1. はじめに
今回、寄稿の機会をいただいたことに深く感謝申し上げます。
それでは、最初に五島市の紹介をさせていただきます。
五島市は、九州の最西端にあり、長崎港から西方海上約100kmの五島列島の南西部に位置し、11の有人島と52の無人島で構成され、島全体の景観は非常に美しく、その大部分が西海国立公園に指定されています。面積は、約420km2で、地形は極めて複雑であり、海岸線は屈曲に富んでいて、気候は対馬海流の影響を大きく受け、冬は暖かく夏は比較的涼しいといった海洋性の気候に属しています。ヤブツバキが多く自生する日本有数の椿の島で、「東の大島、西の五島」という評価をいただいています。
また、五島列島は昔から中国大陸との繋がりもあり、遣唐使船の日本最後の寄港地として利用され、その歴史は日本遺産にも登録されています。
平成30年7月には、厳しい弾圧に耐え信仰を守り通した歴史を物語る「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録され、久賀島の集落と奈留島の江上集落の2つが構成資産に含まれています。また、貴重な自然環境、多様な歴史文化などの地域資源を活かし、「五島列島 大陸との懸け橋」をテーマに、日本ジオパーク認定を目指しています。
水産業に目を向けると、市内には3つの漁協があり、組合員は准組合員を含めて約2,200名で、主に一本釣漁業、刺網漁業、定置網漁業が盛んであり、一部地区では中型まき網漁業も営まれています。令和2年度の水揚量は、定置漁業が2,337トンで総水揚量の4分の1を占め、それに刺網漁業、一本釣漁業が続いており、全体の水揚高としては37億円となっています。さらに、マグロの養殖基地化にも積極的に取り組んでおり、出荷量が1,606トン、生産額が39.2億円となっています。しかし、漁業者の高齢化、漁業後継者の育成・確保、魚価の低迷、磯焼け対策等が課題となっています。
五島市は、平成16年8月に旧1市5町が合併し、国境離島として、我が国の領域・排他的経済水域の保全、海洋資源の利用、多様な文化の継承、自然環境の保全など大変重要な役割を担っています。
人口が最も多かったのは昭和30年の91,973人で、最新の国勢調査速報値(令和2年の34,400人)と比較すると、65年間で63%減少し、人口減少対策が最重要課題であります。
平成29年度には有人国境離島法が施行され、同法に基づく特定有人国境離島地域社会維持推進交付金を活用した雇用機会拡充事業に積極的に取り組み、令和2年度までに462人の雇用を創出しました。また、離島活性化交付金等も活用し、雇用の拡大及び移住促進等の各種施策を展開し、令和元年と令和2年の2年連続で、転入者数が転出者数を上回る社会増となり、全国的に注目をいただいています。
2. 浮体式洋上風力発電の実用化までの経緯
(1) 小規模試験機(100キロワット)の設置
浮体式洋上風力発電事業の歴史は平成22年度から始まりました。環境省が我が国初となる2,000キロワット級の浮体式洋上風力発電実証機1基を実際の海域に設置することを目指して実証事業を開始し、戸田建設(株)及び京都大学などが、候補海域の選定、環境影響調査や風力発電施設の設計・建造・設置にかかる検討を実施してきました。
五島市の椛島周辺海域は、平均風速約7.5m/sが見込まれ、波も比較的穏やかで、洋上風力発電に適していることがわかりました。そこで、まずは100キロワットの小規模試験機設置の検討に入りました。平成22年度に基本設計、平成23年度に設計・製造、そして平成24年6月に小規模試験機を設置し、運転を開始しました。
小規模試験機を設置するにあたり、事業者等から五島市に対して実証事業の説明があり、市としては環境省の事業であること、将来的には水産業の振興と新産業の創出による新たな雇用や地域活性化の効果が期待できることなどから、当時九州初の女性市長である中尾郁子前市長の英断で支援・協力することとしました。小規模試験機の設置予定場所は椛島地区の共同漁業権設定海域の範囲内であったため、まずは、この海域を利用している五島ふくえ漁協や漁業者を含めた地区住民の皆様の理解をいただくことから始めました。
説明会では、騒音、人体への影響、魚など水中動物の生態系への影響、漁業への影響など多岐にわたる質問が多く挙がりました。人家から風車の設置予定場所までの距離を考えると人体への影響は少ないと考えられ、どのような影響があるかを調査することも今回の実証事業の目的であることを丁寧に説明しました。
こうした説明会や協議を重ねた結果、椛島地区の代表である郷長、漁協及び漁業者から同意をいただき、小規模試験機での実証事業を実施することができました。
また、戸田建設(株)は地域との信頼関係を大切にし、地区住民との交流を図り、椛島地区にある古民家を改修して浮体式洋上風力発電の映像や模型を展示する見学センター「Kaba Café(カバカフェ)」を開設するなど、椛島の方々とコミュニケーションを図りながら地域に溶け込んでいきました。また、小規模試験機の設置工事では地元の漁船を警戒船として傭船するなどの配慮もいただきました。
(2) 実証機(2,000キロワット)の設置
小規模試験機の成功を受け、次に2,000キロワット実証機の設置・運転に向けて取り組みが進められました。
私は、平成24年9月に市長に就任し、「再生可能エネルギーの島づくり」を五島市の4大プロジェクトの一つに掲げ取組を強化しました。この実証機の設置についても小規模試験機と同じく椛島沖の共同漁業権設定海域内に設置する予定であったことから、住民の皆様や漁協、漁業者との協議を進めました。この時には、浮体式洋上風車に対する理解が進んでいたこと、戸田建設(株)が地元との信頼関係を構築していたことで、同意をいただくことができました。
ただ、先の小規模試験機は海藻が生えにくい船舶塗料を利用していたことから、実証機の塗料を変更することとしました。これは浮体式洋上風車に海藻が付き、小魚が群れ、それに大型魚種が集まるのではないかとの専門家と漁業者の意見を取り入れたものです。
そして、平成25年10月に国内で初めて浮体式による商用規模の洋上風力発電設備が運転を開始しました。開所式典には、当時の石原伸晃環境大臣をはじめ多くの関係者が参列し、新たな門出を祝いました。
また、五島市が今後再生可能エネルギーの先進地域となり、地域産業の育成及び雇用創出を図ることを目的として、平成26年1月に産学官民で構成する「五島市再生可能エネルギー推進協議会」を設置しました。さらに平成26年度には市の組織の見直しを行い「再生可能エネルギー推進室」を新設し、同年8月に五島市再生可能エネルギー基本構想と併せて平成26年度から令和4年度までの9年間を計画期間とする前期基本計画を策定しました。
浮体式洋上風力発電に話を戻しますと、2,000キロワットの実証機の発電能力に対して、椛島への系統連系では600キロワットしか使えないことから、余剰電力で水素を製造し、それを有効活用するために国内初となる燃料電池船を環境省事業により建造しました。平成27年8月に石原前環境大臣(当時)をはじめ関係者が参列し燃料電池船完成式が椛島地区で執り行われました。この燃料電池船は、視察や市民学習会など色々なイベントで試乗され、試乗者からは油の匂いもせず音も静かであるとの高い評価をいただきました。
提供:戸田建設(株)
(3)実証機の移設・商用化
平成26年からは、実証機の商用化を目指すため、市内の経済の拠点である福江島に近い海域へ移設し、容量に比較的余裕がある送電網への系統連系を行う検討に入りました。移設にあたっては、地元漁協やまき網漁業者及びその団体等との調整を図りました。
地元漁協、漁業者、漁業関係者から、年間を通しての漁場、漁法などを調査し、それを図面に落として一番影響が少ないと思われる福江島の東部の崎山沖で海岸から約5キロメートルの一般海域を候補地として、漁協をはじめ漁業者、漁業団体などとの協議に入りました。
一般海域の利用者は地元の漁業者だけではありません。協議すべき団体を把握することが困難で、時には上京して説明させていただきご理解をいただいたということもありました。
最終的には地元の漁協、漁業者、漁業団体とじっくり膝を交えての議論をすることとなりました。漁業者は、やはり漁獲量が減少する、次の世代に対して豊かで良好な漁場を残したいという思いがあります。漁業者との協議の場を設け、丁寧な説明を続け、地元漁業者の理解をいただくことができました。
協議が整い平成28年3月に移設が完了し、浮体式洋上風力発電所として運転を開始しました。なお、この洋上風車は環境省の実証事業終了後には撤去・廃棄される予定でしたが、市が譲渡を受け、戸田建設(株)の100%子会社である五島フローティングウィンドパワー合同会社が運転及び維持管理を行うこととなりました。
この風車を残したことで、浮体式洋上風力発電事業が継続され、漁業者や市民に対して機運醸成を図ることができました。また国内の大学、研究者、自治体などから数多くの視察があり、交流人口の拡大に繋がっていることから、この1基を継続して運転していることで大きな効果が確認されています。
3. ウインドファームの実現に向けて
実証機による商用化が実現し、次のステップとして10基程度の浮体式洋上風車を設置し、新産業としての確立、関連産業の拡大及び雇用創出を図るため、実証機が設置されている付近の海域の使用可能性について検討することとなりました。
実証機の移設と併せて、漁協の理事会や各地域に説明を重ねた結果、地元漁協をはじめ関係団体から同意をいただくことができました。
また、一般海域の占用許可は長崎県知事が行っていたため、複数年での占用許可と占用料の単価の引き下げについて要望を行いましたが、占用許可期間についてはこれまで同様単年度毎の許可となりました。こうした中、令和元年に再エネ海域利用法が施行され、国が洋上風力発電事業に係る促進区域を指定し最長30年間の使用を認められることとなり、事業者の資金調達が容易となりました。
同年12月には実証機周辺の約27ヘクタールの海域が国内初の促進区域として指定を受け、令和2年6月に海域占用指針等が公表され、発電事業に取り組む事業者を選定するための海域占用計画の募集が始まりました。募集は同年12月に締め切られ、今年の令和3年6月、国から戸田建設(株)を代表とする6者で構成するコンソーシアムが選定されました。
4. 漁業との協調・共生の重要性
これまでの経緯について述べましたが、洋上風力発電事業については、特に漁協、漁業関係者との協議が重要であることから、次の点について記します。
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(1) 信頼関係の構築
先行利用者、特にその海域で生計を立てている漁業者にとって、生活の糧を奪われることは非常に辛いことです。漁業者と発電事業者がお互いの考えを理解し、建設的な協議をするためには、やはり信頼関係の構築が必要です。
五島ふくえ漁協の熊川前組合長は発電事業者と協議を重ねる中で、「この事業は洋上風車が浮き魚礁となり、そこに魚が集まることで海洋牧場を形成し、将来的に漁業者の所得向上に繋がり後継者に豊かな海を残すことができる」と確信して、漁協の役員から組合員に対して事業を実施するメリットを伝えていただきました。 -
(2) 情報共有の重要性
先行利用者は発電事業者が何をするのか、どのような考えを持っているのかを理解できないことには腰を据えてじっくりと協議することはできないと考えます。そのためには先行利用者に対して情報を提供して共有することが重要です。
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(3) 事業開始後も見据えて議論
発電事業計画に同意をいただくことがゴールではなく、洋上風車の建設中、建設後の対応も重要だと考えます。そのことから、継続して情報共有を図りながら議論することが必要です。
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(4) 漁業者の経営の安定と漁業後継者の育成
洋上風車が浮き魚礁としての効果が考えられることから、これを活用した持続可能な漁業を目指すことで漁業者の経営安定に繋がり、さらに後継者を育成できると考えています。
また、行政としても持続可能な漁業振興を図るために支援する必要があると考えています。五島市としては、事業者にもご協力いただき令和5年に予定されている浮体式洋上風力発電の運転開始時期に合わせて漁業振興を主目的とした基金を造成し、漁業者の経営安定に繋がる施策を実施する予定です。
5. 最後に
洋上風力発電に対する五島市の基本的な考えは「漁業との協調・共生」です。このため、現在進めている浮体式洋上風力発電については、先行利用者への影響がないかをしっかり検証したいと考えています。ここまでの取組に10年以上費やしています。全てが初めてのことなので想定できない課題も出てきます。事業を急いでしまうと課題が見えずに最終的に事業ができないことにもなりかねません。手前味噌ではありますが、洋上風力発電事業のトップランナーとしての自覚を持ち、今後、事業に取り組む自治体の参考になればという思いで取り組んでいます。引き続き漁業者・漁業関係者と情報を共有しながら信頼関係を深化させ、漁業との協調・共生に取り組みます。
また、五島市内で発電された再生可能エネルギーを活用し、五島産の電気で、再エネ100%かつCO2排出ゼロの電力を事業者が使用し、率先して温室効果ガスの削減に取り組むための制度として「五島版RE100」を令和3年4月に福江商工会議所が創設しました。五島市としても、市民等が利用する市庁舎、文化施設、各小中学校などの施設において「五島版RE100」の認定を受けました。
冒頭でも説明しましたが、国の交付金等を活用して本年4月1日現在で市内の再生可能エネルギー関連企業は9社あり94人の雇用に繋がっています。さらなる産業の育成、雇用の創出に繋げ、人口減少対策と地域活性化に取り組みながら、昨年12月に宣言したゼロカーボンシティの早期実現に向けて有効な施策を実施していきたいと考えています。(第10回へ)
参考文献
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石田雅也 (2018):浮体式の洋上風力発電で日本初の商用運転.公益財団法人自然エネルギー財団.自然エネルギー活用レポート No.10
https://www.renewable-ei.org/activities/column/img/pdf/20180111/column_REapplication10_20180111.pdf -
環境省浮体式洋上風力発電実証事業 haenkaze.com
https://haenkaze.com/