水産振興コラムでは、激甚化する台風などに対応できる定置漁業のあり方、温暖化対策としての洋上風力発電との付き合い方、ブルーカーボンをキーワードとする漁業、漁村の新しい取組みなどを取り上げ、この「進む温暖化と水産業」というテーマでそのフォローアップをコラムと現地ルポによって続けていますが、この夏の温暖化の影響と思われる豪雨やそれによる川の氾濫のニュース映像を見ながら、別の切り口として川の環境のことをこのコラムで取り上げたくなりました。
畠山重篤さんの「森は海の恋人」の合言葉に象徴されるように、水産関係者は長年にわたって、森と海をつなぐ生態系の保全について大いなる関心を持ち、植林活動などにも携わってきました。国連海洋法条約発効を機に7月に祝日である海の日ができ、その後8月の山の日も祝日となった時、それをつなぐ川は?ということが関係者の間で話題になりました。当然ながら、山と海をつなぐ川の大切さについても関係者は十分認識してきたと思います。なかなか機能しない魚道をなんとかできないか、カワウや外来魚による被害の問題、サケについても野生魚の存在は重要なのではないか等々実に様々な問題を抱えながら、河川工事とも向き合い、少しでも魚にとって棲みよい環境を、そしてそれを楽しむ人にも優しい川を作ろうとする努力が河川漁協の関係者を中心として払われてきました。
河川法について1997年には大きな改正が行われ、その目的に河川環境の整備と保全が加えられました。例えば従来のコンクリート主体の護岸工事の修正、河川生態系や植生の保護・育成が河川管理の目的に加わったのです。この目的を達成するため、国交省を中心に多自然川づくりの取組みが続けられています。
しかしながら、川の環境は徐々に、人にも魚にも優しくない状態に変わってきているのが現実ではないでしょうか。子供の川離れが関係者の間で話題となって久しくなります。昨年の夏、水産多面的機能発揮対策事業の一環として鹿児島県の出水市で行われた「ウナギの学校」での子供たちへの講演(お話し)に伺った時のことです。漁協が設置した石倉カゴから出てくるウナギを始めとする生き物たちに目を輝かせる子供たち、そのあと川で元気に泳ぐ子供たちの姿を目にしました。その時、ご一緒した市長や教育長からは、それぞれご自分の子供時代を回顧しながら、こういう取組は素晴らしいですねというお話しとともに、いつもは子供たちに川では遊ばないように指導しているもので、との事情もお聞きしました。
そうした中での頻発する豪雨です。河川管理者には、国民の生命と財産を守るため治水対策にしっかり取り組んでもらわなければならない状況です。治水は利水とともに河川管理のルーツでもあります。そこはしっかり取り組んでいただきたいと関係者にエールを送りつつ、その分、環境面についての取組みが万が一にも後退しないように、そして少しでもより良い川づくりが進むように水産関係者も意識をもって河川管理者に協力していくことが重要だと思います。
そのような問題意識の中から、2014年にできた内水面漁業振興法には、共同漁業権者である漁協の申出により、河川管理者や学識経験者等と、内水面における漁場環境の再生等について議論する協議会制度が設けられました。しかしながら、2022年12月時点で、山形県、宮崎県、兵庫県、東京都、滋賀県に5つの設置例があるにとどまっており、さらなる制度の活用はこれからの課題です。
(一財)東京水産振興会では、近年、海の問題だけでなく川の問題にも積極的に取組んできました。うなぎついでにお話しすれば、静岡県のいはらの川再生プロジェクトでは、石倉カゴを置いてニホンウナギが住める場所をつくり、モニタリング調査を行っています。また、2022年には、石倉を使った「ウナギの寝床創り」について、鹿島建設の柵瀬さんに水産振興ウェブ版第635号にまとめて頂きました。
そのような一連の内水面についての取り組みの一環として、(一財)東京水産振興会による2022年度の「内水面漁協の活性化に関する研究」では、栃木県を舞台として、県土整備部の土木関係者42名、農政部の農業土木関係者29名とともに「多自然川づくり研修会」が開催され、私も参加してきました。研修会では、水産試験場の吉田さんが「河川構造と魚類の生態の関係について」、県立馬頭高校の佐々木先生が地元の武茂川を事例とした「工事に伴う魚類の生息環境の変化について」を説明した後、近自然河川研究所の有川代表から「魚類の生息に配慮した川づくりについて」実際の工事例を示しながらの講演があり、最後には日本大学の安田教授から「環境と防災のバランスの取れた河川整備」についての講演がありました。出席した土木関係者が講義に耳を傾け、熱心に質問や意見表明している姿が実に印象的でした。
(栃木県水産試験場吉田豊主任研究員提供)
とはいえ、研修会後アンケートをしたところ、これまで多自然川づくりに積極的に取り組んできたと回答した人が3%、可能な限り取り組んできたという人が18%であったのに対し、どう取り組んでいいか分からなかったと答えた人が58%、そもそも多自然川づくりを知らなかったという人が21%という結果であり、このような研修は極めて有意義であるとの感想ももらったところです。知識や技術の向上とともに、土木と水産が一緒になって考えるこのような場を継続的に設けることができたらと強く感じたところです。
今後、このような研修や、他地域を含めた優良事例、あるいは失敗事例を積み重ねることで、全国的にこのような研修の場が恒常的に設けられる状態に繋げていくことができたら素晴らしいなと思うとともに、そのお手伝いができればと考えているところです。
馬頭高校漁業協同組合ウェブサイト
https://naisuimen.suisan-shinkou.or.jp/