沿岸に育つ新たな息吹
女子も大卒も漁師に
日焼けしひげを蓄えた満面の笑みで迎えてくれたのが、網代漁業 (株) の専務で元新聞記者の林晋也氏だ。グループ企業を統括し全国を飛び回る泉澤宏社長の右腕として網代の経営を任されている。
新聞記者からの転身
記者から漁師への転身は取材がきっかけだったという。水産の専門紙の記者として網代漁業を取材した際に「この人すごい」と泉澤社長にほれ込み転職を決断。「もう15年。いろんな人に会える記者の仕事は好きでしたが、何事にも前向きで可能性を見いだす泉澤社長の元で働きたいと思ったのがきっかけです」と、当時を振り返る。
同業者からも「彼はよくがんばっている」と認められる林氏は、漁獲した魚を拠点であるJFいとう漁協の市場以外に周辺の市場に送る作業を欠かさない。
前日までの相場をみながら、獲れた魚の組成を見ながら、沼津や小田原に出荷する。「例えばアジ。小田原にアジの水揚げが多い時はもっていかないが、少ない日は小田原はアジが一番高くなりますから」と漁獲した魚の価値を最大限にする努力をいとわない。
日本の中央部に位置する伊豆半島は、北の地域に比べて海洋変化による魚種の変化は少ないといわれる。林氏も「大きく変化した実感はない」と話すものの、「私が入った15年前にはソイやメバルやアイナメなど冷水系の魚が多く獲れていたけど、それらは減ったかな。その代わり、ヤイトハタやチャイロハタなど南方系のハタなんかが増えている気がしますね」と魚種の変化は感じている。
元記者だけに「何か書きたくならないの?」と水を向けても、「いやいや。もう。そんな余裕はなくて」と笑い飛ばす。生き生きと話す笑顔から今の仕事の充実ぶりがうかがえる。
「女性漁師」の広告塔に
網代漁業には3年前、女性の乗組員が入社した。浦田月さん (22)。焼津水産高校を卒業し、定置網の現場で男性に交じり活躍を続けている。
今の定置網漁業で女性にできない仕事はない。油圧で網を揚げるのが当たり前の中で重労働もない。上司の林専務は「船にトイレを備える工夫はしましたけど、それくらい。彼女は周りの様子をみて気が利くしすごく戦力になっている。男性ばかりの時より現場の空気もいい。今や漁師に男女は関係ない」と太鼓判を押す。
母親のちょい投げ釣りに付いていくうちに魚に興味をもち、「普通高校では絶対にできない経験ができる」と焼津水産高校を選択。卒業時には「漁業の現場で働きたい」との思いが強くなり、高校の先生の紹介で網代漁業に就職した。
「船に弱くて。シケるといまだに船酔いしてしまいますね」と苦笑いするが、「現場は面白い。安全に対しては本当に厳しいけど、先輩はみんな本当に優しい。まだまだ新しいことにチャレンジしたい」と語る笑顔がまぶしい。
「学校では漁獲量も漁業者も減っていると学んだ。その課題に自分に何ができるかと考えたのも、漁師になった理由の一つ。自分が広告塔になって『女の子でも漁師になれるんだ』と思ってくれる人が増えるといい」と水産業の課題への貢献もしっかり見据える。4月からサクラマスの養殖を急きょ担当することになったが、「定置網漁より大変かも。でも今は魚を捌くことに夢中です」とどんなことにも向き合う好奇心は増す一方だ。
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所帯もち、家も新築
日吉直人社長が率いる城ヶ崎海岸富戸定置網 (株) には、大学を卒業して定置網漁師になった2人がいる。一人は、東京出身で、上智大学地球環境法学科を卒業し就職した梶原真氏 (27)。環境を学ぶ中で食料生産の基盤に興味を抱き漁業の世界に入った。漁師になると宣言した息子の決断に両親も「大切な仕事」と背中を押してくれた。
もう一人が奈良出身で、関西大学を卒業した畠山航青氏 (28)。釣り好きから魚に関わる仕事がしたいと就活。漁業就業支援フェア(漁師.jp)を通じて「まずは遊びにおいでよ」の言葉で漁業を体験。厳しい中にも笑顔が絶えない職場に就職を決めた。
2人の同級生の中には有名企業に入社するも半年もたたずに辞めてしまった者もいるというが、「仕事は今でも楽しい。海の変化? 変化するからこそ楽しい部分もある」と変化する海と向き合う覚悟をみせる。同社が将来の挑戦を計画している三倍体のカキ養殖にも「楽しみ」と目を輝かす。
日吉社長は積極的に2人にあえてさまざまな経験をさせている。水産庁が主催する水産政策審議会への傍聴にも連れていく。「いろいろ体験して、視野を広めてほしい。それは当社だけでなく、水産業界全体の将来への力になる」。
梶原さんは今年1月に結婚し、所帯をもったばかり。畠山さんは駅の近くの130坪の土地に2階建ての家を新築した。奥さんと子供と3人暮らしがスタートしている。
日吉社長は言う。「彼らもそうだけど、ほかにも地元に家をもってくれた社員がたくさんいる。ここを生活の拠点にしてくれることを決めてくれたということ。それが本当にうれしい」と目を細める。
中央は長谷成人 (一財) 東京水産振興会理事

