海藻が救う三陸の海
漁船漁業からの転身も
真っ白なポリプロピレン製の円形水槽は20基近くあるだろうか。水槽内では、日の光を浴びて薄緑色に輝くスジアオノリがゆっくりと育っている。ここは岩手・陸前高田市の脇之沢漁港(沼田地区)にある理研食品 (株) の陸上養殖施設「陸前高田ベース」。2021年、総工費約3億円をかけて建設された。スジアオノリの陸上養殖施設では、最も北の拠点になる。
スジアオノリは、アオサ(ヒトエグサ)と比較して香りが高く、鮮やかな色をもつことで高級海藻に位置付けられる。5,000平方メートルで生産されるスジアオノリの年間生産量は約5.5トン。ノリ風味のスナックの原料をはじめ、自社の「わかめとたまごのスープ」など用途は広い。
「アオノリは面積産業。面積に比例して生産を増やせる。港を管理する陸前高田市からは隣地の利用も可能といわれている」と理研食品の佐藤陽一取締役(49) は、マーケットを見据えながら生産拡大も視野に入れる。
スジアオノリは全国で約20社・団体が生産するといわれるが、拠点の多くは南日本に位置する。北では冬場に成長しないことが懸念されていたためだ。
しかし、佐藤取締役は「ここは年間の海水温が5~25度C。アオノリが成長できる水温帯に収まっている。28度Cを超えると胞子を出し成長が止まる。全国の海水温が上昇傾向にある中で、岩手は適地になってきている」と拠点が陸前高田にある理由を説明する。数年前に比べると単価は下がる傾向にあるとはいえ、乾燥品のキロ単価は高品質のものでは1万円を優に超える。海藻としてはダントツに高い。餌が不要で、年間通して適水温が得られるため、コストは海から海水をくみ上げるポンプ費用が中心。陸上養殖なので異物混入の心配もない。
長谷成人東京水産振興会理事(左)と佐藤取締役
「海に近づけ!」 現場と歩む覚悟
理研食品は、理研ビタミン(株) の連結子会社の食品メーカーとしてワカメにこだわった製品を多く生産しているが、直接、海藻生産を行うのはスジアオノリが初めてになる。
商品メーカーが原料の海藻を生産するきっかけは、「海に近づけ!」のスローガンだった。
三陸が東日本大震災からの復興に向かっている中、当時の社長、渡辺博信氏(22年退任)が「原料を買っているだけでは駄目だ」と訴え、もっと現場とともに歩むべきだと打ち出したのが「海に近づけ!」だった。
スローガンは、スジアオノリの生産だけでなく、産地への海藻種苗の供給や開発を担う宮城・名取市閖上町の「ゆりあげファクトリー」の拡充にもつながっている。佐藤取締役は「ワカメでいえば今年で500トン分、来年には約700トン分の種苗を生産する。優良種苗開発にも力を入れていく」と「海に近づけ!」の遂行に今も迷いはない。
同社の常務を退任し、今は福島の創造的復興を担う福島国際研究教育機構(略称・F–REI=エフレイ)の専門員を務める小野克徳氏(66) も海藻の将来にかける思いは熱い。「F–REIには、ロボットドローンなどさまざまな最先端の産業技術が集まってくる。そんな技術を用い、海藻産業ももう一段高みに導きたい」と先を見据える。陸前高田ベースにも、宮城県庁を早期退職し地域おこし協力隊の一員として活動する西城俊行氏がいる。「沿岸の産業を次の世代に受け継ぎたい」と意欲的だ。
近年、海外では海藻生産が急速に伸び、韓国ではすでに仙台湾に匹敵する広さの海で、ワカメだけでも日本の20倍の生産量を実現している。国を挙げた育種にも積極的だ。海藻王国といわれてきた日本は完全に後れを取ってしまっている。
ただ、佐藤氏は「日本の高品質な製品を作る漁業者の技術力は高い。その技術を生産性に結び付ければ、遅れは取り戻せる」と、ワカメ作りで定評のある三陸、そして日本の再興を信じる。
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可能性を創造するKAISOBANK
同じ海藻でも、水産物を育む藻場の喪失は深刻。岩手も例に漏れず、邪魔者としてジャマモクと揶揄されてきたアカモクさえ減少の一途をたどる。
そんな藻場を全国規模でより効率的に増やそうと、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業として、22年に「KAISOBANK」がスタートした。三省水工(株) が幹事社となり、日建工学(株)、(株)アルファ水工コンサルタンツ、三洋テクノマリン(株) の企業4社がそれぞれの強みをもち寄りながらコンソーシアムを組み、日本の効率的な藻場の復活に挑む。すでに全国5か所(北海道、山形、岩手、大分、長崎)で実証試験が始まり、陸前高田市内の只出漁港はその一つになる。
この日も各社の担当者が港に集結していた。港では種苗を育成する簡易施設が用意され、沿岸域では脱落しにくく簡単に移設できる「海藻カートリッジ」を使った藻場の育成実験を行っていた。カートリッジは手のひらサイズの環境にやさしい海洋生分解性プラスチックを材料とした基板で、種糸も取り付けやすく、管理も容易なのが特徴。基盤には藻場が生育しやすいアミノ酸混和コンクリートを利用する。4社が得意とする分野の技術を惜しみなくもち寄り、一つの目標に向かう。
KAISOBANKの伊藤敏明代表は、「藻場は単純に海草・海藻を植えればいいというものじゃない。それぞれの海に合う方法や適した種がある。食害の状況も各地で異なる。そんな事情を踏まえ、成功モデルをつくっていきたい。30年までピッチを上げて取り組み、いずれは増えた海藻を水産物の餌にするなど、ビジネスの展開などにもつなげたい」と意欲的だ。
(左)から3人目が伊藤代表
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挑戦の先にある沿岸漁業の未来
岩手・大船渡市三陸町の綾里では、(有)マルカツ水産の佐々木晶生社長(34) が漁船漁業を営みながら海藻養殖にチャレンジしている。大学卒業後、父親の19トン型に乗船した矢先、サンマの不漁に直面。「漁船漁業だけで経営を続けるのは難しい」との思いから、将来の可能性を含め海藻養殖という新たな分野にチャレンジする意思を固めた。昨今、海洋環境の激変に対応するため、漁法、経営の複合化が唱えられることが多いが、佐々木社長はいち早くその方向にかじを切っている。
「やるからには採算が合う事業にしたい」と漁協に相談しながら、当初一台100メートルの施設152台の行使権を取得。現在は約200台に拡大している。
ただ、同じ漁業とはいえ、海藻養殖となると勝手が違う。「始めて6年たつが、最初の2、3年は失敗の連続。ロープに付けた種苗も脱落するばかり」と当時を振り返るが、縁があり知り合った理研食品のアドバイスを受けながら、粘り強く取り組みを続け、生産を軌道に乗せた。
「海藻のプロである理研食品のアドバイスは大きかった。特に提供を受けた種苗は、定着性も生産性も全く違った」と話す。漁船漁業からの新たな取り組みに「地元に理解してもらうのはなかなか難しいですね」と苦笑いするが、今も理研食品と強固なスクラムを組みチャレンジを続ける。
佐々木社長の海藻養殖にかける夢は大きい。「漁業者の高齢化がすごい勢いで進んでいるが、このままでは地元もどんどん元気がなくなってしまう。沿岸地域はまだまだ元気にできる。韓国などで行われている、より機械化した養殖にも関心があるし、将来は他県での養殖も視野に規模拡大に挑みたい」と意気込む。
ただ行政などには注文もある。「今は、何が起きるか分からない時代だが、だからこそ挑戦を続けないと将来はない。若い仲間が思い切って新たなチャレンジができる環境整備を進めてほしい」と訴えている。
(第69回へつづく)

