シンポジウムの開催
9月15日、海洋技術フォーラムの「洋上風力発電を本当に日本で普及させるために」というシンポジウムに参加してきました。海洋技術フォーラムというのは、海洋活動の強化を目的とした産官学コミュニティーとされています。シンポジウムはオンラインで行われましたが、800名を超す、この種のシンポジウムとしては多くの登録者があり、4時間半を超えるシンポジウムを通じて、常時500名弱の参加者を数えました。
フォーラム代表の佐藤徹東京大学教授、内閣府海洋総合政策本部参与の開会の辞、自民党海洋総合戦略小委員会委員長、海洋基本法戦略研究会代表世話人代行の黄川田仁志衆議院議員の来賓挨拶に始まり、宮澤康一内閣府総合海洋政策推進事務局長、石井孝裕資源エネルギー庁風力政策室長の基調講演の後、「洋上風力発電の日本での普及における課題」として5人が講演をしました。私は、その中で一人だけの水産関係者として「洋上風力発電と漁業の協調について」と題して講演をしました。
私の講演内容
再エネ海域利用法では、「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれること」という条件が満たされなければ促進区域を設定できません。これに関連して、漁業に支障を及ぼす影響についてお話ししました。大きく分けて、①操業への影響、②漁場環境への影響、③水産生物への影響の3種があること、特に①についてはそもそも風車施設とは物理的・空間的に共存できない漁法・漁業があることを強調しつつ、こうした影響の結果として、漁獲量が減ったり、操業コストが大きくなることが予見されれば、漁業者にとって支障が見込まれるということになることを説明しました。
さらに、我が国の漁業には、いろいろな形態、漁法があり、例えば、イセエビ、アワビなどの磯根資源、タイやハタといった根付きの資源を対象とした、潜水漁業ですとか1本釣りなど、そしてそれらを基盤とした漁村では、風車の魚礁効果や施設の保守点検での雇用などのメリットを引き出しやすい一方、定置漁業に代表される回遊魚を待ち受けて漁獲する漁法では、(「進む温暖化と水産業」の第7回 で石川県の定置漁業者である窪川敏治さんが指摘されたように)網の周辺に風車が立つことによって魚の通り道が変わってしまうのではないかという不安が生じること、まき網、底びき網、浮きはえ縄等では風車施設はそもそも操業上の障害物になってしまうことなどを説明しました。
したがって、空間的な棲み分けがどうしても必要になってくること、さらには、仮に棲み分けができたとしても、林立する風車がこれら漁業者が漁獲しようとする魚群の行動に影響がでるのではないかという懸念は残るので、ブリ、サケ、マグロなど対象となる魚種ごとの大規模かつ広域的な魚群行動調査が重要になることを説明しました。
その上で、結論として、再エネ海域利用法に基づけば、特に、洋上風力発電と該当する沖合漁業との適切な棲み分けが法律上そして国の基本方針上必要になることを説明しました。
もう一つ大事なこととして、魚群を追って、広い水域を順次操業する沖合漁業者にとっては、一つ一つの案件の面積あるいはその水域への依存度は自らの漁場全体、経営全体に占める割合は必ずしも大きくはないとしても、今後どれだけの案件と調整が必要になるかということが示されないままに、「この案件についてだけでも個別に了解して欲しい」と個々の発電側の企業、市町村、都道府県に言われても判断しようがないことも説明しました。
そもそもこの先どこまで風力発電の話は拡大するのだろうという不安が漁業界に存在します。2040年までの政府目標までは一応承知しているとしても、海域ごとにどうなるのかはまったくわかっていないこと、4月に岸田総理が官民が協調して浮体式の導入目標を策定すると発言されたことについては、水産界も交えた対話の中で策定された目標でなければ、法律に基づいた円滑な案件形成などできるはずがないともお話ししました。
ではどうするかについては、これまで、海洋技術フォーラムでは、風況等のデータをもとに我が国周辺水域での洋上風力発電のポテンシャルを議論されてきましたが、風況や水深等のデータに加え、漁業操業実態のデータを重ね合わせることによって、案件形成の調整候補水域を抽出し、その全体像を示しながら、その他の漁場への影響や水産生物への影響等を含め、国主導で利害関係者と調整し促進区域を選定していくべきということをお話ししました。
また、せっかくの機会なのでさらに、日本漁船との共存以外にも考慮すべき要因が存在すること。まずは、北方四島水域をはじめ領土問題により自由に操業できない水域、まして現状では風車などとても立てられないであろう水域が存在すること、次には、発電業界の方たちにはなじみが薄い日中漁業協定、日韓漁業協定あるいは日台民間漁業取決めにより、相手国の漁船を取り締まれない水域が広く存在して、結果的にこれらの外国船が事実上漁場を占拠している実態があること、米軍の訓練水域や射爆撃場などもあることも指摘しました。
総理が言われる導入目標については、サプライチェーン構築のため、市場の予見性を確保して設備投資の見通しをたてるためにも必要だということについては理解できますが、だからこそ、風況のデータだけで大きな数字が独り歩きするとすれば産業界に対するミスリードになるので、外交・防衛の観点なども含め、少なくとも当面、案件形成ができないような水域を洗い出し「調整候補水域」の抽出を政府内でしっかり行うことが先決だとお話ししました。
パネルディスカッション
その後、長崎大学の織田洋一氏をモデレーターとして、私のほかに(株)日本政策投資銀行の保田真一課長、東京大学大気海洋研究所の道田豊教授、東京海上日動火災保険(株)船舶営業部の小林宏章海洋開発室長、五洋建設(株)の佐藤郁執行役員、エクイノールジャパン合同会社島崎純志プリンシパル構造エンジニアの皆さんでパネルディスカッションを行いました。
ディスカッションの過程では、日本の周辺水域の条件からして、日本の発電ポテンシャルはアジアで最大であるとの国際エネルギー機関(IEA)の見解が示されました。
また、外国での海域ゾーニングの状況が紹介されたり、海洋技術フォーラムの浮体式洋上風力発電数値目標WGが作業した導入目標などが披露されました。
それによれば、意欲的目標のほか、高位、中位、低位の目標が示されていますが、低位目標でも40年に15GW、50年には50GW、意欲的目標に至っては40年に90GW、50年に360GWという数字が並んでいました。
(パネルディスカッション資料から)
また、エクイノールジャパンの島崎さんからは、2022年に米国のカリフォルニア沖で1000mを超える大水深での海域リース権の入札が行われたこと、大深度では鋼製チェーンではなく合成繊維索を用いた繋留が行われることが多いとの紹介もありました。今後、調整候補水域を見出していく作業をする上で、鋼製チェーンを想定した水深で考えるのか、将来的な可能性も含めさらに大深度の海域まで対象にするのかで大きな違いがあるなと感じました。
その上で、パネルディスカッションの最後には、次のような提言案が了解されました。
私からは更に、3つある提言の手順も非常に大事なこと、例えば、民間任せに2番目の協議の場を先行しても議論はなかなかかみ合わないし、ボタンの掛け違いも生じかねないことから、①、②、③と段取りを踏みながら、政府のリーダーシップで進める必要があると考えると付言しました。
また、念押しの意味で、政府主導で、洋上風力発電施設と漁業との空間的競合について交通整理をしたとしても、巨大な風車が林立することで、魚の回遊が変わってしまうのではないかという漁業者の不安や懸念は残ること、それに応えるために、風車が本格的に立ち上がっていく今の段階から、その影響をモニターするために魚の行動を追跡するバイオロギングなどの技術を使った大規模かつ広域的な魚群の行動調査を開始することが重要だということを最後に指摘しました。
おわりに
洋上風力発電については、先進地であるヨーロッパにおいても、投入コストの上昇とサプライチェーンの混乱に悩まされています。ロシアのウクライナ侵攻、高インフレ、電力価格の高騰、原材料と国際輸送のコスト上昇等に見舞われ、大幅な条件改定を企業側が政府に求めたり、落札事業を断念する動きも相次いでいると報じられています。日本の洋上風力開発はヨーロッパの風車産業に依存する部分も大きいので、我が国における洋上風力についても、今後の見通しが不透明な部分は大きいと思います。しかしながら、地球規模の温暖化に何とか対処するためには、再エネの拡大はどうしても必要であるとともに、水産界にとっては、昭和の臨海開発以来初めて直面する海洋における大規模な開発行為であり、将来に禍根を残さないように関係者が的確な判断を行う必要があることから、今後もその動きを注視していきたいと思います。