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水産振興コラム
20237
進む温暖化と水産業

第4回 豊饒な海の多魚種漁獲

石村 学志
岩手大学農学部

豊饒 — その語は、肥沃な大地が農作物を豊かに育むさまを表現する。人々が大地を耕すことによって、大地と人間との関わりが生まれ、大地自体もまた肥沃さを増すのだ。日本の海を豊かだと評するとき、私たちはその豊かさを豊饒な海と称することができるのか1

1 「豊饒の海」という言葉は、三島由紀夫の小説の題名でもあるが、2021年に日本工学アカデミーによる海洋利用の「海洋テロワール」提言において、その実現する海の将来像を「豊饒の海」と名付けている。風土に根ざした海洋テロワールの考え方に共鳴しつつも、ここではその海が豊饒である様として「豊饒な海」という言葉で区別する。

しかし、海は変わり、魚もまた変わる。温暖化などにより日本周辺の海洋環境は急速に変動し、サンマやスルメイカ、サケといった主要な魚種が不漁に見舞われる現象が増えてきた。最近、水産庁の専門家による検討会では、「資源管理の推進とともに、資源の変動に基づく漁獲対象魚種の変更や最適な操業形態への転換が必要」という提言がなされた2。このように、海の変化に対応し、漁業の複雑さと多様性を高め、新たな加工・流通方法を見つけることが、新たな日本の漁業の道筋となるとした。

2 「海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/study/arikata_kentoukai.html

サンマやスルメイカなど、大規模な水揚げを期待できる魚種は、棒受網漁業やイカ釣漁業といった特定の魚種に特化した漁業によって漁獲されてきた。これらの漁業は効率的で、魚群を追い、大きな漁獲を得る能力がある。そして、これらの漁業から得られる大きな水揚量は、特定の魚種に特化した地域の水産加工業や関連産業の発展を促してきた。しかし、主要魚種の不漁は、漁業だけでなくこれらの地場水産業にとっても大きな危機となっている。これまでの特定の魚種に依存した生産形態や加工・市場流通は困難を極めているのだ。

70~100魚種以上を商業的に水揚げすると言われる多魚種漁獲漁業、すなわち、定置網漁業や底曳漁業でも、主要魚種の変動は顕著である。例えば、北海道函館市椴法華の大型定置網漁業では、スルメイカの漁獲量が大きく減少し、代わりにブリが主要な魚種となっている。また、近年では、サバの漁獲量が急増している。岩手県宮古市の底曳漁業も同じく、一度は主要魚種であったスルメイカやマダラの漁獲量が大きく減少し、椴法華の大型定置網漁業と同様に、サバが主要な魚種として水揚げの多くを占めている。

北海道函館市椴法華大型定置網経営体の年間漁獲量(トン)
2008~2019年
岩手県宮古市底漁業による年間総漁獲量量(トン)
1995〜2022年

しかし、椴法華の大型定置網漁業から宮古の底曳漁業に至るまで、漁獲量の主要な魚種が変化する一方で、総漁獲高の動きはまるで別の物語を語っている。例えば、函館市の大型定置網漁業を見てみよう。2014年以降、スルメイカの漁獲量は激減したにも関わらず、年間の漁獲高は比較的安定している。また岩手県宮古市の底曳漁業に至っては、2015年以降、スルメやマダラの漁獲量が著しく減少したにもかかわらず、主要魚種の変動以上に総漁獲高は増加を示しているのだ。

多魚種漁獲漁業では、資源量や分布の変動がこれまでの主要魚種の不漁を引き起こす一方で、新たな主要魚種の形成を導く。函館市の大型定置網漁業ではブリやイナダ、宮古市の底曳漁業ではサバなどが、新たな主役として漁獲量の舞台に登場している。そして、そうした新しい主役たちが創出する価格形成のプロセスは興味深い。一種の魚の漁獲量が突如増加すると、最初は地元の市場での需要が飽和し、水揚げ価格は下落する。しかし、漁獲量の増加が続くと、逆に水揚げ価格が安定し、新たな主要魚種の価格形成が成立する。つまり、漁獲量と漁獲高の主要魚種の変遷には、必ずしも一致しない時間軸が存在するのだ。

函館の大型定置網漁業でのブリの事例を挙げれば、2013年にはその漁獲量が大幅に増加し、水揚げ価格が下落した。だがその後、ブリとイナダの漁獲量が増加し続けると価格は上昇し安定、漁獲高における主要魚種としての地位を確立したのだ。待ち続けることが特徴の定置網漁業は、主要な魚種の変遷により手のひらで転がされている存在だ。しかし、多魚種漁獲と地元の加工・流通が協調して、漁獲魚種の変化に柔軟に対応することで、新たな主要魚種は漁獲高においても重要な存在になるのだ。

宮古市の底曳漁業でも同様の現象が観察される。三陸の海で魚種の変動が激しい中、日帰り操業を中心に行う底曳漁業は特定の魚種を追うことはない。そして全国的なイカの不漁がスルメイカの価格を押し上げ、その水揚げ量の減少以上に総漁獲高を伸ばしている。それはキチジや新たに主役になったサバの加工原料の需要増も手伝っている。地元の加工・流通業者がこの漁獲魚種の変化に対応し、市場、消費者へとつなげていくことで、魚種の変遷や漁獲量の減少があっても宮古底曳漁業の水揚げの価値は高まっていくのだ。

北海道函館市椴法華大型定置網経営体の年間漁獲高(百万円)
2008〜2019年
岩手県宮古市底漁業による年間総漁獲高(百万円)
1995〜2022年

我々が漁業の漁獲量や漁獲高の数字だけを追っていると、何が実際に起こっているのかを見失いがちだ。2011年の東日本大震災で被災した宮古市では、津波により街も港も破壊されたにも関わらず、底曳漁業は2011年4月から再開され、その漁獲高は増加し続けている。本年3月末に総理官邸の国際広報としてだされた「The Unknown Strong and Waste-Free Fishing Industry of Iwate3」(知られるざる強い漁業、無駄のない漁業) の記事は、多魚種漁獲ゆえの東日本大震災さえ乗り越えてきた宮古底曳漁業の有り様を世界に伝えようとしている。

3 [記事] https://www.japan.go.jp/kizuna/2023/02/unknown_strong_and_waste-free_fishing.html
[動画] https://www.youtube.com/watch?v=mfIfHMu5b_Y

多魚種漁獲漁業という語には、「多種多様な魚を漁獲する漁業」、以上の意味をもつ。多種多様な魚が漁獲され、それぞれの魚が異なる価値を持ち、消費される。豊富な魚種がそれぞれに価値を持ち消費されるからこそ、漁師たちは多様な魚を漁獲し、水揚げする。海洋環境によって定義される漁場の魚種の多様性、そして漁獲された魚種それぞれの消費価値の多様性 — これら二つの多様性を、漁業が海と社会を繋ぎ、水産物の流通・加工が漁港から消費者までを繋ぐことで、はじめて成立する海と社会を繋ぐ概念だ。

四季が織りなす独特のリズムと、寒流と暖流が錯綜する海洋環境。それが日本の海を絶えず変化させる。日本の漁業経営体の大半を占める沿岸漁業では、限定された海域での日帰りや数日の操業が行われ、大きな特定の魚種の魚群を追うことは少ない。特定の魚種の大きな魚群を追い、漁獲し、水揚げする漁業は、専業化や規模拡大を通じた生産活動の効率化を求める市場競争原理から見て自然な結果であり、否定することはできない。しかしながら、大型定置漁業をはじめとする多魚種漁獲漁業が日本で独自に発展してきた理由は、市場原理を否定するのではなく、単純に我々が日本の海を受け入れてきた結果であるように思われる。

日本の海と言っても、この南北に長く広大な排他的経済水域を有する国の海を一概には語ることはできない。しかしながら、そうした注意を払いつつ、一国の水揚高と水揚量の魚種多様性を観察すると、日本が多魚種漁獲漁業の国であることが明白になる。横軸を水揚量の魚種多様性、縦軸を水揚高の魚種多様性とすると、これは単に魚種の数が多いだけでなく、少数の魚種に水揚量・水揚高が偏らず、多くの魚種に均等にある場合に高くなる。

例えば、少数の特定魚種が年間を通じて大きな水揚量を持つ漁業大国であるノルウェー(グラフの右端)を見てみると、水揚量・水揚高4 の魚種多様性は低く安定している。それに対して日本(グラフの左端)は、水揚量の多様性が一度、高まる中で水揚高の多様性は一時的に低下する。これは日本の水産流通構造が、様々な魚種を市場に流通させられるようになった、一方で大量に比較的少ない魚種を流通させる方向へと推移していったことを示す。しかし、その後、水揚高の多様性は徐々に上昇し、それは多様な価値を持つ様々な魚種への水揚げが増えていることを示している。日本は多魚種漁獲の国へとさらにむかってゆくようにも見える。

4 ここまでは漁業の視点で漁獲量と漁獲高としてきた。ここでは国単位にまとめたものを区別して、水揚量・水揚高と書く。

世界の主要漁業国の水揚量と水揚高の魚種多様性指数(Shannon diversity index)変遷(1990−2018)
濃いピンクの円は2010年を示す。
data from Sea Around Us Project https://www.seaaroundus.org/
in prep Ishimura et al.

海洋の環境は絶えず揺り動かされ、生態系はその変動に順応しつつ新たな姿へと変わる。海の魚達もまた、その流れに身を任せ、変貌を遂げるだろう。地球温暖化などの急激な海洋環境の変動や予測される大規模自然災害が、海に更なる変化をもたらすことは避けられない。だが、その絶え間ない流れと変化の海にあっても、この国は海とともに存在し続ける。それどころか、我々は変わらずに海とともにあろうとしてきた。その結果が多魚種漁獲漁業がではないだろうか。多魚種漁獲漁業を学ぶことで、日本の漁業や水産資源管理の有り様を照らし出す道筋を見つけられるのではないかと、私は考える。

日本の海は、疑いようのない豊饒さを秘めている。それは、ただ漁業だけがその対象ではない。我々、この国に生きる者たち全てが海と繋がることで、肥沃となり、豊饒な海となる。この国の多魚種漁獲漁業は、この海の豊饒さを映し出す。今こそ、我々自身がこの日本の海のありようを深く見つめ、海と共にいながらどのように存在すべきかを問うときなのかもしれない。

定置網漁業に関するコラム:
定置漁業研究について 第1回

連載 第5回 へ続く

プロフィール

石村 学志(いしむらがくし)

石村学志

1997年北海道大学水産学部水産化学科卒業。University of Washingtonで修士号取得後、Norwegian School of Econmicsを経て、University of British Columbia にて国際共有資源の経済分析でPh.D.取得。2009年より北海道大学サステイナビリテイ教育研究センターで、国際教育プログラムのデザイン・運営をおこなう。2016年より水産教育プログラム新設のために岩手大学へ着任。現在 岩手大学資源経済・政策と数理資源研究室・准教授