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水産振興コラム
202512
進む温暖化と水産業

第53回 人と魚に優しい川づくり事業について

長谷 成人
(一財) 東京水産振興会理事 / 海洋水産技術協議会代表・議長

1 はじめに

徳島県の吉野川で第5種共同漁業権を有する内水面の漁連、漁協が義務付けられたアユ等の稚魚の放流を行わなかったとして、県により漁業権の取り消しを視野に入れた手続きが進められているとのテレビ報道がありました。具体的には、10月22日、徳島県内水面漁場管理委員会が開かれ、漁業法第169条第2項に基づく漁業権の取消しに関する意見の聴取が行われました。その中で、吉野川漁連の有井孝夫会長は、砂利採取に伴う収入がなくなったこととともに国交省の河川工事を請け負う業者から「不当な要求に応じない」と言われ、放流協賛金が減っているために義務を果たせなかったと説明していました。

この問題の決着がどのようなものになるのか分かりませんが、河川工事の業者と漁協との関係、問題は、地域ごとに様々な様相を呈しつつも古くて新しい問題です。「不当な要求」などと言われない今の時代にあった漁協と業者との良好な関係の構築とその中での協力金のあり方が求められているのだと思います。

今回は、両者の関係にも深くかかわる温暖化の時代、豪雨災害が頻発する時代の多自然川づくりをめぐるお話をしたいと思います。

2 事業、調査の背景

23年の10月「進む温暖化と水産業」の第10回で川の問題を取り上げました。その中で栃木県での土木関係職員を集めた「多自然川づくり研修会」に参加したこと、参加者が熱心に取り組んでいたことを紹介するとともに、アンケートの結果、そうした熱心な参加者でも多自然川づくりにどう取り組んでいいか分からないと答えた人が58%、そもそも多自然川づくりを知らなかったという人が21%だったことから、全国的にこのような研修の場が恒常的に設けられる状態に繋げていきたいということを書きました。

その後24年度から、(一財)東京水産振興会の事業として、全国の優良事例の情報共有・発信、研修テキストの作成などを内容とする「人と魚にやさしい川づくり」事業を4年計画でスタートさせたところです。

今回、事業の主要メンバーである (国研)水産技術研究所の坪井潤一主任研究員、栃木県水産試験場の吉田豊水産研究部長、渡邊長生主任研究員、山梨県漁業協同組合連合会の大浜秀規参事に加え山梨大学の大槻順朗准教授、山梨県治水課河川整備担当の望月修一課長補佐と林部聖主任、さらには (株)ハヤテ・コンサルタントの梶原誠設計部長という混成チーム総勢9名で宮崎県での現地調査に出かけました。

3 宮崎県の取り組み 研修会参加者は入札で加点

宮崎県は平成19年度にNPO法人大淀川流域ネットワークとともに「宮崎県自然豊かな水辺の工法研究会」を設立し、その後、この研究会はこのNPO法人が事務局となって、
 ①水辺の工法研修会
 ②住民参加による河川環境モニタリング
 ③うるおいのある川づくりコンペ
 ④川づくり現地検討会
を4つの柱として活動してきました。

今回の現地調査は、特にこの①の研修会視察をひとつの目玉としたものでした。研修は、長くNPO法人の代表を務められた(現在は顧問)杉尾哲宮崎大学名誉教授を中心に運営され、多自然川づくりの理念と具体論を実践的に学ぶ機会を施工技術者に提供するものです。その上で、県が発注する河川事業での入札においては、総合評価項目にこの研修会への参加実績を取り入れ、「配置予定技術者の能力」が参加回数に応じて加点される仕組みとなっているのです。

最近では、研修会は年3回開催されていますが、毎年1,500人から2,000人の受講者がいるとのことで、その多さに驚きました。

今回は、オンライン研修のための収録に立ち会いましたが、講演は九州大学の小山彰彦助教の「河口域における生物多様性の時空間構造」と (株)建設技術研究所の竹内えり子さんの「川づくりに活用する石組み」の2題。会場には、県の職員も参加しており、職員の研修の場にもなっていました。

このような長年の取り組みにより、施工技術者の意識も高まり、事業者側から県側に対し施工上の様々な提案がなされるようにまでなったとのことでした。

図1
写真1 研修会は県庁の会議室で行われた

もう一つの③のコンペ(県コンペ)についてもご紹介すると、毎年8月に開催され、県、国、企業の発表者の中から金銀銅の各賞を選出しますが、九州地区のコンペ(九州コンペ)の県予選の位置づけもあります。さらにその先には国交省主催で開かれる全国多自然川づくり会議もあるのですが、宮崎県からは毎年のように全国会議出場者がおり、何度も優秀賞を受賞しているとのことでした。ちなみに、県コンペや九州コンペで自ら事例発表した技術者は研修会受講1回分と同等に入札で評価され、さらに九州コンペで入賞すれば研修会受講2回分の評価を受けることになります。

また、令和6年度のコンペには水産部局も参加し、水産試験場が環境DNA調査で協力したとのことでもありました。今後さらに様々な形で河川部局と水産部局が協力していくことで多自然川づくりが充実したものになることが期待されます。

図2
写真2 視察した高崎川(都城市)
床止工が中央部で折れたため、県水産部局による環境DNA調査も経て、多種多様な魚類の
遡上に配慮し、流速・水深の多様化を図った。改修後には下流に新たに瀬と淵が生まれた。
図3
写真3 視察した山附川(高千穂町) 台風被害を受けた山地河川での多自然川づくりの例
浸食により拡大した川幅を維持、巨石を河道内に残す、蛇行形状を維持するなどの方針に基づき復旧された。

4 宮崎県内水面漁連の取り組み 優良工事に感謝状

宮崎県内水面漁連(以下「漁連」)からも多自然川づくりの取組事例について説明を受けました。大雨などによる水害を防ぐために河川に堆積した土砂を掘削し搬出する際、巨石・玉石を持ち出すと魚の餌場や小魚の隠れ場所がなくなることから、紹介された事例では、地元の北川漁協(長瀬一己組合長)の要望を受け、河川土砂をバックホウで掘削した後、スケルトンバケットでふるい、玉石を164m2採取し、投入することで川際に平瀬ができ、魚の餌場、小魚の生息所やアユやウナギの漁場形成につながったとのことでした。

図4-1 図4-2
写真4 紹介事例の工事の全景(漁連提供)
図5
写真5 スケルトンバケットを使用して土砂をふるう(漁連提供)

漁連では、通常総会において、優良な多自然川づくりの工事をした2~3業者に感謝状を贈呈しているそうですが、この事例についても感謝状が贈られたそうです。

図6
写真6 総会の場においての感謝状贈呈(漁連提供)

また、県内の内水面漁協関係者を対象とした研修会において、多自然川づくりの工事事例の紹介だけでなく、多自然川づくりに関して土木専門家に講演してもらうなどにより、漁協側の意識向上に努めているとのことでした。

図7
写真7 内水面漁協研修会での多自然川づくりに関する講演(漁連提供)

おわりに

今回の出張では、様々なことを考えさせられました。

一つ目は、施工技術者(コンサルも含む)向けの研修会です。直ちに全都道府県で宮崎県と同じことはできなくても、何らかの研修制度やその先の資格認定制度などができればとても有効だと思いました。

二つ目に都道府県の職員に対する研修です。都道府県の土木職員は河川だけでなく港湾、道路なども担当しながら3年程度の異動を繰り返しますから、冒頭紹介したアンケートのように多自然川づくりへの理解がどうしても不足しがちです。そのような職員のため、栃木県や宮崎県では土木職員に対する研修の機会が設けられています。そのような場で使ってもらえる水産からの視点を盛り込んだテキスト作りというのも、「人と魚に優しい川づくり」事業の視野に入っているのですが、都道府県単位での対応がすぐには難しいのなら、国交省の理解を得て、全国多自然川づくり会議の地方予選のように各地方整備局単位ででも各都道府県職員向けの研修会を開けないものかと思いました。

三つ目に、宮崎県内水面漁連の感謝状贈呈の話を紹介しましたが、今回の同行者大浜さんがいる山梨県漁連でも同様の感謝状贈呈は行っているとのことでした。施工業者のやる気を喚起する意味でも、水産サイドの多自然川づくりへの意識を向上させる意味でも、全国レベルで例えば全国内水面漁連会長賞でも水産庁長官賞でも水産サイドからの働きかけとしてできないものかと思いました。

冒頭徳島県でのニュースに触れましたが、宮崎県においては漁連の指導のもと、種苗の放流や産卵場の造成など増殖事業を実施している漁協への協力金、あるいは工事等の影響で遊漁料収入が減少する等の影響を被る漁協への迷惑料的な意味を持つ協力金として河川工事受注高に応じた金銭の授受が行われていると伺いましたが、同時にそのような協力金と併存した形で、工事からメリットを引き出すための要望の伝達や優良事例への感謝状の贈呈などのより良き関係作りが行われていました。今後、得られた協力金の使途についての透明性の確保、開示を全国的に行っていくことが事業者との信頼関係の構築に有益だと思います。これからの時代の内水面漁協のあり方として参考としていただければ幸いです。

今回お世話になった杉尾先生、宮崎県庁の皆さん、宮崎県内水面漁連の皆さんに感謝申し上げます。最後に、漁連の江上敬司郎会長が11月18日に急逝されました。北川でお話を伺った時にはお元気で、まだまだこれからお力添えをお願いしたいと思っていた矢先でした。ここに謹んでご冥福をお祈りします。

連載 第54回 へつづく

プロフィール

長谷 成人(はせ しげと)

長谷 成人 (一財)東京水産振興会理事

1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。
現在 (一財)東京水産振興会理事、海洋水産技術協議会代表・議長