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水産振興コラム
20244
水産物流通のこれから ~流通現場からのアプローチ~

国内漁獲量の大幅な減少や市場外流通の増大など、近年、水産物流通を取り巻く状況は大きく変化しています。そうした中で、今後のわが国の水産物流通のあり方について現状を把握し、水産業界全体で課題を解決していく必要性が高まっています。
そこで(一財)東京水産振興会では、東京都中央卸売市場(築地・豊洲)に長年勤務し、水産物流通に関する様々なデータを整理・分析されている浦和栄助氏(東京都水産物卸売業者協会 専務理事)より学習会形式で話題提供をいただき、その内容を当コラムで連載することにいたしました。

第1回 水産物をめぐる状況(その1)

浦和 栄助
東京都水産物卸売業者協会 専務理事

はじめに

東京都水産物卸売業者協会の浦和です。本日はよろしくお願いします。私は数年前から、とある金融機関の関係者を対象に水産物流通に関する勉強会を毎年行っておりました。その資料として、日本や世界における水産物の需給動向や豊洲市場を中心とした水産物流通などについて各種の統計データ等を図表化して体系的に整理したパワーポイントを作成しました。

毎年自分でデータを更新して資料のアップデートを行っているのですが、この度(一財)東京水産振興会さんからの申し出があり、「水産振興コラム」での連載として、その内容を体系的に発信する機会を得まして、本当にありがたいことだと思います。

総合的な内容ですので、この学習会も数回に分けて行わなければならないかなと思いますが、全体の構成はこのスライドのとおりです(図1)。

図1
図1

なお、使用した統計データ等は、東京都や農林水産省が公表しているものや「水産白書」など、誰でも入手できるものです。また、私の属する豊洲市場水産卸のデータもあります。ですから、データを整理して羅列すること自体は特に難しいことではないのですが、大切なことは、どのような考え方に基づいてデータを整理し、いかにそのデータを役立てるのか、という問題意識を持つことだと思います。

と言いますのも、やはり気になるのは豊洲をはじめ卸売市場の将来のことです。高齢化も進んでいますし、昔の良かった時代と比べて今は商売も厳しい。そうした中で、現在の水産物流通が置かれている状況に関する客観的な事実を市場関係者にきちんと理解していただきたい。今後は考え方や方法を変えていかなければ事業継続ができないという危機感を持ち、皆で意識を変えて、今起こっている様々な問題に対して改善していければよいなと思っています。今回の私の話題提供もその一助となればと願っています。

まず私自身についてお話しますと、大学で水産の勉強をしまして、卒業後は築地市場(当時)の水産卸に就職しました。それ以来、ずっと市場の仕事に関わっています。当初は卸の社員として朝2時に起きて出勤、競り場に出たり、営業ではホタテなど寿司ネタ関係を十何年も販売の担当をやって、その後は開発部という部署を創設して、量販店や飲食店等を相手に商談を行うとともに、受発注システムの開発や商品の配達等の物流の整備を行ってまいりました。そうした仕事を通じて、客観的なデータがいかに大事かということを学びました。

その後、築地市場の豊洲移転を円滑に行うために東京市場の卸売会社8社の協会である卸売業者協会に移りました。移ってからの一番大きな仕事は豊洲への市場移転です。豊洲市場には水産卸は7社ありますが、移転に関する会議には卸各社から総務や営業など様々な部署の方々が参加されました。そこで何を学んだかというと、会議の場で皆さん同じ話を聞いて同じような意見を言っているように見えても、実はそれぞれが全く違う解釈と理解をしているということです。そのため、結論を出す段階になって初めて見解の相違とか本音とかが明らかになり、その後何日もかけて話し合いをしてやっと1つの結論が出せるということが多かったです。全員の共通理解を得て、同じ方向性のもとでプロジェクトを進めるということがいかに難しい作業であるのかを、市場移転の仕事で学びました。

そのことは他の仕事でも同じで、卸各社の価値観も違いますし、利害関係も異なりますので、そうした方々を相手に調整をして物事を決めていくというのは大変な作業です。ですから、こちらが伝えたいことを相手にきちんと理解してもらうために要点を簡潔にまとめて対話ができることが大切で、同じ内容でも相手や状況に応じてアウトプット(言い方や伝え方)を変えていく必要があります。そのためにはバックグランドとして自分でいろいろなデータを持っていて、データに基づいて相手に対するアウトプットを吟味する作業が必要ですが、そうしたことも訓練できました。先ほど言いました「データを役立てる」という意識を持つ大切さには、このような背景があります。

わが国の水産業の課題

それでは資料の説明に入ります。
 本日は、世界と日本の漁業・養殖業についての客観的な情勢から中央卸売市場の現状までの話をさせていただきます。

まず「はじめに」ということで、わが国の水産業が抱える課題について整理しました(図2)。

図2
図2

わが国の水産物のサプライチェーンを構築する「川上」の漁業者・養殖業者から、産地市場、産地仲買、水産加工、さらには消費地市場の卸や仲卸、買参業者、そして小売業者を経て最終的に消費者に届くわけですが、これらの経営主体それぞれが満足のいかない流通となっています。各業種で総じて収益力が極端に低下している、要するに儲かっていないということです。儲からないから、後継者が不足し、再投資もできず、業界全体がとても厳しくなっています。

それは何故なのか?ということで6つの要因を挙げました。まず1番目ですが、以前から言われていることですけど、産地・中間・消費地の各流通段階がそれぞれで部分最適化していて分断状態にあり、サプライチェーン全体で過剰投資と過剰経費を生み出しているという点です。例えば、冷蔵庫や加工場なども流通段階それぞれで業者や団体が自前の施設を造っています。現在「大衆魚」と呼ばれる魚の漁獲量が大幅に減っているので、それらを受け入れてきた施設も稼働率が悪くなるなど、水産物流通全体を見れば過剰で非効率になっているという問題が顕在化しています。

2番目は先ほども言いましたが資源量、漁獲量の減少です。原因として温暖化による水温上昇だとか周辺国の漁獲圧などが指摘されていますが、特にサンマやスルメイカなど従来の「大衆魚」、大量漁獲魚種の極端な不漁が深刻です。その影響は特に水揚げ地や加工産地で加工原料不足をもたらし、水産加工業者のみならず、冷蔵庫業者や資材、運送など産地のさまざまな業種が苦しくなります。漁獲量の大幅な減少は産地の生産基盤を脆弱化し、業務継承を困難にしてしまうということで深刻な問題です。そして、産地の生産基盤が弱くなってしまったら、今後、資源量や漁獲量が増えたとしても、その受け皿となる産地の加工能力が不足しているので、折角の資源を有効活用できないということになってしまいます。例えば、本来、干物加工にできるような魚もそのまま凍結して飼料用に向けられてしまう、という様なことが地域によっては出てくるかもしれません。

3番目は漁業人口の減少や高齢化です。儲からないなどの理由で漁業をする人がさらに少なくなってしまえば、国内の生産基盤の弱体化がさらに進むことになり、深刻です。

4番目は消費者側の問題です。漁業だけでなく日本全体で人口減少と高齢化が進んでいるので、要するに胃袋の大きさと数が小さくなっているということで、食料品全体の消費量が減っています。特に魚は、以前から「魚離れ」と言われてきたように目立って消費量が減っています。昔は安い魚も大量にあるけれどもあまり食べたくないよという話でしたが、現代では骨があるから食べないとか、お父さんお母さん自身がもともと食べないから子供も食べなくなっているなど、「魚離れ」の質も変わってきているように思います。

5番目は一番問題ではありますが、川上から川下、漁業者から魚屋まで、小規模な家業型経営が多数を占めていて水平的または垂直的な統合など組織的な合理化ができていないという点です。ですから、産地の業者も消費地の業者もそれぞれ疲弊していても、なかなか必要なリストラや合理的な組織再編がしにくいというところがあります。

6番目ですが、通販などの市場外流通がどんどん伸びています。一方で、特に鮮魚、天然魚介類の流通については、豊漁・不漁の変化があるなかで卸売市場の持つ価格調整機能や全国の卸売市場の指標となる建値形成の機能は、依然として重要だと思います。

最後ですが、以上の6つの要因を踏まえて、世界基準で日本の水産業を見た場合はどうなのか、という点です。その場合、日本の水産業は未だ「狩猟産業」に留まっているといえます。一方でノルウェーなど世界の水産先進国では「自然管理産業」に成長しています。水産資源の状態をきちんと把握して、その結果に基づいた漁獲枠を細かく設定し、漁獲枠の譲渡や売買の仕組みなどを含めた厳格な資源管理がスタンダードとなっています。

なぜ日本と世界とでこうした違いがあるのかという点ですが、日本は古くから生業として津々浦々でさまざまな漁業が営まれ、操業や管理のルールも地域ごとに形成されてきており、現在の漁業制度にもそれらが反映している部分があるという特徴があります。一方、ノルウェーなどでは輸出を前提とした近代的な産業として国家が改革を推し進めた歴史があり、漁業や養殖の許認可もきっちりしています。日本と水産先進国では水産業の成り立ちとか位置づけが異なるのかなという感じを受けます。

ともあれ、世界的に水産業は成長産業であると言われています。魚はおいしくてヘルシーだから需要もますます高まっているし、単価も上昇している。そして先進国において漁業会社の従業員は高賃金である、ということです。それに比べると我が国の水産業は後退し、後進国になってしまったという危機感があります。関係者はそのことを直視し、現在置かれている状況の客観的な評価と先進事例に学ぶ姿勢が必要なのではないかと感じるところです。

なお、私が入社した数十年前は日本の水産業もまだまだ活気がありました。世界に打って出ようという勢いがあり実際に商売も良かったのですが、そうした当時の成功体験が現在では逆に足かせとなっているような気がします。先ほども言いましたが、漁業や市場では特に高齢化が進んでおり、昔の良かった時代の感覚から抜け出せない人も多いようです。だからこそ、現在の置かれている状況について客観的に見つめる必要があるのだと思います。

世界の漁業・養殖業生産量

次に統計データの説明に入ります。まず「Ⅰ.水産物を巡る状況」の1番目で、「水産白書」からの引用ですが、FAO等の統計データに基づく1960年から2021年までの世界の漁業・養殖業生産量の推移を示したグラフです(図3)。

図3
図3

グラフの上に、漁船漁業と養殖業別に、1960年、1990年、2021年の合計も示しました。まず漁船漁業ですが、私が生まれた頃は日本の遠洋漁業もまだ盛んで、世界全体では3,000万トンくらいでしたが1990年には8,600万トンまで増えています。その後はほぼ横ばいで、2021年で9,200万トンです。1970年代後半以降は200海里問題が出てきて日本の遠洋漁業は大きな打撃を受けましたが、そうしたことを含めても、世界全体では漁船漁業は大体9千万トン台が上限、自然を相手にする狩猟的な漁業は1億トンには届かないところで推移しているのかなと思います。

それに対して養殖業では、1960年は200トン程度でしたが、どんどんと成長し、1990年で1,700トン、2021年には1.26億トンまで増えています。このうち、内水面養殖がだいたい5,600万トンで海面養殖が7,000万トンくらいです。

次の4つのグラフは、同じく「水産白書」からの引用で、FAO等の統計データに基づく世界の漁船漁業と養殖業をそれぞれ主要な生産国別、魚種別に示したものです(図4)。

図4
図4

漁船漁業では中国、インドネシア、ペルー、ロシア、インドの5か国で大体40%ぐらいを占めています。日本はだんだん小さくなっています。魚種別では、やはりトップはニシン・イワシ類で大体20%ぐらいです。次いでタラ類とマグロ・カツオ・カジキ類がそれぞれ10%ぐらいです。さらにイカ・タコ類とエビ類が5%ずつという感じです。以上の5グループの合計割合が50%なので、ちょうど半分を占めていることになります。

次に養殖業です。われわれは養殖業というと何となくタイやブリ、サーモンなど、海面の生け簀を泳いでいて、人間が餌を与えるようなものを連想しがちです。でも世界で最もメジャーな養殖魚は淡水魚のコイ・フナ類です。淡水魚ではティラピア等も多く、これらを合計すると約5,600万トンです。こうした淡水魚の養殖は特に中国や東南アジア等の内陸部に多いですので、そうした地域の人口増加に呼応して養殖生産量も増えているのだと思います。あと養殖でびっくりするのが海藻類です。グラフにある褐藻と紅藻も大きく伸びていて、2021年ではそれぞれ約1,700万トンの生産量です。紅藻の代表であるキリンサイはインドネシアで多く養殖され、食用よりも増粘剤として化粧品や食品添加物など工業目的で多く利用されています。養殖生産量全体に占める割合を観ますと、コイ・フナ類やティラピア等で約5,600万トン、褐藻と紅藻の合計が約3,500万トンですから、淡水魚と海藻で約9,100万トンとなり、養殖全体の7割を占めていることになります。こうした数字を見ますと、先ほども言いましたが日本人がイメージしやすい海産魚類の給餌養殖というのは割合としては小さく、最も多いサケ・マス類でも、無給餌の貝類養殖(カキ類およびアサリ・ハマグリ類)よりも生産量は少ないのです。私たちになじみの深いタイやブリ、クロマグロなどは、世界の養殖生産の中ではほんの少しのウェイトしかないというのが基本的な見方となります。国別の割合を見ても、最も多いのは中国で58%、次いでインドネシアが12%ですので、この2か国だけで70%にもなります。日本の養殖生産量の割合はわずかなのです。

漁業・養殖業に利用できる地球上の水

次は参考資料ですが、漁業・養殖業生産における重要な自然基盤の1つである地球上の「水」について、ユネスコのデータに基づき環境省が作成した海水と淡水の体積を示しました(図5)。

図5
図5

それによると、地球上の水の全体量(体積)は14億立方キロメートル弱でそのほとんど、97.47%を海水が占めています。従って、淡水はごくごくわずかで約0.35億立方キロメートルです。淡水のほとんどは氷河と地下水で、氷河は約0.24億立方キロメートル、地下水は約0.11億立方キロメートルですので、それら以外の淡水、すなわち淡水魚を生産できる地表の河川や湖沼などの淡水は水全体の0.01%、0.001億立方キロメートル=10万立方キロメートルで本当にわずかしかありません。

そして、先ほどご紹介した世界の漁業・養殖業の生産量ですが、養殖と漁業を合わせた合計が約2.19億トンです。そのうち、海水魚介類(海藻含む)が1.51億トンで淡水魚介類が0.68億トンです。生産量では淡水魚介類は海水魚介類の3分の1程度ですが、地球上の水の体積比では海水に比べて淡水は圧倒的に小さいわけですから、逆に体積当たりの生産量では淡水の方がはるかに生産性が高いという見方ができます。海水の体積が巨大だと言ってもほとんどが深海ですから容易に漁業・養殖で利用できず、片や淡水では給餌をしない粗放的な養殖生産も多くありますから、体積当たりの生産性では淡水が逆転する要因になっていると思います。一方、深海には海洋深層水がありますので、うまく利用することで生産を増やす可能性があると思います。

世界の水産資源の状況

利用可能な水の問題とも関係しますが、次のデータは「水産白書」に掲載されたFAOの統計に基づく世界の水産資源の状況です(図6)。

図6
図6

1974年から2019年の間に世界の水産資源はほとんどが利用され、「低利用・未利用状態の資源」の割合(グラフの緑色部分)はどんどん減って2019年で7%程度となっています。「適正利用状態の資源」(同オレンジ色部分)は58%で、両者を合わせた「生物学的に持続可能なレベルにある資源」は65%です。残りの35%が「過剰利用状態の資源」(同青色部分)でその割合は増え続けています。従って、特に漁船漁業では余裕のある水産資源は少なく、世界的に増産の余地は乏しいと言えます。養殖業の方でも、水質の良い水、養殖適地、十分な質と量のエサという3つの制限要因がありますので、先ほどご紹介した海藻などの無給餌養殖を除き、やはりこれまでのような大きな伸長は期待できそうにないです。

第2回に続く

プロフィール

浦和 栄助(うらわ えいすけ)

浦和 栄助

昭和39年生まれ。昭和62年東京水産大学資源増殖学科を卒業し、中央魚類株式会社に入社。同社で開発部ゼネラルマネージャー、塩干部部長を務める(新市場準備室室長兼務)。平成22年より東京都水産物卸売業者協会に移り、豊洲への市場移転業務等に従事。現在、同協会専務理事。株式会社水産卸ビジネスサポート取締役社長。一般財団法人東京水産振興会理事。