海藻類をはじめとする沿岸・海洋生態系によって取り込まれ、その生態系内や沖合・深海などへ輸送・貯留される炭素は「ブルーカーボン」と呼ばれている。日本政府が掲げる2050年までのカーボンニュートラル達成に向けては、CO2の排出削減に加え、植物や藻類の光合成を活用したCO2吸収にも注目が集まっており、ブルーカーボンも気候変動対策の一つとして期待されている。しかし、海洋における炭素の吸収、輸送、貯留の過程は複雑であり、その実態についてはいまだ明らかでない点も多い。とりわけ海藻類では、光合成によって固定された炭素が藻場や養殖場内にとどまるだけでなく、溶存態・粒子態の有機物として沿岸域から沖合や深海へ輸送されるため、その動態や長期貯留量をどのように評価するかが重要な課題となっている。こうしたブルーカーボンに関する研究は近年急速に進展している。2025年8月には、日本藻類学会の英文誌 Phycological Research に、Expert Opinionとして「海藻生態系におけるブルーカーボン概念に関する専門家の見解」が掲載された(https://doi.org/10.1111/pre.70009)。本論文は、海藻生物学、海洋炭素循環、沿岸生態学などを専門とする世界の6名の研究者による見解を、長崎大学のグレゴリー・ニシハラ教授と筆者が取りまとめたものである。海藻ブルーカーボンの可能性だけでなく、その評価上の課題や限界、今後必要となる研究についても、最新の知見を踏まえて多角的に論じられている。本論文は、ブルーカーボンをめぐる現在の議論を理解する上で有用な材料になると考え、本稿では6名の専門家の主張を要約するとともに、最近の研究成果も交えながらその内容を紹介したい。
1. 「海藻がCO2を吸収する」だけではブルーカーボンを説明できない
豪州で沿岸生態学を専門とし、藻場の再生などに取り組んでいるKelp Forest Alliance の Aaron M. Eger博士は、海藻養殖を単純に「大規模な気候変動対策」とみなすことに慎重な姿勢を示している。確かに海藻は高い生長速度を示し、その過程で海水中の無機炭素を光合成によって取り込む。しかし、多くの海藻は数か月から数年で枯死するため、陸上の森林のように、光合成によって固定した炭素を生きた藻体の中に長期間保持し続けることはできない。また、養殖された海藻の多くは食品や飼料などに利用され、最終的には消費・分解される。そのため、海藻に固定された炭素の多くは比較的短期間のうちに再び無機化され、CO2として環境中に戻る。
海藻の生理生態学的研究の第一人者であるタスマニア大学の Catriona L. Hurd博士は、この論点をさらに厳密に整理している。Hurd博士は、海藻類による二酸化炭素除去(CDR: Carbon Dioxide Removal)への貢献を評価する場合、単に海藻がどれだけ炭素を取り込んだかを測定するだけでは不十分だと指摘する。海藻が光合成によって利用するのは海水中の無機炭素であるため、その吸収した分を補うために、大気から海洋へのCO2の移動が実際にどの程度生じたのかを示す必要がある。さらに、その除去が既存の自然状態における炭素収支に対して「追加的」であり、取り込まれた炭素が100年以上の時間スケールで大気から隔離されることを示すことも重要である。したがって、「海藻が1トン増えたから、その炭素量に相当するCO2を大気から除去した」と単純に計算することはできない。
Eger博士とHurd博士の指摘は、「海藻ブルーカーボンには価値がない」ということを意味するものではない。むしろ、海藻が炭素循環のどの過程に寄与し、そのうちどの部分を気候変動対策として評価できるのかを明確にする必要がある、という主張として捉えるべきだろう。
2. 海藻によるCO2除去効果をどのように評価するのか
それでは、何を測定すれば海藻によるCO2除去効果、さらには気候変動対策としての効果を評価できるのだろうか。Hurd博士が重視するのは、MRV、すなわち Monitoring(測定)、Reporting(報告)、Verification(検証)の実施である。海藻由来の炭素が実際にCDRとして機能していることを証明するためには、少なくとも二つのプロセスをMRVの考え方に基づいて詳細に調査する必要がある。一つは、海藻が光合成によって固定した有機炭素がどこへ運ばれ、そのうちどの程度が100年以上にわたって貯留されるのかという「炭素のゆくえ」である。もう一つは、海藻の光合成によって海水中のCO2が減少した後、大気から海洋へ実際にどの程度のCO2が移動したのかという「大気―海洋間のCO2交換」である。しかし現在のところ、これら二つのプロセスを正確に追跡し、特定の養殖場や藻場によるCO2除去量として評価する方法は十分に確立されていない。
Hurd博士と同じタスマニア大学に所属するJohn Barry Gallagher博士も、海藻による単純な炭素収支だけでは気候変動緩和効果を評価するには不十分であると指摘している。特に海藻養殖の効果を評価するためには、養殖を行った場合だけを見るのではなく、養殖を行わなかった場合に炭素循環がどのようになっていたかという「ベースライン」との比較が重要となる。
ここまで紹介したEger、Hurd、Gallagherの3博士の意見を総合すると、今後の海藻ブルーカーボン研究に求められるのは、単に「海藻を何トン生産し、何トンのCO2を吸収したか」を測定することではない。海藻養殖や藻場造成によって、大気―海洋―生態系を通じた炭素循環がどのように変化し、その結果として大気中のCO2がどの程度減少し、固定された炭素のうちどれだけが長期間貯留されたのかを定量的に明らかにすることが重要なのである。
3. 新たな養殖技術への可能性
ブルーカーボンの定量評価には基礎科学的な課題が多く残されている一方で、神戸大学名誉教授の川井浩史博士は、ブルーカーボンを契機とした海藻養殖技術の新たな展開に注目しており、沖合での海藻養殖と洋上風力発電を組み合わせる可能性を論じている。沿岸域では既存の漁業や航路などとの海域利用の競合が生じる可能性があるが、洋上風力発電施設などの海洋インフラを活用することで、新たな養殖海域の確保に加え、設備や電力供給、保守管理などを共有できるかもしれない。
また、海藻は種類によって浮力や分解特性などが異なるため、海流や水深といった海域の環境条件によっても、藻体や海藻由来有機物の輸送・沈降過程は大きく変化する。したがって、海藻が固定した炭素がその後どこへ運ばれ、どのような形で貯留されるのかを追跡することは容易ではない。その点において、日本周辺には沿岸から比較的近い場所に深海域が存在することから、沖合養殖と海藻由来炭素の輸送・長期貯留との関係を明らかにするには興味深い研究対象となり得る。さらに、ブルーカーボンを目的とした養殖では、必ずしも既存の食用海藻だけを対象とする必要はない。川井博士は、成長が速く炭素固定能力の高い種や系統の利用、成長時期の異なる複数種の組み合わせなどによって、単位面積当たりの年間生産量を高めるという、ブルーカーボンを一つの目的とした新たな養殖体系の可能性を示している。一方で、養殖規模を拡大する際には生産性だけを追求するのではなく、外来種の導入や地域個体群への遺伝的影響などにも配慮し、地域の生物多様性を維持できる種苗選定や育種戦略が重要であることも指摘している。
4. 現実的には「炭素除去」よりも「排出削減」
こうした議論を踏まえると、現時点で海藻養殖が気候変動対策に貢献できる可能性は、どこにあるのだろうか。西オーストラリア大学のAlbert Pessarrodona博士は、その一つの答えを「CDR」ではなく「Emission Reduction」、すなわちCO2除去よりも排出削減に求めている。海藻からは、食品、肥料、飼料、バイオ燃料、ハイドロコロイド、化粧品、医薬品など、さまざまな製品を生産できる。これらの海藻由来製品が、温室効果ガス排出量の大きな既存製品を代替できれば、社会全体としての排出量を削減できる可能性がある(たとえば、英国のベンチャー企業が取り組んでいる海藻由来成分を活用した生分解性プラスチックなど)。現時点では、このような「代替効果」の方が、海藻養殖による直接的なCDRよりも科学的根拠が明確であるとPessarrodona博士は評価している。
Eger博士も同様の考えを示している。海藻をプラスチックや肥料、動物飼料などに利用し、温室効果ガス排出量の大きい既存製品と置き換える、あるいは温室効果ガスの排出量そのものを減らす(紅藻カギケノリによる牛のゲップ中に含まれるメタンガスの発生抑制効果などを念頭においているものと思われる)ことができれば、「炭素を長期間貯留する」のではなく、「本来排出されるはずだった温室効果ガスを排出しない」という形で気候変動対策に貢献できる。食品分野でも同じ考え方が成立する。Gallagher博士が指摘するように、食用の海藻に含まれる炭素の多くは、最終的には分解され、再びCO2として環境中に戻る。しかし、その海藻食品が温室効果ガス排出量の大きな別の食品を置き換えるのであれば、その差分を排出削減効果として評価できる可能性がある。つまり、「海藻をどれだけ作るのか」に加えて、作った海藻を「何に使い、何を置き換えるのか」まで考えることが重要となる。
もちろん、海藻を生産・利用する過程そのものから発生する温室効果ガスも無視できない。種苗生産や養殖、収穫、加工、輸送などを含む一連のライフサイクル全体を評価し、最終的な温室効果ガス削減量を明らかにする必要がある。その上で、再生可能エネルギーや低炭素資材の導入などによって、海藻産業そのものの低炭素化を進めることも重要である。
5. 科学をどう社会へつなげるのか
これまでの議論から、科学的な不確実性が残されている段階で、ブルーカーボンを社会実装するのはまだ早いのではないか、という疑問も生まれる。これに対して、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)理事長の桑江朝比呂博士は、基礎科学で得られた知見を、政策や制度、さらには地域での社会実装へどのようにつなげていくかを重視している。
日本各地では、漁業者、NPO、自治体などが藻場の保全や再生活動を長年続けてきた。しかし、その多くはボランティア活動に支えられており、活動を継続するための資金確保が大きな課題となってきた。こうした地域の活動と企業などからの資金をつなぐ仕組みとして導入されたのが、桑江博士らが中心となって立ち上げたJブルークレジット®制度である。その詳細については、国立研究開発法人水産研究・教育機構の堀正和博士による本コラム第15回、および水産振興コラム「ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい」第3回の桑江博士による記事をご参照いただきたい。
興味深いのは、カーボンクレジットの購入者が何を求めているかである。桑江博士らの調査によれば、Jブルークレジット®の購入者では、「自社のCO2排出量を相殺したい」という理由よりも、「地域の取り組みを支援したい」「関係する人や団体を応援したい」といった動機が上位を占めていた。これは、ブルーカーボンの価値が、単純な「CO2 1トン当たりの価格」だけでは捉えきれないことを示している。例えば、こうした仕組みを通じて藻場の保全や再生が進めば、魚介類をはじめとするさまざまな生物の生息場が維持・回復し、生物多様性の保全にもつながる。また、地域の漁業者や保全活動を担う人々を経済的に支えることにもなる。桑江博士は、こうした日本の「里海」とも結びついた多様な価値が、ブルーカーボンの社会的な意義を形づくっていると論じている。
ブルーカーボンの定量評価手法は、今まさにその精度向上が進められている段階にある。しかし、科学的な不確実性が完全になくなるまで社会実装を待つことも、必ずしも現実的ではない。桑江博士は、科学者の役割を基礎研究だけに限定するのではなく、科学的知見を蓄積し、評価手法を改善しながら、その成果を政策や制度、地域での取り組みへとつなげていく重要性を強調している。
6. 「海藻=炭素貯留」から、その先へ
6名の専門家の意見には、それぞれの立場による違いがある。海藻による大規模なCDRに慎重な見方を示す研究者もいれば、その定量評価手法の精度向上を求める研究者もいる。また、沖合養殖や新たな種・系統の活用に可能性を見いだす意見や、基礎科学の深化と社会実装の両立を重視する意見もある。しかし、これらに共通しているのは、「海藻の高い生産力だけで気候変動緩和効果を評価することはできない」という問題意識と、海藻養殖や藻場が持つ可能性を科学的に明らかにし、適切に評価していこうとする姿勢であろう。
海藻が固定した炭素はどこへ行くのか。そのうちどの程度が長期間貯留され、どの程度が分解されるのか。養殖を行わなかった場合と比較して、大気中のCO2をどの程度減少させることができるのか。その海藻を生産する過程では、どの程度の温室効果ガスが排出されるのか。そして、生産された海藻は何を代替し、地域社会や生態系にどのような価値をもたらすのか。こうした問いを一つずつ明らかにしていく必要がある。
これらの問いに答えるための研究も着実に進んでいる。例えば、桑江博士らの研究グループでは、複数の大型海藻類と海草を対象に、藻体から海水中へ放出された溶存有機炭素(DOC)の分解過程を調べている。その結果、海藻由来DOCの一部が微生物によって分解されにくい難分解性溶存有機炭素(RDOC)として長期間残存する可能性を示し、さらに実験結果にモデル解析を適用することで、その長期的な残存量を推定している(Watanabe et al. 2026)。また、JST-CREST「海洋カーボン」では、長崎大学のニシハラ教授らを中心に、実際の海藻養殖場における海水や海底堆積物中の海藻由来炭素を定量化する研究が進められている。さらに、筆者が所属する福島国際研究教育機構(F-REI)では、養殖海藻の生産量を高めるための育種や養殖技術の開発に加え、生産された海藻を食料、化成品材料、餌料、肥料、バイオマス資源などに余すことなく有効利用する「カスケード利用」に関する研究を進めている。
「ブルーカーボン」という概念が国連環境計画(UNEP)などの報告書によって広く紹介され、注目を集めるようになってから15年以上が経過した。海藻ブルーカーボンをめぐる議論は今や、「海藻を増やせばCO2が減る」という単純な理解から、次の段階へと進みつつある。今後求められるのは、海藻による炭素固定・輸送・貯留の過程をより正確に評価するとともに、海藻を単なる炭素貯留源として捉えるのではなく、食料、素材、生態系、地域産業などを支える低炭素社会の資源として、いかに有効に活用していくかという視点である。
海藻ブルーカーボンは、気候変動を単独で解決する「魔法の切り札」ではない。しかし、海藻の特性と「炭素のゆくえ」を正しく理解し、適切な定量評価手法と、生産された海藻の有効な利用方法を組み合わせることができれば、脱炭素社会を支える重要な選択肢の一つになり得る。海藻を「どれだけCO2を吸収するか」だけで評価するのではなく、「固定した炭素がどこへ行き、海藻という資源を社会の中でどのように活かすか」までを考えること。それが、今回の専門家による論文集から読み取れる、海藻ブルーカーボンの次のステージに向けた重要なメッセージであると考えている。
(第68回へつづく)

