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水産振興コラム
20265
進む温暖化と水産業

第59回 CCSと漁業について

大関 芳沖
国立研究開発法人 水産研究・教育機構フェロー

はじめに

埋め立てや火力発電所立地が盛んだった昭和後半に、大学院で温排水の魚卵発生への影響に関する研究をしていた頃、環境影響は国の対応すべき事柄、漁業影響すなわち漁業と事業との関係は、「民と民との関係」として個別に対応すべき事柄であると教わりました[1]。最近の沿岸洋上風力の漁業影響についてもこの考え方を基本にしてきましたが、EEZへの洋上風力発電や二酸化炭素の海底下貯留(CCS: Carbon dioxide Capture and Storage)の展開を考えると、「民と民との関係」と言っていては国全体の物事が解決できないと思うようになりました。CCSについては、長谷さんが「CCSと浮体式洋上風力発電」[2]でわかりやすい紹介をされていますのでそちらを見ていただくこととし、洋上風力発電に加えてCCSが実施された時、漁業にどんなことが起きそうか考えてみたいと思います。

[1] 吉田多摩夫編 (1983) 水産学シリーズ48「漁業環境アセスメント」
日本水産学会 監修 恒星社厚生閣 
http://www.kouseisha.com/book/b212023.html
[2] 長谷成人 (2025) CCSと浮体式洋上風力発電 水産振興コラム 50回.
https://lib.suisan-shinkou.or.jp/column/ondanka/vol50.html

CCSはカーボンニュートラルの最後の手段

CCSは排出されるCO2を直接地中1〜2kmの地層に貯めることから、カーボンニュートラルの最後の手段といわれています。最近では省エネの推進とバイオ燃料や再生エネルギーなどCO2排出負荷の小さいエネルギー利用が話題ですが、CO2排出削減を進めていくと最後はCCSに頼らざるを得ないため、実施に向けた検討は着々と進められています。苫小牧で経済産業省が行った実証事業では、2019年11月に目標量の圧入を終えてモニタリングを継続しています。本年5月末には二酸化炭素の貯留事業に関する法律(CCS事業法)が完全施行されます。

図1 先進的CCS事業として採択された9案件
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_law_01.html

国は図1のような先進的CCS事業を選定しています。このうち、6)〜9)はCO2をマレーシア等海外へ運んで貯留するものです。国内では、既に事後モニタリングに入っている1)苫小牧の他、4)2025年9月にCCS事業法に基づく特定区域に指定された首都圏、2)青森・秋田の日本海側、3)新潟沖、5)五島の九州西部沖などがあります。これらの海域では陸上基地からパイプラインでCO2を海底の圧入井まで送るようですが、長谷さんが水産振興コラムで紹介されているように、船でCO2を運び沖合の浮体から海底に掘った圧入井に貯留する方法も検討されています[3]

[3] カーボンフロンティア機構ほか (2025) 環境省 令和6年度環境配慮型CCUS 実証拠点・サプライチェーン構築事業委託業務(輸送・貯留等技術実証)成果報告書

CO2を地下に圧入して石油や天然ガスの回収増進をはかるCO2EOR-EGR (CO2 Enhanced Oil/Gas Recovery) は海外ですでに多数行われており、CO2の地下貯留技術は確立しているといわれています。一方で、海洋におけるCO2圧入状況について、環境影響が小さく効率的なモニタリングには検討余地が残されています。CO2圧入状況のモニタリングには、圧入井の圧力モニタリングと弾性波探査が一般的とされています。弾性波探査は、曳航した複数のエアガンから海中に連続して発した大音量の音が地層の境界で反射・屈折して戻ってくるのを複数のハイドロフォンで受信解析し、圧入したCO2が想定された地層に入っているかを可視化する方法です(図2)[4]。広範囲に大音量を発する弾性波探査が海洋生物に及ぼす影響について、苫小牧沖ではウバガイへの影響が調べられています。苫小牧では圧入中にCO2漏洩*や生物を含めた海洋環境について年4回の調査を行いましたが、異常は認められませんでした。

図2 ストリーマケーブルを用いた海域での2D・3D弾性波探査の概念図
(日本CCS調査株式会社 2025[4]
[4] 日本CCS調査株式会社 (2025) CCSにおけるモニタリング技術とその特徴.
https://www.japanccs.com/wp/wp-content/uploads/2025/04/CCS_monitoring_brochure_20250416FA.pdf
* 漏洩とは、あらかじめ想定した貯留層外の地中に二酸化炭素が移動すること。これに対して漏出とは、二酸化炭素が海中に出たりすること。漏洩の恐れが見られた際に適切な処置を行えば、漏出は防げると考えられている。

年1回程度の広範囲の弾性波探査の継続はお金もかかることから、最近では、小規模な音源でも広範囲のモニタリングが行える、光ファィバーを用いたDAS (Distributed Acoustic Sensing) も検討されています(図3)[3]。事業の安全を担保する効率的なモニタリングは漁業関係者にとって不可欠ですが、パイプラインに加えて多数のセンサーや光ファィバーケーブルが海底に露出した海域では、漁業操業が制限されることは言うまでもありません。現在の技術でお金さえかければ、海底に深さ1m以上の溝を掘ってパイプラインやセンサー・光ファィバーケーブルを埋設することは可能だそうですが、工事期間中は広範囲にわたって漁業はできなくなります。CCS事業法では、一定期間事業者がモニタリングを継続し(諸外国では20年程度)、圧入井を閉鎖した後には国のエネルギー・金属鉱物資源機構 (JOGMEC) に管理を移管することとなるようですので[5]、施工方法次第では、事業実施期間を含めて数十年にわたって漁業に支障が出る場合も想定されます。後述するように、CCS事業法では漁業者を交えて検討を行う公的な仕組みはないように思われることが気になります。

[5] 経済産業省 (2025) CCS事業制度検討ワーキンググループ/海底下CCS制度専門委員会 合同会合 https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/carbon_management/ccs_business_system/index.html

図3 沖合浮体式CO2貯留におけるモニタリングの検討
(カーボンフロンティア機構ほか 2025[3]

漁業に対する洋上風力発電との複合影響

海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に関する法律(以下、海洋再エネ整備法)とは異なり、CCS事業法では、洋上風力で行われている農林水産大臣や漁業関係者も参加した協議会で合意形成が図られるというような仕組みはとられていません。それでは二つの事業が同時に起きたら一体どんなことが起きるのでしょうか。九十九里浜沖はその例となるかもしれません。

九十九里浜沖では、図4左の薄オレンジ色で示した海域が洋上風力発電の有望区域となっており、すでに方法書も出されています(赤枠は三菱商事が撤退した銚子沖の促進区域)。図4右は2025年9月に指定されたCCSの特定区域です。図4左の黄色の海域は、内山 (2025) の図1を参照して銚子・九十九里地区所属の小型機船底びき網(板びき網)漁船の操業海域を示したものです[6]。これを見ると、CCSの特定区域は、洋上風力発電の有望区域と重複し、板びき網の操業海域とも重なっていることがわかります。図5には同じ内山 (2025) の図4のうち、2024年3月と4月の板びき網漁船のヒラメ一網当り漁獲量のプロットを示しました[6]。対象となっている海域では少なからずヒラメ漁業が行われていることがわかります。九十九里浜沖の洋上風力発電については有望区域にとどまっておりますが、CCS事業については2026年4月に2カ所の調査井の試掘が許可されました。こうした中で二つの事業と漁業との調整はどのような仕組みで行われていくのでしょうか。

図4左:銚子・九十九里地区所属の小型機船底びき網(板びき網)漁船の操業海域概略図黄色部分:環境アセスメントデータベース[7]に 内山 2025[6] 図1を加筆)/右:経産省による二酸化炭素の貯留事業特定区域(経産省 2025, https://www.meti.go.jp/press/2025/09/20250917002/20250917002.html
図5 2024年3月と4月における小型機船底びき網(板びき網)漁船によるヒラメの一網当り漁獲量(kg/網)
(内山 2025[6] 図4より抜粋)
[6] 内山雅史 (2025) ICT 機器データから見た銚子・九十九里海域における小型底びき網漁場の分布と水温・水深について. 東北底魚研究45: 67-70.
[7] 環境省 環境アセスメントデータベース
https://eadas.env.go.jp/eiadb/webgis/index.html

新たな調整の仕組みへの期待

先進的CCS事業に採択されている残り3地点がいずれも洋上風力発電にも関係している海域もしくはその近傍であることを考えると、似たような事例は今後も発生するものと思います。こうした状況では、冒頭に記したような「民と民との関係」として漁業者と事業会社が個別に合意していくような方法では、物事が順調に進んでいくとは到底思われません。日本海洋工学会では2026年1月に海洋空間計画を主題としたシンポジウムを開催しました。その中で、再エネ海域利用法改正の議論を主導された横浜国立大学名誉教授の来生先生が、「行政手続法に倣って、…… 一定以上の海洋の開発を行うときに必要な利害調整の手続きや、結果における導入の効果を大枠で決めておくやり方はあり得る」という発言をされています[8]

[8] 日本海洋工学会 (2026) 第55回海洋工学パネル「海洋空間計画から考える日本の海洋管理のあるべき姿」

本コラム執筆段階でパブリックコメント受付中の「海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域指定ガイドライン(改訂案)」でも、環境大臣すなわち国が行う海洋環境等調査結果を踏まえて促進区域や募集区域の指定を行うようになっています[9]。また、2025年6月に全漁連と大日本水産会は、風力発電施設設置の漁業との棲み分けとセントラル方式による漁業影響モニタリングを政府に対し要望しています。こうしたことを考えると来生先生が言われるように、洋上風力だけでなくCCSを含めて大規模海洋開発を包括した、国としての調整の仕組みが早急に求められているように思います。これは、事業者だけでなく現場の漁業者にとっても今までの考え方を変える転機となるでしょう。私が思い込んでいたような「民と民との関係」からの思考転換は、これまでの個別交渉になれた漁業者にとっても、単純ではないかもしれません。

[9] 経済産業省資源エネルギー庁ほか 「海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域指定ガイドライン(改訂案)」及び「洋上風力発電に係るセントラル方式の運用方針(改訂案)」に関する意見募集について 
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/detail?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=620226011&Mode=0.

おわりに

沖合のオイル&ガス開発の経験がほとんどない我が国においては、洋上風力とCCSともアクセスしやすく利害関係者が明確にしやすい沿岸域や港湾区域を中心に進められてきました。一方で、海洋の生産力が沿岸域と湧昇域に局在することは、海洋学の初歩で学ぶことであり、結果的に広い範囲で生産力の高い沿岸域を独占してしまうような大規模海洋構造物の建設は最小限にとどめてほしいというのが、水産海洋学研究者の切なる願いです。

関係漁業者が受忍できる程度に漁業への影響が小さい海域を選定するとともに、温暖化が進行しても良い風況が確保されやすい沖合海域での浮体式洋上風力への展開が早急に望まれます。浮体式洋上風力設置海域における海底調査で安定した二酸化炭素貯留層が確保できれば、洋上浮体を活用してCCS事業が同時に行えるような大規模プラットフォーム形成により、CO2排出削減を強力に進められていくことも期待されます。

連載 第60回 へつづく

プロフィール

大関 芳沖 (Yoshioki Oozeki, PhD.)

大関 芳沖 国立研究開発法人 水産研究・教育機構フェロー

1981年東京水産大学増殖学科卒業。1987年東京大学農学系研究科修了。農学博士。1989年農林水産省入省、東北区水産研究所研究員、米国アラスカ水産研究所客員研究員、中央水産研究所生物生態研究室長、東京海洋大学客員教授併任、中央水産研究所資源管理研究センター長、本部審議役、参与などを歴任。2017~2019年水産海洋学会会長。専門はマイワシ・サンマなど小型浮魚類の資源生態学・水産海洋学。