水産振興ONLINE
水産振興コラム
202310
変わる水産資源-私たちはどう向き合うか

第1回 水産資源が気になっている — 連載をはじめるにあたって

和田 時夫
(一社) 全国水産技術協会

1. はじめに

わが国の水産資源とその利用については、「変化に富んだ漁場環境と高い生産性」、「多種多様な水産資源の存在と特色ある漁業の展開」、これらに裏打ちされた全国各地における「豊かな魚食文化の発展」などをキーワードに語られてきました。これまでは間違いなくそのとおりであったと思います。しかし、最近のわが国の海や魚の状況、水産物の消費を巡る内外の状況は大きく変化しています。これからも豊かな海の恵みを享受していくためには、何処にどんな問題がありそうか、問題の解決に向けて私たちができることは何か、一度立ち止まって考えてみる必要があるように思います。

2. 水産資源をとりまく今日的な課題

(1) 生産・消費の減少と需給ギャップの存在

図1に1980~2021年のわが国の水産物の需給状況を示しました。1980年代には年間1,200万トン台を誇ったわが国の漁業・養殖業生産量ですが、その後は海面での漁業生産量が一貫して減少を続けており、最近はピーク時の1/4近くにまで落ち込んでいます。国民1人当たりの食用魚介類および海藻類の年間消費量も2001年の41.6.2kg(魚介類40.2kg、海藻類1.4kg)をピークに減少を続けており、消費者の魚離れに歯止めがかからない状況です。

また、家庭内での消費でも回転寿司などの外食でも、まぐろ、さけ(サーモン)、ぶり、いか、えびなどに人気が集まっており、いわしやさばが主体の国内生産とはギャップがあります。このギャップを埋めるため海外からの輸入が行われています。しかしながら、世界的には日本とは逆に、水産物の需要が拡大し価格も上昇しています。食用魚介類ばかりでなく、養殖飼料となる魚粉や魚油の確保を巡る国際的な競争も激しくなっています。このため、かつてのように世界中から望む水産物を欲しいだけ買い集めることが難しくなっています。

(2) 水産資源の変動の拡大

わが国では、1996年に国連海洋法条約を批准し、1997年からマイワシやさば類などの主要魚種を対象に年間の漁獲可能量(TAC)を定めて資源管理を進めてきました。さらに2018年の漁業法の大改正を機に、国内の水産資源の評価と管理の拡充と強化が図られ、まぐろ類などの高度回遊性資源については地域漁業管理機関を通じた国際的な管理が進みつつあります。その結果、クロマグロのように回復しつつある資源がある一方で、サンマやスルメイカなど、原因には諸説ありますが、資源の減少が続いているものもある状況です。

変わる水産資源-私たちはどう向き合うか(1) 画像1
図1. わが国における水産物の需給状況

加えて、地球温暖化の進行も著しく、各地で南方系の魚介類の進出が目立つ一方、北方系の魚介類の漁獲量が減少し、多くの回遊魚で漁期や漁場が変化しています。漁業に限らず、養殖業や加工・流通業を含めて、水産業の現場における担い手の確保が難しくなっていることも、水産資源の多面的かつ有効な利用を図る上での課題となっています。いずれにしても、わが国の水産資源の利用が一つの曲がり角に来ていることは間違いありません。

3. 連載のねらいと概要

(1) 連載のねらい

これからのわが国社会の課題には、自然環境の面では地球温暖化の進行に伴う気候や海洋の変動の激化があり、社会経済的な面では、少子・高齢化の進行による生産年齢人口(担い手)の減少や、人口減少に伴う内需の縮小があります。加えて、資源やエネルギー利用や環境保全の面での制約の強化など、環境問題や地球温暖化へ対応するための世界共通の課題にも直面しています。

今後の水産資源の利用にあたっては、こうした制約条件の下で展開されるわが国の社会経済や自然環境に適応していくことが期待されています。情報通信技術(ICT)やロボット技術などの先端技術の活用は勿論ですが、日本型食生活の再評価、沿岸資源の利用の再拡大や沿岸漁業の活性化なども論点になるのではないかと考えています。そこで、(一財) 東京水産振興会のご理解とご支援のもと、水産振興コラムとして「変わる水産資源-私たちはどう向き合うか」のテーマで、関連する話題について連載形式でご紹介することとしました。

(2) 連載の概要

連載では、まず、わが国の水産資源の特徴と利用上の課題の再整理を皮切りに、地球温暖化が漁場環境や水産資源に及ぼす影響の見通しや対応策、持続可能な利用に向けて消費の側でできることなどについて考えます。漁業法の改正で拡充・強化された水産資源の評価や管理について、その基本的な考え方を確認するとともに、もう少し資源や環境の変動に合わせた柔軟なものにできないか、関係する皆様がもっと直感的に資源の状態を把握できる手法はないかなどについても考えてみたいと思います。

最近の資源動向についての具体的な話題としては、いわし類やさば類など、環境変動の影響を大きく受ける資源や、世界的に需給関係がひっ迫しつつあるいか類について、現在の状況や今後の見通しについてご紹介します。加えて、二枚貝類や海藻類にもスポットを当て、これからの資源利用のあり方について探ってみたいと思います。これらは日本人にとっては伝統的な水産物であり、海域の栄養塩や動植物プランクトンを有効に利用できるという点で優位性を持ちながらも、これまで資源利用の視点からはあまり議論されて来なかったように思います。ここでの問題提起が、沿岸漁業の新しいあり方の議論にもつながっていけばと期待しています。

また、水産業の経営改善や就労環境の改善をめざして、生産や加工・流通過程のスマート化やデジタル化の動きが活発になっており、その影響は水産資源の利用にも及ぶことが予想されます。これらの取組みを水産業の成長産業化へ向けたゲームチェンジャーとするためにも、水産資源の利用の面から、これらの取組みを見直してみることも必要ではないかと考えています。

4. おわりに

連載にあたっては、各分野の専門家にそれぞれの視点や問題意識に基づいて、現状のご紹介や今後へ向けた問題提起をお願いしています。その一方で、資源利用を巡る最近のトピックスや地域の状況について、ルポルタージュ風にご紹介することもできればと考えています。この連載が、幅広い皆様と、様々な視点から、これからの水産資源の上手な使い方をご一緒に考えるきっかけとなることを願っています。

連載 第2回 へ続く

プロフィール

和田 時夫(わだ ときお)

和田 時夫

1977年長崎大学水産学部卒業。(国研)水産研究・教育機構理事、(一社)漁業情報サービスセンター会長を経て、2023年7月から現職。専門は、マイワシなどの小型浮魚類の資源動態と資源管理。近年は、ICTや再生可能エネルギーを利用した水産業の振興や温暖化対策、ICTやロボット技術の水産資源・海洋調査への応用などにも関心。農学博士(東京大学)。