水産振興ONLINE
水産振興コラム
20248
進む温暖化と水産業

第24回 
ルポ 海と向き合う地域(鹿児島・山川㊤) 温暖化の定置網で奮闘

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

海洋変化も工夫で克服
問い続ける漁師にできる事

ホテルのテレビ画面には、「土砂災害警報」「大雨警報」のテロップが表示され続けている。6月半ば、梅雨前線が鹿児島上空に横たわり、雷鳴と強い風が窓を揺らしている。ベランダをたたく雨音も激しく、「線状降水帯」を感じるのには十分だ。

日中、“鹿児島の漁師ともちゃん”こと、川畑友和氏からは、「(漁に出られるかは)風次第。南西の風だと難しいけど、雨だけなら大丈夫ですよ」と聞いていた。ただ、この天気。「そうは言っても...」と高をくくっていた矢先、届いたメッセージは、「きょう、出港します!」だった。地元を知る漁師の冷静な判断があると理解しつつも、漁師という仕事の過酷さに驚き、びしょぬれになる覚悟を決めた。

集合は、薩摩半島の南端にある児ヶ水(ちょがみず)漁港に午後11時30分。雨のやむ気配がない中で、カギを預けたホテルのフロント係からは、「この天気で児ヶ水へ行くのですか? 港に降りる坂道が雨で川状態になっているかもしれませんので気をつけてくださいね」と忠告を受けた。

大雨の中、漁港へ向かう車の中で、一緒に定置網を視察する (一財) 東京水産振興会の長谷成人理事の携帯に電話が入った。「港へ下る道が土砂崩れで通れません。きょうの漁は残念ですが中止です」

スマートフォンには大雨による土砂崩れで道がふさがれた様子が写し出されている

雨をもものともしない漁も、港までの道をふさがれてはどうにもならない。

大雨の被害は6月だけで3回目だという。同じ港へ向かう坂道の土砂崩れで港に駆け付けられない間に係船してあった小型のボートが転覆したこともあった。土砂崩れは今回で2度目になるが、この日は土砂崩れが複数か所に及び被害はさらに拡大していた。

「漁に出られなかったのは残念だが、土砂崩れに巻き込まれずよかった。土砂崩れがもう少し後だったら、帰れなかったかも」と同行者と顔を見合わせながら悪運の強さに胸をなで下ろした。ただ、「数日は港へ行けない」「漁をどう再開するか」と思いを巡らす川畑氏のことを思うと何とお気楽。自然と向き合いながら営まざるを得ない漁師の仕事というものを改めて認識した。

土砂崩れで漁に出られなかった日。山川の港で思いを語る川畑氏。

2か統を2人で操業

定置網の現場の視察は残念ながらかなわなかったが、川畑氏から「(動画投稿サイトの)ユーチューブで、漁師ともちゃんで検索すれば以前撮影した漁の映像がありますよ」と聞いた。視聴したのは2022年12月の漁の様子。川畑氏が白いかっぱにヘッデン(ヘッドライト)を付けて作業する様子が撮影されている。

4人兄弟の3男である川畑氏は、当初、実家の漁を継ぐ気はなかった。
「とにかく鹿児島から出たくて」と関東にある職業能力開発の短期大学に就学。卒業後はエネルギー関係の企業で5年近くを過ごすが、実家の漁業で乗組員の不幸な事故が起き、長兄らが漁業から撤退したとの報が届いた。家業を絶やすわけにはいかないとの思いがよぎり、父親と古くからの乗組員と3人で漁業をする決意を決めて帰郷した。

漁業を継ぐことになり、4トンだった船を作業性向上を目指し6.6トンのものに更新した。竹山地区の小型定置網の行使権を得て2か統体制も実現した。父親が引退したあとは、同世代の野本和音氏との2人体制を維持した。こだわったのは、「いかに効率よく操業するか」だった。

“鹿児島の漁師ともちゃん” の名前で、動画投稿サイト・ユーチューブで漁の模様を配信する川畑氏(白かっぱ)。
工夫することで野本氏との2人で2か統操業を続ける

2か統を同時に水揚げすることはない。3日に1度、交互に行うのが定番だ。「交互に揚げれば、燃料代もかからないし、人手も不要、時間の節約にもなる。市場の入荷量が多い日は、マアジなどは蓄養イケスに入れ、出荷しないこともある。その魚は上場の少ないタイミングをみて出荷する。それで魚価は倍になることも少なくない」という。

市場への出荷のため、実家と定置網のある山川と自宅のある鹿児島市内を毎日往復する。鹿児島の自宅を出るのが午後10時前で、山川の港への到着は午後11時ごろ。漁模様にもよるが午前2時ごろまでの3時間で水揚げを終え、獲れたての鮮魚を積んだトラックを鹿児島市内の中央市場に走らせる。山川から鹿児島市内は深夜だと1時間で着く。魚は地元などで消費する少量の魚を残す以外、全量を荷受であるJF鹿児島漁連に出荷し、仕分けは仲買に託す。船上での魚の〆や血抜きなど鮮度を維持する手間は惜しまないが、そのほかの作業にこだわりはない。

「選別作業を含めたもろもろの手数料は10%前後かかるが、より高鮮度の魚を効率よく届けるにはこれが最善」と話し、自らすべきこととほかに託すことを明確に分け、迷いはない。

午前4時ごろ、市場に魚を届け終わると一日の漁の仕事は終わる。早朝、仕事や学校に向かう人たちとすれ違いながら自宅までの数キロを歩いて帰る。このゆったりした時間がひと仕事を終えたことを実感する至福の時だという。

通常、漁師の仕事は漁だけで終わることはない。定置網ならば、網の補修や掃除など漁以外に時間のかかることは想像以上に多い。ただ川畑氏は、できる限り効率を追求し、時間のかかる網のメンテナンスも、「効果が高い防汚剤・ボウモウシリーズ(バッセル化学(株))を使うことで網のメンテナンス時間も極力減らした」と時間を最も大切にする。できた時間は、JF全国漁青連会長時代は東京の会議に出席するなど、豊かな海を取り戻すための漁以外の活動にあてている。

最近、漁に出るたびに地球温暖化による魚の変化を実感するという。「南方の魚のグルクンも混じるようになった。しかし、不安だけ抱いていても意味がない。自分たち漁師に何ができるか。効率化で捻出した時間をそんな活動に充てたい」。

連載 第25回 海と向き合う地域(鹿児島・山川㊦) 娘たちに残す未来の海 へつづく

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、21年から執行役員編集局長。