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水産振興コラム
20266
進む温暖化と水産業

第61回 
変化を超える(静岡・伊東市㊤) 
先を見据える現場力

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

“挑戦” の先に海路あり
広がる「五島式」定置

きょうはマグロが入らなくてよかったよ ——。4月中旬、相模灘に面した伊豆半島の東岸にあるJFいとう漁協の魚市場では、早朝からクロマグロの入網に一喜一憂する定置網漁業者の会話が飛び交う。

国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種にまで指定され、国際的な取り組みとしてクロマグロの漁獲規制が本格的に始まったのは2014年。小型魚の漁獲量の半減を中心とする措置は漁業界を震かんさせた。しかし、あれから12年。規制の効果か、科学者の想定を上回る勢いで資源は回復し、全国各地でクロマグロの増加が報告されている。

地元の漁業や地域を支える受け皿となっている定置網漁業
(写真は、城ヶ崎海岸富戸定置網の漁の様子)

マグロは “邪魔者”?

しかし、目にみえる資源増加に比べ規制が緩まるスピードは遅い。

毎年4月は沿岸漁業にその年の漁獲枠が配分される月だが、静岡県の定置網漁業に配分された大型魚の枠9.2トンは、開始からわずか2週間で80%まで到達。(一社) 静岡県定置漁業協会は4月15日、漁業者に対し一業者の漁獲量を一日200キロに制限する自主的な漁獲規制の通知を発出した。それでもクロマグロの入網は止まらず、翌日には95%以上に達した。6月5日には水産庁が4.13トンを追加配分したものの、前年の枠を約10か月で消化したことを考えると、その異常な早さが分かる。価格も安い。「キハダの方が高いから笑ってしまう」と定置網漁業者も諦め顔だ。魚が増え過ぎて餌がないのか、尾側が極端に痩せたラッキョウと呼ばれるマグロさえも市場で見かける。入網を拒めない定置網漁業者にとってマグロを逃がす労力は大変。「もう、駆除してほしいよ」と恨み節さえ聞こえてくる。マグロはもはや黒いダイヤどころか “邪魔者” になっている。

市場で見かけたラッキョウと呼ばれる頭でっかちのクロマグロ

資源管理について伊東市で定置網漁業を営む城ヶ崎海岸富戸定置網 (株) の日吉直人社長は話す。「資源管理は獲れる魚を増やすための策なのだから漁業者が協力するのは当然。ただ、水産庁や水産研究・教育機構の研究者らをみていると、現場の実態を知っているのかと疑問に思う。現場に足しげく通う研究者らを見かけない姿勢に、彼らは漁業を諦めてしまっているのではないかとさえ感じる。彼らは、資源管理を説明する時も細かい文字で数センチにもなる資料を淡々と説明する。本当に漁業者に理解させようとしているとは思えない。資源管理をもっと漁業者に身近なものにしたいと思うなら、行政や研究者はまず現場に足を運び実態をみて、漁業者に寄り添うことが必要では」と苦言を呈する。

◇  ◇  ◇

資源管理に対する国の関係者の姿勢に疑問をもつ日吉社長だが、自ら漁業者としてチャレンジすることに手は抜かない。最近では、「五島式」と呼ばれる底建網の定置網を設置した。本連載コラムの第28回(2024年9月4日付掲載)でも紹介した長崎・五島市の (株) 三井楽定置の草野正社長が日東製網 (株) とともに考案した細糸を使った新しい定置網で、考案者の名前から「草野式」ともいわれる。通常の浮き網式に比較し網を形づくる糸がポリエステル素材で細く軽く、急な潮流の影響も網の形が変わることで柔軟に受け流せる。何より網自体の設置費用が安く、日吉社長いわく、「従来の網の5分の1」で済むという。

表層から中層に設置する一般的な浮き網式は規模も大きく、イワシ、サバ、ブリなど大量の水揚げに向くが、その分、網のパーツごとのメンテナンスも必要で設置費用も高い。何より、資源が悪化し入網が減ると採算性にダイレクトに影響する。五島式はその補完になる。

「五島式をまとまった量が獲れる浮き網とセットにすればリスク分散になる。五島式はヒラメ、シマアジ、メイチダイ、イシダイ、ホウボウ、それにアオリイカなど比較的単価の高い魚が入る」と手応えを感じている。

最近はサバが獲れず出荷が途絶えているものの、外洋で蓄養し脂の含有量45%まで高めたブランドサバ「城ヶ崎さば」に挑戦。地元の老舗ホテル・川奈ホテルの名物にもなった。さらに今は新たに三倍体カキの養殖も計画中。すでに水産ベンチャーとしてカキ養殖に取り組む (株) リブルと組み、静岡・沼津でシングルシードを使った養殖試験を始めた。暖かく栄養豊富な伊豆の海では成長が早いことも確認され、5月末には試食会を開催する予定で、「都内にはオイスターバーも増えている。いずれ伊東の海での養殖も始め、地元や首都圏に近くの海の新鮮でおいしいカキを提供できるようにしたい」と日吉社長の夢は膨らむ。

網代にも新たに設置

伊東を訪ねる途中、熱海市にある網代漁業 (株) に立ち寄った。同社は、泉澤宏社長率いる全国に拠点をもつ定置網グループの一企業だが、訪れた時はちょうど、五島式網を海底に固定するための土俵打ちを行っていた。同社の五島式網はこれまでにも北海道・積丹、高知・室戸に設置した実績があり、今回で3つ目になるという。泉澤社長は「五島式は獲れる魚が変わるが、設置コストやランニングコストが安いのが魅力。ここ網代は水深が90メートルくらいある急深な海だからどんな結果になるか分からないけどね」と笑いながら話すが、サクラマスの養殖などに続くチャレンジはとどまるところを知らない。

海洋環境の急変は治まりそうにないが、日吉社長、泉澤社長とも諦めるそぶりはない。「変化を嘆いても意味がない。やれることはまだある」。そんな姿勢が環境の変化に合った漁業へと進化させる。

定置網漁業でチャレンジを続ける日吉社長(左)と泉澤社長

連載 第62回 変化を超える(静岡・伊東市㊥) へつづく

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、26年から専務取締役。