私は、北海道機船漁業協同組合連合会という道内の沖合底びき網漁船と呼ばれる160トンクラスの漁船33隻で行われている漁業の総括的組織で勤務していますが、漁業に関わるものとして洋上風力発電の動向には一定の関心を持ってきたつもりです。この中にあって、近年の洋上風力発電への開発事業者の取り組みの進捗は、私の予想をこえており、地方自治体の前傾姿勢がこれを加速させているようです。
当該沿岸沖合の既存の経済的利用者となる“漁業者への配慮”、“十分な説明”、“共存共栄”等のフレーズに加え、魚礁効果等、日本における報道では、先進地とされる欧米での成功体験が並んでいますが、これらは、一様に開発事業者の発信によるものばかりとなっています。そこで重い腰を上げ、私は2022年の秋頃から、洋上風力発電と漁業に関する、欧米の漁業分野の業界紙等へアクセスし“洋上風力発電と漁業 海外の経験”というタイトルのブログを始めました。その結果、英国、アイルランド、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フランス、オランダ、そして米国等でのプロセスは、必ずしも成功しているとは言い難く、日本にはこれまで伝わってこなかった、様々な影響と問題提起が存在していることが分かりました。
欧米の漁業界が指摘1)2)しているのは、風力発電所の建設中の杭打ちの現場近くで工事により様々な衝撃を受けて死んだり、発生する衝撃音で建設が完了した後もしばらくの間、当該地域を資源生物が避け続けること、杭打ち衝撃音や稼働中のタービンの騒音が、タラ等の産卵行動中のコミュニケーションなど生物学的に重要な行動が阻害される可能性があること、更には、商業的に価値の高い様々な魚種が、送電施設によって形成される電磁場にさらされ、通常の行動能力を失い捕食される機会が増大することが危惧されること等です。
1)
2023年3月、米国の漁業団体らで構成される“責任ある沖合開発連盟”(RODA)、米国海洋大気庁(NOAA)、そして米国内務省海洋エネルギー管理局(BOEM)は、洋上風力発電開発が漁業と海洋環境にもたらす影響について、これまでの情報等の包括的な報告をとりまとめた。
NOAA Technical Memorandum NMFS-NE-291
Fisheries and Offshore Wind Interactions: Synthesis of Science
https://repository.library.noaa.gov/view/noaa/49151
2)
2020年11月、ノルウェー海洋研究所は洋上風力発電開発が漁業と海洋環境にもたらす影響について報告書を発表した。
https://www.hi.no/hi/nettrapporter/rapport-fra-havforskningen-2020-42
また、米国漁業界3)は、政府が政治的利益を、第3者団体が寄付金を、そしてエネルギー会社が耐用年数の短い大規模な洋上風力発電で巨額の利益を、それぞれ求め、勝手に行動していると批判し、不信感をあらわにして、複数件の訴訟も起こっています。
3)
米国漁業界紙(WEB)“National Fisherman”
https://www.nationalfisherman.com/west-coast-pacific/panelists-say-boem-fishing-industry-still-far-apart-on-offshore-wind
ノルウェー業界4)は、洋上風力発電プロジェクトの候補地選定のプロセスが政治的圧力と無責任な地方自治体の決定に基づいていると批判しています。
4)
ノルウェー漁業者協会 “Norges Fiskarlag” サイト
https://www.fiskarlaget.no/nyheter/details/5/3196-stor-bekymring-fra-fiskeri
ヨーロッパの北部漁業者同盟5)は、天然資源をどのように最大限に利用できるかについて、真の対話が必要であり、それは、伝統的な海の利用者の声を平等に尊重するためのものだとして、各国政府に対し、食料安全保障の考慮と海洋環境の健全性等を求めるための行動の開始を決議しました。
5)
ノルウェー漁業界紙(WEB)“Fiskerforum”
https://fiskerforum.com/fisheries-groups-deliver-warning-on-offshore-wind/
これら各国の漁業者が共通に指摘しているのは、“当該沿岸沖合を独占利用しようなどとは全く考えていない” “自らが知らない間に選定地が決まり唐突に説明会が始まる” “漁業当局に十分なヒアリングを行うことなく他の部局が主導する地方自治体の前傾姿勢による拙速な取り組み”そして“事業開発者が漁業分野の科学的知見を理解しようとしない姿勢を感じている”この4点です。
カーボンニュートラルを目指すエネルギーの開発に異論を唱える人は漁業者も含め少ないと思います。
ではなぜ、世界中の漁業者が、共存共栄こそが歩むべき道と理解しながらも、多くのネガティヴな指摘をするのでしょうか。これは、やはりプロセスにおいて、“漁業分野の科学的勧告が担保されるのか”、“これが置き去りにされている”と、大きな不安を感じているからだと思います。我々漁業界がこれまで長い時間、科学研究機関と交流し、資源の保全管理と合理的利用を行ってきたことに対する理解を求めることが必要であり、共存共栄のための相互理解がそのプロセスにとって重要だと思います。
日本政府は、2023年2月、洋上風力発電の建設場所をEEZまで拡大するための、法整備を検討していく方針を示しました。我々の沖合底びき網漁業は、駆け廻し漁法とオッター・トロール漁法で、沿岸側で操業が禁止されているラインの外側(沖側)で操業を行っています。
これは、沿岸漁業との棲み分け調整に加え、文字通り洋上を“駆け廻り”、沖合底びき網漁業が広範な海域を利用することを特徴としているためです。また同時に、利用する底魚資源の漁場形成も一定ではなく広範にわたっている実態があります。
仮に洋上風力発電プロジェクトが沖合底びき網漁業の利用海域の一部を求めた時、我々の操業に魚礁効果はほぼ無縁であり、建造物を縫って操業することもできず、動力を失った時の衝突リスク等、おおよそメリットは想定できず、海域が競合する場合には、共存共栄とはほど遠い構図になると予想されます。
更に、問題点は、当該海域における操業機会の喪失ばかりではなく、回遊する資源の再生産等への重大な影響が存在していることです。私どもの漁業基地、北海道でも、先の統一地方選挙において鈴木直道知事が洋上風力発電の導入促進を公約に掲げ再選を果たしました。経済産業省と国土交通省は、洋上風力発電に関するセントラル方式の一環として、2023年度に実施を予定する調査対象区域を、都道府県からの情報提供と第三者委員会における意見を踏まえ、北海道日本海側の “岩宇(がんう)・南後志(みなみしりべし)地区沖”、“島牧(しままき)沖”、そして “檜山(ひやま)沖” の3区域を初めて選定したと発表しています。
地方独立行政法人北海道総合研究機構 底魚資源管理支援マニュアル
我々、北海道の沖合底びき網漁業にとって、最も重要な漁獲対象資源はスケトウダラです。現在、北海道日本海側資源(日本海北部系群)は、低位な資源評価から、世界中のスケトウダラ漁場において資源開発率(漁獲割合)が10%–20%に設定されているにもかかわらず、この漁場のみ5%を切る極めて低い総許容漁獲量設定で資源回復に取り組んでいる最中です。一方で、上述の調査海域には、重要なスケトウダラ資源再生産のための産卵場が含まれています。成魚の資源利用者は、調査海域漁業者ばかりでなく、少なくとも北海道の日本海側全体に及び、広域の多くの漁業者になります。
海洋、水産生物、工学、土木等の技術分野にかかる関係団体で構成される海洋水産技術協議会は、既に2022年6月、“洋上風力発電施設の漁業影響調査実施のために”6)をとりまとめ、その指針を示しています。現時点において、北海道日本海のプロジェクト、その他の沿岸沖合のプロセスの展開に関する詳細な情報に接していませんが、今後この指針に示されたような考え方を踏まえながら、科学研究機関を交えた論議の場と、納得のいく科学的勧告を強く求めていきたいと考えているところです。
6)
海洋水産技術協議会は、2022年6月、「洋上風力発電施設の漁業影響調査実施のために」をとりまとめ、その指針を示している。
http://www.jfsta.or.jp/activity/kaiyousuisan/pdf/offshorewind.pdf
これが、洋上風力発電との共存共栄を目的に、海外の経験と日本での新たな方針に関する情報に接した、現在の私の所感です。
洋上風力発電に関するコラム:
洋上風力発電の動向が気になっている 第1回