サーモン養殖に懸ける
海洋の変化、科学で解明
7月半ば、JF広田湾漁協が自営する定置網漁業を見学した。ともに乗船したのは、長谷成人 (一財)東京水産振興会理事と陸前高田市長の佐々木拓氏(62)。佐々木氏は元水産庁職員で、退官後、2023年の市長選に出馬し当選を果たした。長谷氏とは対ロシア交渉で苦楽をともにした元同僚でもある。
市内広田町の出身で、実家の家業が大謀網(大型定置網)経営だったという佐々木市長にとっては、「(地元の定置網漁船に乗るのは)本当に久しぶり」という見学だったが、あいにくこの日は潮が速く、予定していた2か統のうち、網揚げできたのは1か統だけ。網に入る魚は少なく、1尾入網した大型のクロマグロも、漁獲枠の関係で放流せざるを得なかった。
岩手はかつて年間8万トンを水揚げした秋サケ産地。夏場の魚が少なくても気にする必要はなかった。ただ、今は違う。秋サケに頼ることができないと、昨年度から、水産庁のがんばる漁業復興支援事業で定置網の構造をイワシ、サバ用に切り替えたばかりだった。
しかし現実は非情。期待をかけたイワシやサバも急速に獲れなくなっている。広田湾漁協の砂田光保組合長(67) は、「昨年でも水揚げは1億9,000万円。計画していた約2億5,000万円にも届かなかった。秋サケが獲れた時は年間3億、4億円は当たり前だったが」とつぶやき、「海が変わってしまった」と諦め顔をみせる。
厳しい定置網漁業の一方で、存在感を増しているのがサーモン養殖だ。23年11月からニッスイと共同で試験養殖を開始し、昨年、本格的な生産に移行した。砂田組合長も「最初は抵抗があった」と口にしながらも、「もうこれしかない」と決意を固めた。佐々木市長の後押しも背中を押した。
優先して力を入れたのは「地元の理解」だった。「ニッスイと一緒に何度も説明会を開催した。やはり昔の宮城のギンザケの記憶もある。だからこそ、海を汚さないことなどをニッスイと一緒に徹底して訴えた」と砂田組合長。説明を尽くす中で、次第に反対する声は消えていった。
新たな一歩を踏み出した漁協では、チャレンジを支える職員も育つ。その一人が安田知世さん(25)。金沢大学の人間社会学域国際学類で学んだあと、「(陸前)高田のためにできることはないか」と故郷の漁協を就職先に選んだ。がんばる漁業の審査の際のプレゼンターにも自ら「やります」と志願。今は、漁船の登録や漁業許可をはじめ、漁協の仕事をこなす人材として目を輝かせている。
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「昔と同じ」では未来は開けない
岩手県の養殖サーモン生産量は秋サケの漁獲減と反比例し、近年、急速に増えている。今年はギンザケ、トラウトの合計で3,600トンに達した。来期には6,000トンの生産が見込まれている。
ニッスイが岩手でサーモン養殖を始めたのは20年。大槌町を皮切りに、24年には陸前高田市、25年には大船渡市(試験養殖)で生産を始めた。今年にはサーモン養殖を担う子会社の社名を (株)ニッスイサーモンに変更。ブランドも「ニッスイサーモン」に統一した。岩手だけでギンザケなど7,000トンのサーモン生産を目指すと公言、力が入る。今秋は生産性のさらなる向上へ、自動給餌できる大型のバージ船も導入する予定だ。
すでに今期はすべての魚の出荷を終えた時期だっただけに、直接、養殖の現場を見学することはかなわなかったが、ニッスイサーモンの鶴岡比呂志社長に話を聞くことができた。
鶴岡社長は岩手でサーモンを養殖することについて、「夏前まで水温が低く、長く飼育できる。水温を気にしなくていいのは大きい」と話す。サーモン養殖のカギを握る種苗生産にとってもメリットがある。秋サケの種苗生産施設の活用が可能で、「年間通して約13度Cの水を確保できる」と今年、広田湾漁協から気仙川の第一ふ化場と第2ふ化場を取得した。
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人口減少と高齢化に直面する状況は陸前高田も同じ。沿岸域の主力産業の水産業衰退が続けば、地域の衰退の加速度は増す。「沿岸地域の活性化」は、市政を担う佐々木市長にとって後回しできない命題であり、ニッスイとの連携は渡りに船だった。
水産庁時代の人脈を頼りに大手水産会社などと意見交換を繰り返す中で、ニッスイで養殖を担当していた田中輝氏(現ニッスイ社長)とめぐり合い、事業が一気に加速した。佐々木市長はニッスイに「スピード感をもった取り組み」を提案し、地元漁協にも地域の活性化を実現する取り組みだとメリットを説明した。
「反対はあると思っていた。ただ、大切なのは反対する理由をしっかり聞いて対処すること。陸前高田市にとって必ずプラスになるという思いがあった」と当時を振り返る。最初は疑心暗鬼だった地元住民も、かっこいいトラックに乗り、おしゃれなユニホームを着て目を輝かせて仕事をするニッスイの若手社員らを受け入れていく。最近では「地元のニッスイで働いてみたい」という若者らも増えているという。
「昔と同じことをやり続けても未来は開けない。新しい技術や幅広いネットワークをもつ大学などと連携し、地元の可能性を切り開くことが大切」と佐々木市長は持論を力説する。9月にはさらなる一手として、東京大学などとの連携もスタートさせた。
「水産業はまだ成長できる。陸前高田をはじめ、三陸沿岸はやはり海と生きていくしかなく、その可能性を最大限に引き出したい」と未来を見据える。
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よりよき未来へ 挑み続ける思い
サーモン、海藻以外にも新たな取り組みが気を吐いている。
岩手・大船渡市三陸町綾里にある元正榮北日本水産(株) はアワビの陸上養殖のパイオニアだが、東日本大震災の津波に加え、昨年には全国ニュースにもなった山火事でも被災。長期の停電で250万個のアワビが全滅した。しかし、「辛うじて生き残ったのはわずかに1万個。だけど、わずかに残っただけでも運があると思う。地道な取り組みを続け、再び稚貝100万~200万個、食用で40万個を目指したい」と古川季宏社長は前を向く。
競合する韓国のアワビ養殖を「海面で中間育成をする分、コスト的に有利」と話す古川社長の話に、長谷氏は「これまでは三陸の海面は既存の養殖でフル活用されてきたのだろうが、高齢化が進む中、サーモン養殖と同様に、漁協の理解を得ながら空いてきた海を活用して中間育成することも大いに可能性があるのでは」と示唆した。
海の世界最先端の研究も東北でスタートした。文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の一つとして、東北大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)が手を組み「変動海洋エコシステム高等研究所」(AIMEC)を立ち上げた。海洋に関する物理学、生態学、数理・データ科学などさまざまな学問を結集し、経済や社会の視点も加えて海洋環境変化のメカニズムを総合的に解明する。今年には、東北大学の石村学志教授もWPI–AIMECの一員に加わった。
「水産資源を生態系の視点で予測する研究はあるが、そこに物理系の研究は全く反映されていない。国の制度も10年後の将来を見据えた計画を立てているが、海がどう変化するかを踏まえてはいない」と言い、「WPI–AIMECでは海洋変化のメカニズムをあらゆる知見を用いて解明する。変化が予測できれば、次の30年がどう変わるかもみえてくる。それにどう対処していくか、水産業も将来を描きやすくなる」とその意味を力説する。
そして石村教授は言う。
「海は変えられない。日本はこれまで変えられない海に柔軟に適応し、豊かな魚を中心とした食文化をつくり上げてきた歴史がある。海の急激な変化を科学を総動員して解明できれば、行政の仕組みや漁業のあり方も柔軟に変えていける。海から得られる水産物の価値も最大化できるようになる。日本の海のありように、必ずしも合わない国際的な仕組みをそのまま無理に入れる必要もなくなる」と言い、「私は、日本の水産業にはよりよき未来しかないと信じている。その想像を共有できるようにしたい」と、東北から日本に向け、世界に向け、目を輝かせ発信を続ける。
(第70回へつづく)

