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水産振興コラム
20227
ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい
第6回 水産庁漁港漁場整備部におけるブルーカーボン
中里 靖
水産庁 漁港漁場整備部

藻場は、水産生物の産卵場や幼稚仔魚の生育の場として水産上重要であり、水産庁としてもその保全・創造を推進してきたところですが、その藻場によるCO2吸収(貯留)機能がブルーカーボンとして新たに脚光を浴びていることに我々としても高い関心を持っており、ブルーカーボンが藻場の保全・創造をさらに後押ししてくれることを期待しております。しかし、我が国周辺に多いワカメやコンブ、ホンダワラといった海藻類のCO2吸収機能(ここでは一度体内に取り込まれた炭素が短期間で環境中に放出されることなく海底などに長期間貯留されるもの)については、前回農林水産技術会議の樋口さんがコラムで紹介したように、現時点では、国際的な認知を得ているとは必ずしも言えない状況にあります。国際的に、CO2を含めた温室効果ガスの排出や吸収の計算、評価については、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が定めたガイドラインによることとされておりますが、現在のガイドラインでは、海草(アマモ)については記載されているものの、コンブなどの海藻については記載がありません。また、この連載の初回に水産研究・教育機構の堀さんが紹介したUNEP(国連環境計画)等の国連機関が共同出版した「BLUE CARBON」の中では、「コンブを含む多くの海藻類は、炭素を埋蔵させることができない。それらは炭素を埋蔵することのできない岩の上に生育している。」とされています(アマモなどの海草については、砂泥上に生育するため、炭素がその砂泥の中に貯留されるとしている)。このため、前回のコラムで詳細に紹介いただきましたが、海藻類を含めた我が国周辺の藻場によるCO2の吸収(貯留)能力を立証し評価すべく、現在、堀さんを中心に鋭意、調査研究を進めて頂いております。我々としてもその結果に大変注目しており、海藻によるCO2の吸収(貯留)の世界的な認知につながることを期待しているところです。

藻場の衰退や消失といった現象を表す「磯焼け」は、全国的な問題として知られているところであり、水産庁では、磯焼け状態からの藻場の再生や、藻場の状態を保全するため、漁港漁場整備事業(公共)や水産多面的機能発揮対策事業などで各地域のハード・ソフトの取組を予算面で支援してきました。また、最新の技術や知見を基に具体的な対策をまとめた「磯焼け対策ガイドライン」を作成し、新たな情報が蓄積されれば、それを基に更新しています。その最新版は、第3版として昨年3月に公表しました。各地でこれらを活用し、藻場の再生・保全に努めていただいているところです。もちろん効果も見られていますが、残念ながら「全国的に磯焼けが解消した、もしくは解消の方向にある」とは現時点では言えないのが現状ではないかと思います。

こうした状況の背景にあるのが、地球温暖化に伴う海水温の上昇だと考えられています。海水温の上昇で海藻の生育環境が悪化し、一方でアイゴなどの植食性魚類の活動範囲が広域になるほか、以前は活動が鈍る低水温の期間が短くなり活発に行動できる期間の長期化につながり、食害が深刻化しているようです。

このような環境の変化を踏まえ、より効果的な藻場の再生・保全対策が講じられるよう、国では、藻場の衰退が認められる都道府県に対し、藻場の状況を把握するとともに、その衰退原因を分析し、それに応じた効果的な対策が講じられるよう、ハード、ソフト両面からの対策をまとめた「藻場ビジョン」の策定を求めています。

藻場の再生・保全を目指す際に、多くの地域では、「元のような状態に戻したい。従来からあった海藻を繁茂させたい。」と思うのではないでしょうか。もちろん、元のような状態に戻したいという気持ちは分かりますが、海水温の上昇といった環境変化の中で、その環境に適応できなかった海藻を元のように戻すのは難しいかもしれません。環境の変化を踏まえた海藻種、例えば従来種よりも高温に強い海藻種により藻場の再生を図ることも選択肢に加えてはいかがかと思います。ある海域の従来種が衰退する一方で、いずれ高温に強い種に置き換わるという植生の推移も考えられるかもしれません。それを先取りして、将来考えられる植生の構成種を活用して早期の藻場再生に結び付けるという考え方です。もちろん、食害対策も考える必要があり簡単ではありませんが、藻場再生を目指そうとした際に、その選択肢を広げて検討することも重要ではないかと考えております。

水産庁では、昨年度末に5年間の新たな漁港漁場整備長期計画を策定しました。この長期計画においては、磯焼けの防止、磯焼けからの回復、もしくは新たな藻場の造成など、おおむね7千haの藻場の保全・創造に向けたハード・ソフト一体的な対策を実施するとしています。しかし、海洋環境が厳しくなる中で7千haの藻場の保全・創造を実現することは容易ではないと考えており、関係者の英知を集め、創意工夫を重ねながら、効果的な対策を講じていくことが重要であろうと思います。関係者の英知を集める場として、水産庁では「磯焼け対策全国協議会」を毎年度開催しており、昨年度は15回目の協議会を開催したところです。全国から300名を超える参加があり、関心の高さを改めて実感したところですが、同時に深刻な問題であると認識した次第です。

現在、磯焼けの解消、藻場衰退の防止を目指し、多くの関係者が知恵を絞り、現場で藻場の復活に果敢に挑戦していただいています。水産庁としても藻場の再生が確実に進むよう、新たな知見や技術を取り入れるなど不断に政策を見直しつつ、ブルーカーボンという新たな付加価値を踏まえながら、関係者の皆様とともに引き続き取り組んで参りたいと思います。

第7回へつづく

プロフィール

中里 靖(なかざと やすし)

1985年東京水産大学卒業、同年水産庁入庁、2008年水産庁栽培養殖課課長補佐(総括)、 2009年独立行政法人 水産大学校企画情報部長 兼 准教授(水産流通経営学科)、2015年水産庁北海道漁業調整事務所長、2017年環境省海洋環境室長、2020年水産庁九州漁業調整事務所長、2021年水産庁整備課漁場環境情報分析官