共生などのための基金の設立、漁業影響調査の実施等も求めています。漁業影響調査の実施方法等については、関係漁業者、学識経験者、地元自治体の意見・助言の尊重、あるいは、実務者会議を設置しての検討を求めていますが、まだ具体化されていません。ただ、調査実施期間について、原則として発電事業実施前の調査を求めたり、建設工事の少なくとも1年前から実施し発電事業開始後も継続して実施することを求めているところもあります。一方、「支障がある場合、協議の上必要な措置をとる」と明示しているところが1か所ある他、いずれの区域でも、記述事項以外に「協議、情報共有を行うべき事項が生じる場合、必要に応じ本協議会を通じて行う」とされており、将来のフォローアップ体制の維持も求められています。
私は各区域の協議会に参加していませんので具体的な議論のやり取りや協議会の雰囲気は分かりませんが、「留意事項」の記載事項を見る限り、「促進区域」の指定に向けて風力発電事業の導入手続きや漁業の協調・共生のための方策に関する協議を進める中で、漁業者は、今後の導入に向けた話し合いに向け、洋上風力発電による漁業への影響に不安をもちながらも、「拒否」ではなく「共存・共栄」の道を選択してみようと考えたのではないかと考えます。話し合いはいい形で進んでいるものと感じています。
また、今回のコラムで紹介された銚子市漁業協同組合の組合長様、長崎県五島市長様の寄稿は、将来の水産業の振興、地域の活性化等を目指す漁業協同組合や地方自治体の主導的な活動が話し合いを推進するために重要であることを示すものと思います。事業者側の地域に溶け込む努力も話し合いを後押ししています。一方、山形県遊佐町沖の案件は先般「有望な海域」として指定され、今後「再エネ海域利用法」に基づく協議会での検討が開始されると聞きますが、関連する3つの寄稿を併せ読んで「事業化想定区域」を「漁場利用概念図」に重ね合わせると、事業化想定区域に「壺・箱・篭」、板曳網、曳縄、浮延縄、底延縄の漁場が含まれることがわかります。漁業者側が「漁業が行われているところはダメだ」という頑なな対応はせずに真摯な態度で検討会議に参加しているという表れではないかと考えます。
4. 漁業影響調査
漁業影響調査についてはいずれの「促進区域」でもこれから具体化されていきます。日本周辺海域では大規模洋上風力発電の導入に伴う漁業影響調査の前例はありません。どのような調査が必要かどのように実施するべきかについていろいろなところで検討が進められていると思いますが、ここでは、私が機構時代に検討し、考えたことを思い出しつつ、漁業影響調査の考え方を整理して提案してみたいと思います。
既に先ほど少し説明しましたが、洋上風力発電事業の実施に関連する調査としては①環境アセスメント、②周辺の漁場環境や漁業の実態調査、③漁業影響調査があります。これらの3種類の調査は明確に区別する必要がありますが、これらの違いを説明する中で漁業影響調査に関する考え方も明確化できるものと思います(表2参照)。
*2:漁業法第90条、第58条で準用する第52条第1項 *3:漁業法第52条、第26条、第30条
まず、環境アセスメントですが、これは開発事業の内容を決めるに当たって、それが環境にどのような影響を及ぼすかについて、あらかじめ事業者自らが調査、予測、評価を行い、その結果を公表して一般の方々、地方公共団体などから意見を聴き、それらを踏まえて環境の保全の観点からよりよい事業計画を作り上げていこうという制度で、環境影響評価法に基づくものです。環境の変化が漁業に影響を与えることはもちろんありますが、漁場の移動や魚の回遊経路の変化等、生物資源そのものに影響を与えなくても漁業に大きな影響を与える場合がありますので環境アセスメントは漁業影響調査にとってかわることはできません。ただ、環境アセスメントで収集された情報の中には漁業影響調査に活用できるものもあると思いますので、関係者間で共有してはどうかと思います。
次に漁業実態調査です。これは漁業者の漁場の利用状況を把握するための調査で、漁業影響の範囲を想定するためにも漁業影響調査を計画する前にまとめておくべきものです。漁業法の下、都道府県あるいは国が所管する漁業の実態を把握することとなっていますので、地元の漁業者と意見交換を行って概要を把握した後に関係する行政機関から情報を収集して施設設置予定海域とその周辺海域の漁業実態についてまとめるのが適当かと思います。その際は周辺海域の海底地形や海流などの漁場環境も併せて調査し、設置予定海域から離れた海域で操業する沖合漁業や地元漁業者以外が営む漁業への影響を十分配慮してとりまとめる必要があります。これはつい忘れがちですので注意が必要です。特に、今後浮体式施設の設置が進めば、沖合域の漁業への影響は忘れてはならない検討事項になります。
最後に漁業影響調査です(別図参照)。
まず、漁業実態調査で明らかになった影響を受ける可能性がある漁業者や不安を感じる漁業者としっかりとした意見交換を行う必要があります。この話し合いを通じ、洋上風力発電施設の導入等に関する懸念、気になっていること、関心のある魚種・海域などを聞き取り、これらの懸念・関心等に応えるための調査計画案・調査方法を検討します。もちろん、漁業者、事業者だけでなく、調査設計・実施に関する専門家などにも参加いただき、関係者間で調査計画・方法を検討・合意する必要があります。調査の実施については、計画に基づいて事前の調査を実施して現状を把握するとともに、建設中、稼働後の一定期間、影響の有無をモニターしていくことが必要かつ重要です。また、その結果は関係者で共有し、必要に応じて調査計画の改善や影響への対応策を検討することになります。漁業影響調査は漁業者の具体的な不安や懸念に応えるための調査であり、漁業者との意思疎通を密にしながら進めることが重要です。
なお、水産に関する調査関係組織の中にも洋上風力発電の漁業への影響に関心を持ち調査の方法等について検討・取りまとめを行っているところがあります。より詳細に記載がありますので脚注の 7) 及び 8) に情報を掲載しておきます。是非、参考にしていただきたいと思います。
7) 「洋上風力発電施設の建設に伴う漁業影響調査の実施について」 (一社)全国水産技術協会(令和元年7月8日)
http://www.jfsta.or.jp/activity/洋上風力発電施設の建設に伴う漁業影響調査の実施について.pdf
8) 洋上風力発電に係る漁業影響調査手法検討 (公財)海洋生物環境研究所、(公社)日本水産資源保護協会(2020年2月)(2019年度 (国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構委託事業)
https://seika.nedo.go.jp/pmg/PMG01C/PMG01CG01(閲覧にはユーザー登録が必要)
5. 最後に
今後、事業者が決定(すでに決定されたところもあります。)され、具体的な協調・共存策や漁業影響調査計画が検討されていくことと思います。今回の寄稿がその際の参考となれば幸いです。また、漁業者も、洋上風力発電との共存共栄という考えの下、事業者と真摯に向き合って協議に参加していただきたいと思います。洋上風力発電事業と漁業が、協調と共存・共栄の考え方の下、地球環境保全という大きな命題に貢献しつつ共に発展していく未来を期待したいものです。(第13回へ)