湊町酒田より、こんにちは!山形県にある酒田市役所の竹越と申します。このリレーコラムに酒田からも寄稿させて頂きます。洋上風力発電の話に入る前に、せっかく頂いた機会ですので、北前船寄港地「酒田」の話から語らせてください。
1. 北前船寄港地「酒田」
♪ほんまに酒田はよい港 繁盛じゃ おまへんか♪
これは、酒田甚句の一節です。日本海側にある酒田は、江戸時代、商人で賑わう湊町として栄えました。その頃、北海道を起点とした海運により各地の産物(米や海産物など)が江戸や大阪に運ばれました。船の航路には大きく2つあり、一つが津軽海峡を通り、江戸へ向かう「東廻り航路」、もう一つが瀬戸内海を通り、大阪、江戸へ向かう「西廻り航路」。そして、この西廻りの航路を走る船を「北前船」と呼びます。ちなみに、東廻り航路は太平洋側を北へ流れる黒潮に逆らって進むため、西廻り航路の方が荷物を運びやすく、盛んに利用されたと云われています。
北前船で大阪と北海道を1往復すると、その儲けは千両(今の価格で6,000万円~1億円)も夢ではなかったとか。そんなビッグチャンスをつかむことができる、夢をかなえることができる「まち」酒田は、湊町として、港とともに賑わい、歴史を刻んできました。
しかし時代が流れるとともに、港の役割も当然、変わってきます。令和の時代に合致する、新しい湊町酒田として栄えていくためにも、「港」にこだわりを持ちながら、「まち」の発展を考えていくことが歴史的にみても大事なポイントではないかと思っています。
2. 「カーボンニュートラル」を「令和の北前船に」
東日本大震災と福島原発の事故により、私たち日本人のエネルギーに対する常識は180度変わったと言っても過言ではありません。2011(平成23)年3月より前であれば、誤解を恐れず言うと、風力発電や太陽光パネルといった、いわゆる再生可能エネルギーに対しては様々な見方がありました。
それが今(2020(令和2)年)では、国の政策として、「2050年の脱炭素社会の実現」が掲げられ、山形県も「ゼロカーボンやまがた2050」を宣言しました。カーボンニュートラル社会におけるエネルギーの主力は再生可能エネルギーであり、その切り札と目されるのが洋上風力発電との考えです。
しかしながら、湊町酒田にとって一番大事なことは、(これも誤解を恐れず言えば)、洋上風力発電が立地されることよりも、カーボンニュートラルに貢献できる酒田港に変化することだと考えています。つまり、具体的にどういうことかと言うと、例えば、酒田港が海洋再生可能エネルギー発電設備等拠点港湾(基地港湾)となって、洋上風力発電の設置や維持管理の際に酒田港をフル活用してもらうイメージです。お隣の新潟県であれば、水素、アンモニア等の次世代エネルギー資源の大量輸入や貯蔵、利活用をする構想と聞いています。
したがって、酒田港が全く利用されないで、洋上風力発電だけが庄内地方の海に建つのであれば、酒田にとって、その魅力は半減してしまうといっても過言ではありません。
酒田にとって昔も今も大事なことは、江戸時代に北前船で大繁盛した酒田のよい港を令和の時代も大繁盛させることです。そのためには、「カーボンニュートラル」を「令和の北前船」にしていくことではないかと捉えています。
3. 酒田市にとってのキックオフ
山形県は2018(平成30)年7月に「山形県地域協調型洋上風力発電研究・検討会議」を設置し、さらに遊佐沿岸域における具体的な検討・議論を行うため、同年8月に「遊佐沿岸域検討部会」を設置して、地元漁業者も加えて研究・検討を進めました(詳しくは本コラム第5回で述べられています)。
そして県は2020(令和2)年2月、国に対して、想定海域を再エネ海域利用法に定める促進区域の指定に向け、経済産業省資源エネルギー庁へ情報提供したところ、同年7月に、遊佐町沖は、「既に一定の準備段階に進んでいる区域」に選定されました。また、2021(令和3)年9月には、その次のステップに当たる促進区域の指定に向けた「有望な区域」に追加されました。
「海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域指定ガイドライン」をもとに作成
ここで、みなさんは、少し疑問に感じると思います。このコラムは酒田市の話ではなかったのかと。隣町となる遊佐沖の洋上風力発電で、なぜ酒田市が関係するのだろうかと。
まったく同じような発想で、酒田の漁師からも、「酒田市は洋上風力発電に対してどう考えているのか、行動が全く見えない。」との声が寄せられました。
これまでの本市のスタンスは、遊佐沖で洋上風力発電の検討がなされているので、そうであれば遊佐町の隣にある酒田港を洋上風力発電の基地港湾としてフル活用してもらいたい、つまり、単純に2.で述べたことの実現を目的として動いていたのです。もちろん、遊佐沖でも、歴史的に、酒田の漁師が入り会いで操業しているので、本市も遊佐部会のメンバーにはなっていましたが、あくまで議論の主体ではなくメンバーの一人という認識でした。結果的に漁師や市民のみなさんの目線で見ると、洋上風力発電に対する市のスタンスがあやふやに見えてしまったのではないかと思っています。
しかし、これには後日談があり、市として港湾法を調べるとともに、関係者の方々のお話を聞く中で、酒田港が国から基地港湾の指定を受けるためには、2つ以上の洋上風力発電の事業による港湾利用見込みが必要とのことで、遊佐沖を1つの事業とすると、例えば酒田沖や酒田港湾区域内での洋上風力発電の事業による港湾利用がもう一つ必要となることが分かりました。
このため、酒田沖の洋上風力発電について、まずは賛成か反対かということではなく、漁師や市民が適切な判断をしていく上での情報を得つつ、本市も一緒になって理解を深めていくことが必要であると考え、県に対し市では、遊佐沿岸域検討部会の酒田版として、地域の住民代表、漁業関係者、行政関係者らで構成する「酒田沿岸域検討部会」の設置を要望しました。酒田部会の開催は2021(令和3)年度中の見通しです。
ここで大事なポイントは、この検討部会は酒田沖で洋上風力発電を実施することが前提の会議ではなく、あくまでも、「地域として、海を利用する漁業者として、そして市民として、洋上風力発電をどう考えるのか、しっかり検討しましょう」という場であることです。もちろん、最終的に、洋上風力発電を推進するのか、やめるのかを決めなくてはいけない日はやってきます。十人十色というように、全員が全員同じ意見になることはありません。「絶対反対」、「反対まではしない」、「漁業協調・振興策によるメリットと、洋上風力発電によるデメリットとの比較次第」などなど、様々な意見が出てくるのではないかと考えられます。ただ、こうした考えに至るには、思い込みで判断するのではなく、繰り返しにはなりますが、漁師や市民の方が適切な判断をしていく上での情報を十分に得てから、熟考し結論を得ることが大切です。
こうした中、2021(令和3)年8月に、山形県の協力も得て山形県漁業協同組合の主催による「漁業と洋上風力発電」をテーマにした勉強会が開催されました。この勉強会には漁師のみなさんはもちろん、本市からは市長の丸山をはじめ、市の関係部署の職員も参加させていただきました。漁師と行政ともに、洋上風力発電について様々な情報に触れられたことはとても良いタイミングであり、現場目線で洋上風力発電を考えていく良いきっかけとなったことから、この勉強会は本市にとって洋上風力発電検討のキックオフ会議だったと思っています。これから、酒田の漁師や市民のみなさんが洋上風力発電に対しどう向き合って考えるのか、行政も一緒に入って、酒田の漁業や市の将来も含めて議論をし尽くさなければいけないと考えています。
4. 漁業実態調査は、いろはの「い」
洋上風力発電と聞くと大概の漁師は、「どこに建てるんだ、漁の邪魔になる、魚がいなくなる」と考えます。これは至極当たり前の話で、海は漁師だけのものではないことは重々承知ですが、感覚としては、少し語弊があるものの、「自分の家の目の前に、ある日突然、大きなマンションがドンと建つ」、そんなイメージです。
洋上風力発電の建設は海の開発行為ですので、海で生活を立てている漁師が、工事中あるいは建設後の生活を心配し、不安に思うことは当然のことなので、この漠然とした心配に対して、しっかり向き合い、いかに応えられるかが重要なポイントとなります。
そして、この漁師の漠然とした不安に応えるには、「不安」を一つ一つ丁寧に調べ上げ見える化し、漁師から「俺が言いたかったのはそれだよ。うまく言えなかったけど。」と言ってもらえるような対応が必要です。
そのためには、まずは、漁業の実態がどのようになっているのか、具体的に調べ上げる必要があります。海のことは漁師に聞けとよく言いますが、だからと言って、漁師がすべてのことを完璧に分かるかと言うと、(漁師に怒られてしまいそうですが)、そうではありません。例えば、ある地方の祭りについて調べたいとき、そこに住んでいる住民に聞いたら、すべて知っているかというと、それは違いますよね。漁師だって同じです。祭りの例を続ければ、現地を歩き回って、歴史や風土について地元の文献や識者に当たり、体験談は長老や名士に取材をして調べ上げること、これが必要です。
酒田地先の漁業実態については、山形県庄内総合支庁産業経済部水産振興課が漁業関係者からの聴取調査を基本にとりまとめた「酒田地先の漁業について」があります。今後はこれを基にした、より詳細な漁業実態調査が必要だと考えていたところ、2021(令和3)年7月に、経済産業省から全国19海域の中から酒田沖が調査対象として選定されました。
「洋上風力発電の地域一体的開発に向けた調査研究事業」を
活用して調査を実施する海域を選定しました」より抜粋し作成
せっかくの国からの調査ですので、フル活用しない手はありません。前述での勉強会や酒田沿岸域検討部会で検討するにせよ、漁師自身が、足元、自らが利用する海域の歴史や漁業実態の変遷、そして今をしっかり見定め、その上で、将来についてしっかり熟考することが求められます。
本コラムの第1回で長谷理事が取り上げた一般社団法人海洋産業研究会の「洋上風力発電等の漁業協調の在り方に関する提言」の中では、「発電事業者には、漁業、とりわけ漁業権に関する正しい知識を持ち、敬意を持って、先行海域利用者たる漁業者との調整と合意形成を図るようにすること、積極的に漁業協調システムの導入を図り、沿岸漁業の振興ひいては地域振興にも寄与しうるよう取り組む」、一方、「漁業者に対しては、海洋再生エネルギー利用の意義を理解し、海域の多目的利用、海域の総合的利用の観点から、洋上立地について協力するとともに、その建設を活用し、これを持続的な漁業及び漁村の発展に結び付けていくよう考える」ことを求めています。
まさに、これらが発電事業者と漁業者の折り合いの原点だと思います。そしてその求めに応じた折り合いをつけるためにも、その出発点として、やはり、漁業実態調査がいろはの「い」になると考えています。
5. 環境への配慮
洋上風力発電の議論を交わす上で、環境への配慮は欠かすことのできない大切な事柄の一つだと考えています。
陸であれ海であれ、自然界にないものを作る以上、環境に全く影響がでないということはあり得ません。極端なことを言えば、我々人類が地球上にいる限り、多かれ少なかれ地球環境には必ず影響が出てしまいます。そうした意味で、事前に環境へ与える影響を調査し、予測、評価することが大切となります。そのための取り組みが環境影響評価法に基づく「環境アセスメント」の実施です。アセスメントの部分が横文字で分かりづらいとすると、「環境影響評価」と言い換えても同じ意味です。そして洋上風力発電においても、環境アセスメントの実施が必須工程です。
一方で、環境への影響を評価するのに環境アセスメントだけで、すべてが解決するかというと、残念ながらそうとは言い切れないと考えます。例えば、漁業であれば、洋上風力発電に限らず何らかの事業をある海域で実施した際、その事業実施前後で「魚が減ったのか増えたのか、どうなったのか」という設問に答えるためには、事業実施前から、当該海域での漁場の様子(漁場環境)をモニタリング調査してデータを蓄積しておかないと比較することができません。つまり、魚が減った又は増えたということが、海の環境変化によるものなのか、事業の影響によるものなのか分からないということです。このような観点から、遊佐沖での漁業協調策等検討会議では、環境アセスメントの実施だけでなく、事業者による事業実施前から事業実施後に渡る長期的な漁業影響調査(モニタリング調査)の実施が必要との方向性が示されました。
環境への配慮は、魚だけではありません。酒田市民にとっては、鳥海山を望む景観も、とても大切な事柄です。そのほかにも、漁業対象以外の海洋生物や海鳥、海洋環境や生態系全体など、様々な視点や考えがあります。そういった意味で、洋上風力発電の検討を進めるためには、環境への配慮についても、漁師や市民のみなさんの十分な理解が必要となります。特に検討段階にあっては、聖域をつくらず、あらゆる観点からの議論を市民のみなさんを交えて、丁寧にし尽くすことが必要だと考えます。
6. 結びに
酒田市の行政は、漁師や市民のみなさんの十分な理解が得られないままに、洋上風力発電をゴリ押しで進めることはしません。逆に、漁師や市民のみなさんから、十分な理解(コンセンサス)が得られるならば、行政が先頭に立ち、旗振り役になって、洋上風力発電、そして、それに続く、本丸の酒田港の基地港湾化に向けて進めていかなくてはいけないと考えています。
♪ほんまに酒田はよい港 繁盛じゃ おまへんか♪ の一節にあるとおり、先人たちから受け継いだ、湊町酒田の酒田港を核に、酒田市行政としては、カーボンニュートラルが令和の北前船となり、酒田を大いに発展させ、持続可能な「まち」となるよう努力していきたいと考えます。(第12回へ)
酒田港に寄港した最大のクルーズ客船で、全長は東京タワーの高さと同じ約333m。 資料:国土交通省東北地方整備局酒田港湾事務所