私は、東京生まれで東京育ち。東京海洋大学資源管理学科を卒業後、学生時代を含めて中学受験の塾講師を12年務めたあと、30歳で妻の実家の定置網漁業を継ぐため、石川に移住し転職した。今は、石川県でも最南方の加賀市で、(有) 金城水産として3つの定置網を経営している。加賀市全体の水揚げが約10億円で、私の定置網ではその5分の1の2億円を水揚げしている。また、石川県は定置網漁が盛んで、県全体の水揚げ年間約4万6,000トンのうち、その半分の約2万トンを超える量が定置網で漁獲されている。
今回、秋田県から声が掛かり、秋田の漁業の課題解決に向けて話すことになった。見ず知らずの土地ということで、県の方に現状と課題を挙げてもらった。その中から、付加価値の問題、ブランド化の問題、そして流通の問題について、地元・石川県の取り組みを踏まえ、私の考えをお話しする。
最初に付加価値の問題。ニーズを外している例から紹介する。先日、ある人から一次産業の就業相談を受けた。鶏卵農家を目指しているという。その人は、研修先で販売しているラベルの付いた卵を買ってきてくれた。その卵のパッケージには、「アニマルウェルフェア(動物福祉)に配慮したケージフリー飼育」「ノコクズ納豆菌発酵飼料を使い、驚くほどにおいを感じない」と書いてあった。思わず「この農家さんは最近まで海外で暮らしていたの?」と聞いてしまった。

私はこれまで卵のにおいを気にしたことがなかった。日本の卵は品質管理が徹底されているので、においなんて気にしたことがない人がほとんどではないだろうか。実際にもらった生卵を好きな卵かけご飯にして食べてみた。確かににおいはなかったが、味は普通だった。
私たち日本人は生卵に何を期待するのか。黄身が箸で持てるとか、色が濃いとか。要は卵の味が濃くてうまいかだろう。でも、この卵の売りは、放し飼いと無臭。手を掛けている分、価格は通常より2倍も3倍も高い。
農林水産省のホームページでは、アニマルウェルフェアについて、「家畜を快適な環境下で飼養することにより、家畜のストレスや疾病を減らす」「結果として、生産性の向上や安全な畜産物の生産にもつながる」と推奨している。そのうえ、このサイトには英語版ページもあった。海外の人たちに日本はアニマルウェルフェアをちゃんとやっていますよ、とアピールするためである。
この農家さんは、取り組みが認められ、農林水産省の食育活動表彰も受賞している。そこでさらに聞いてみた。「この農家さんもうかってないでしょ?」。
社会から自然に湧き出るもの
この農家さんは「こだわって、自分はいいことをやっているのに」と思っている。だがこの卵は、表彰もされているが日本人のニーズを完全に外してしまっている。
世間の人に「動物福祉に配慮した卵がいいと思いますか?」と聞くとみんな「イエス」を選ぶ。「嫌なにおいがない卵がいいと思いますか?」と聞くとみんな「イエス」を選ぶ。それを農家さんはニーズだと勘違いしてしまった。
「選ばれるもの」と「選ばせたもの」は違う。ニーズというのは、社会からおのずと湧き出てくるもので、イエスかノーの選択肢を与えて選ばせるものではない。
物価高の現在、放し飼いのために、においがないために、高い卵をつくるのは正解なのか。その付加価値は買う人に必要とされているのか。
案の定、この農家さんは収益的には「うまくいっていない」という。就農希望者にとって、考えさせられる卵であった。
(連載 第2回 へ続く)