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水産振興コラム
20255
第一次産業の相手は自然か。漁業の相手は魚か。

第2回 ニーズとは(下) それ、押し付けてない?

窪川 敏治
(有) 金城水産 代表取締役 / 石川県定置漁業協会 代表監事

ニーズを外している例をもう一つ。今度は漁業の話。海洋管理協議会(MSC)という国際的な組織がある。資源を守り、地球環境を大切にしながら魚を獲ろう、審査によって持続可能な漁業に認証を与え、その漁業で獲られた水産物には「海のエコラベル」というシールを付ける、といった組織である。私はそこの社内プロジェクト会議に呼ばれたことがある。

プロジェクト会議で問われたのは、「なぜ日本ではMSC認証がはやらないか?」だった。「マックのフィレオフィッシュにも付いているのに」とも言う。

「持続可能な漁業で獲られた魚を食べた方がいいと思いますか?」と聞けばみんな「イエス」を選ぶ。それは日本人も同じだろう。だけど、日本でははやらない。世界のMSC取得件数に対し、日本は漁業大国であるのに、たった4.7%しか認証を受けていないという。商品数でみれば2.8%しかシールが付いていない。「こんな素晴らしい取り組みをしているのに、なぜ日本の漁業者は協力しないのか」というのが彼らの疑問の原点だ。

私からすればそれは当然。日本ではMSCマークより、「朝獲り」「今が旬」「鮮度抜群!」「これはうまい!」のシールの方がはるかに魅力的だ。MSCのマークを見て、きょうの晩ご飯のおかずにしようと思う人はまずいない。日本の魚はおいしいし、生で食べるから、「朝獲り」「これはうまい!」のシールにMSCシールが負ける。それは日本では、鮮度を基準に魚を買うからだろう。

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一方、海外は違う。台湾の屋台に行ったことがあるが、魚は氷を下に敷いて4段積みで陳列されている。氷が当たっているのはいちばん下の魚だけ。それは生で食べず、強火で炒めて食べるからだ。欧米も同じ。切身にしてフライパンでこんがり焼いて、ソースをかける。元の魚の味なんてとっくにどこかに飛んでしまっている。そんな、魚を生で食べない国々では「海のエコラベル」のニーズが生まれる。魚料理の優劣が、鮮度などの魚本来のおいしさではなく味付けによるから、魚を買う時の基準が、資源を守りながら獲っているかに興味が向くのだ。

写真2

MSCの取り組みは決して間違っていない。むしろ積極的に行うべきことだ。ただ、それがニーズとなるかは別問題。マクドナルドのフィレオフィッシュバーガーもエコラベルが付いているから買っているのではない。現状、MSCの審査項目に鮮度やおいしさの尺度は一切ない。そうなると、日本のような高度な魚食文化が根付く国では、ニーズのミスマッチが生まれても致し方ない。

真の付加価値は下から

漁業者は付加価値を付けようと、血抜き、活〆し、「この魚がうまい!」とどんどん押し出す。けれど、消費者も仲買も市場もそれを本当に欲しがっているのだろうか。うちの船も神経〆したり血抜きしたり、いろいろ試した。すると仲買は「そんな中途半端なことをするならすべて生かして帰って来い」と言う。船のハッチをいくつか活魚用にして持って帰ると、金城丸の生かしの魚は間違いないということで、今では寿司屋を中心に引く手あまただ。ニーズを満たす付加価値はそうやって生まれていく。それこそ上から落としたのでなく下から挙がったニーズだ。

秋田の漁業者も付加価値を付けようとがんばっているのだと思う。ただ、そのがんばりが、もしかしたら下からのニーズを満たしていないのかもしれない。

ビジネスにおけるニーズとは、相手が求めている理想的な姿や状態を指す。付加価値を付けた魚が評価されないのは、自己満足を一方的に上から押し売りしているだけじゃないのか考えてみてほしい。

連載 第3回 へ続く

プロフィール

窪川 敏治(くぼかわ としはる)

窪川 敏治

1980年生まれ、漁業とは無縁な東京育ち。東京海洋大学資源管理学科卒。学生時代含め中学受験の塾講師を12年務め、2011年に石川県に移住転職。大型定置網漁業の(有)金城水産 代表取締役、石川県定置漁業協会 代表監事、石川県漁協加賀支所 地区総代、(株)船舶職員養成協会北陸信越 教員。水産庁・「漁業の働き方改革」実現に向けた調査事業検討委員会 委員(2018)、同・資源管理手法検討部会サワラ日本海・東シナ海系群 参考人(2023)。岩手大学(資源経済)および京都大学(資源解析)の研究協力も行う。
進む温暖化と水産業(7) - 洋上風力発電で漁業者が混乱している/窪川敏治 | 水産振興コラム | 東京水産振興会