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水産振興コラム
20236
初めての「豊洲市場活用マニュアル」
八田 大輔
(株)水産経済新聞社
第3回 「仲卸から仕入れ」編②

都内の寿司店に勤めるAさんは、初めて東京・豊洲市場6街区の水産仲卸売場に仕入れにきた。場内をターレーが走り回る非日常的風景や目移りするほどのさまざまな魚介類の量に圧倒されつつも、マグロ専門仲卸「石司」を訪ねた。同店が国産天然の生本マグロ専門仲卸であるように、場内の仲卸のほとんどが得意な商材に特化して何十年と仕事にしている人ばかりと聞いて、商材の知識ではかなわないと感じたAさんは、予算を伝えて見繕ってもらうことにした。

処理巧拙で船にこだわり
買回りによるメリットも

産地情報集まる現場

懐にはとりあえず2万円と少しある。最近は外国人観光客が戻ってきて店の回転率も上がっているので、量は多少多くても困るまいと考えて「予算2万円までで中トロの寿司種50人分くらいほしい」と伝えた。自分が勤める寿司店は本マグロといえば青森・大間が一択だったので時期じゃないとは思ったが「できれば大間とかがあれば」などと追加で言ってみた。

店の方が「初夏の大間は産地の旬から外れているし、実際に今はない。きのうきょうと境港や塩釜のまき網物が出てきて数だけは多いけど、これといったものがないな」とこぼした。今の産地はそうなっているのかと相づちを返して聞いていると、腕組みしてしばらく考えたあとに「休市前に買った塩釜のはえ縄物があったな」と口にし、ケースから小さめの色鮮やかなブロックを取り出した。背部分のようだ。

初めての「豊洲市場活用マニュアル」(3) 写真1 顧客からのオーダーに応じて加工して商品を磨き上げる

「この時期では質のいい方だと思う。ただ、打ち身が少しあってお得意さまに出せなくて残っていたんだ。そこは外してあるし、短期間で使うなら問題ないと思う。少し値引けるし」とのこと。「それに獲ったのは間違いない船だから」と話す。

現地の船と直接交流

「産地だけじゃなく、船名まで気にしているんですか」と少し尋ねてみる。「産地によってよいものが獲れる旬はそれぞれあるし、それを外れるとクオリティーも変わってくる。それに、同じ時期でも漁船によって漁獲後の処理の巧拙は全然違うね」と話しながら動いた目線を追うと、壁には船名の入った木札がずらりと並んでいた。「年に3~4回は現地に行って船の方と交流しているんだ。同じようなマグロがあって迷ったら、自分が尊敬する船の方を選んでる。これはその尊敬する船のもの」と小さめのブロックを指した。

初めての「豊洲市場活用マニュアル」(3) 写真2 「石司」の商談スペースの背後の壁には、船名入りの木札が並んでいる

その言葉を聞いて改めて商品を見ると、立派に見えてくるから不思議だ。若干の打ち身とやらがどこにあったのかも分からない。「電話注文やファクス注文には完璧な商品以外は出しにくいけど、直接店に来てもらえれば訳あり品を多少は値頃に売れたりするよ。納得してくれればだけど。買い回りに来てくれた人のメリットだよ」と語る。

支払方法複数、配達も

ふと思い付き、どの程度まで店で処理してくれるのか聞いてみた。「うちは基本的に何でもやるよ。お客さまの要望によっては天をはねて(赤身と血合い部分を取り除いて)出すこともあるよ」という。

それなら人手不足気味のうちでも安心だ。先ほど勧めてもらったブロックを買うことを告げて支払い方法を尋ねると「うちは振り込み、クレジットに対応しているけど、最初だから現金がありがたい」との答え。お代の1万5000円を帳場(と店の人が呼んだ)で払い、紙に包んでくれたブロックを、畳んで持ってきていた保冷バッグに収めた。

初めての「豊洲市場活用マニュアル」(3) 写真3 帳場で代金を払う。「石司」では現金、振り込み、クレジットに対応

「場内の指定場所まで届けるサービスもあるから。また来て感想聞かせてよ」という声に「ありがとう」と返答して店をあとにする。保冷バッグを大事に胸に抱えて都営バスで帰る道すがら、寿司を実際に握るのが今から楽しみで仕方なかった。

第4回へつづく

プロフィール

八田 大輔(はった だいすけ)

1976年静岡生まれ、名古屋大学文学部日本史学科卒業。上京して富士通系列のシステム会社でシステムエンジニアとして3年勤務した。退社後は日本ジャーナリスト専門学校スポーツマスコミ科に学び、卒業間近の2006年1月に(株)水産経済新聞社の編集記者に転じた。16年4月から報道部部長代理。中心的な取材分野は、卸売市場を中心とした流通全般、鮮魚小売業全般、中食産業全般など。専門商材はウナギ、干物類。そのほかの担当エリアとして北陸3県(富山・石川・福井)、福島県、千葉・勝浦、静岡県東部/西部。