産官学の本気スクラム
マダイ、スマ、ウニッコリー
養殖マダイの出荷場で、黒いバケツ風容器がオーバル型の装置の上でテンポよく回っている。ついさっきまでイケスを泳いでいたマダイを1尾ずつ黒容器に投入するとマダイの重さが自動計測され、サイズごとに魚を選別していく。この自動マダイ選別装置について、安高水産 (有) の安岡高身社長は、「生きたままのマダイをサイズ別で選別できる装置は世界でもここの2台だけ」と話してくれた。経験がない社員でも出荷作業に参加でき、最少人数で確実に選別ができるメリットは大きい。

愛媛・愛南町でマダイ養殖を営む安高水産は、魚の自動選別以外に、抗生物質を使わないマダイ養殖のほか、漁協と一緒に米国の養殖業最善慣行(BAP)認証を取得するなど、養殖業の最先端を走る。
同社の資材倉庫2階で、オフィスのホワイトボードのような巨大なタッチ液晶パネルの電子ボードが目に飛び込んでくる。従業員のシフトのほかに作業スケジュールなどが1か月先まで一覧でき、指先で簡単に変更もできる。全データがクラウド管理され従業員が自身のスマートフォンでスケジュールを確認できるほか、チームで作業に支障がないか確認したうえで電子ボードで簡単に変更することも可能だ。今年4月には、毎月積極的に取得すべき有給休暇を4日に増やした。自身の都合で休みを取れない場合は買い取りも実施する。生き物を扱う養殖の現場は休みが取りにくいといわれるが、へたな陸の仕事より労働環境はよい。
最先端の機器を揃え、抗生物質不使用で製品の品質にもこだわりのある安高水産だが、重要なのが「人」だと、安岡社長は明言する。

「スマート水産業だって、機器を導入すれば万事うまくいくわけじゃない。センサーの汚れなどもちゃんと管理して初めて正確なデータが取れる。生きている魚を扱う以上、変化を見逃さず行動できる人がいないと養殖は成り立たない。もし人手不足になれば養殖の規模を減らす」と言ってはばからない。最新技術を投入する同社だからこそ、説得力をもつ。
そのような社長の思いに応えるように、地元出身の社員たちの動きは実にきびきびしている。後継者がいないことから組合員、経営体が減少する中で、このような形で地元の雇用を支えている経営体の姿は、今の漁村のあるべき姿の一つを示しているように思える。
ただ、最近気候変動に悩みも多い。「近年は、雨が降ると気が気でならない。集中的な雨で湾に注ぐ惣川からのゴミが大量に流れ込みイケスを壊す」と気をもむ。ゴミの量は時にダンプ10杯分になることもあるという。
養殖業の将来についても、安岡社長は慎重だ。「1尾育てるのに餌としての天然魚が何尾もいる養殖が本当に正解か。それがいつまで支持され続けるのか分からない」と気を引き締め、養殖の未来、会社の将来の姿を考え続けている。
一方、同じ愛南町のJF久良漁協組合長で全国海水養魚協会の会長も務める竹田英則氏は「養殖魚の未来はある」と力を入れる。「もちろん餌の問題など、大きな課題はたくさんあるし、それは否定できない。ただ、今の養殖魚は、養殖業者の努力で天然に勝る味のよさや、安定供給を実現している。そのニーズは必ずあると信じるしかない」と前を向く。魚類養殖に真摯に向き合う愛南町の姿がある。
大学との連携が生む力
愛南町に研究施設をもつ愛媛大学イノベーション創出院・南予水産研究センター(南水研)の後藤理恵センター長の長靴には「GORI」とある。姓名の頭文字を取ったものだが、研究について話す鋭く厳しい視線にはぴったり。「海外の研究者にはGORIの方が通じる」と笑う。
愛媛大の南水研は、愛南町が愛媛大に働き掛けて2008年に設立された。県内に3か所のステーションをもち、研究と教育の両機能を備えた地域密着型(レジデント型)で水産研究の最先端を担っている。南水研で住み込みながら学び卒業した学生の数は今年6月現在で133人に達し、愛南町で就職(進学者を含む)したのは15%、宇和島など南予地域では26%にも上る。レジデント型が成果につながっている。

南水研は長年スマの研究に取り組む。「人口減少が確実な日本で、ハイエンド市場で戦える魚」と12年に研究が始まり、16年に卵からスマを育てる完全養殖を実現した。今は選抜育種を進めている。
スマを担当する斎藤大樹准教授は「イケスでも網にぶつからずうまく群れで泳ぐ個体や、高成長の個体はもちろん、冷凍後にもおいしい個体、そして有機水銀などもたまりにくい個体など、安全でおいしいスマづくりにこだわっている」と話す。昨年、養殖スマの生産に取り組む企業の撤退という事態もあったが、「残念だが、それで研究を止めてしまうと今度必要になった時にまた10年以上の時間がかかる。今は天然クロマグロが豊漁だが、周年出荷可能で成長もよく味もいいスマの需要は必ずある」とスマに情熱を注ぐ。
養殖が盛んな地として、赤潮や魚病などの研究にも余念がない。環境科学部門を率いる清水園子准教授は、赤潮では発生や終息の予測ができる仕組みづくりに取り組み、魚病では環境DNAを活用した早期発見システムの研究を進める。清水准教授は「環境DNAの観測を続けることで病原生物のDNAの増減が分かり、対処も早くできる。まだ実験室レベルだが、病気の感染が広がる前に対策の打てるモニタリング体制を構築できれば」と力を入れている。
育つ新たな産業の “芽”
愛南町では、毒針をもち、磯焼けの原因にもなるウニ「ガンガゼ」の食用化にも挑む。その名は「ウニッコリー」。町特産のブロッコリーの廃棄部分を餌に与えることで苦みを消し、出荷直前に地元名産の「愛南ゴールド(河内晩柑)」を与えるとほのかな柑橘の香りをもつ生ウニに変身する。町が愛媛大学の協力のもと生産を開始した。町役場の分室の前浜のイカダで二酸化炭素(CO2)を排出しない蓄養で生産量はまだわずか。食べられる場所も地元と首都圏の一部店舗に限られているが、「あっさりしたウニでおいしいですよ」と愛媛大の南水研一期生であり、愛南町役場に所属しながら (一社) Umidas の事務局に勤める清水陽介氏は勧める。

町ではブルーカーボンにも挑んでいる。真珠母貝(アコヤ貝)の養殖イカダに大量に繁茂するマメタワラ(ホンダワラの仲間)を温暖化ガスの吸収源にしようという試みだ。イカダに繁茂したマメタワラを除去し、「藻捨て場」という専用のイカダにまとめて投棄する。「藻捨て場」は網は側面だけで底のないイカダで、捨てられたマメタワラは時間をかけて腐食し、徐々に沈下してCO2を海に貯留する役割を担う。養殖イカダから流出するマメタワラはペラまきなどの原因になる邪魔ものなので、これまでも藻捨て場に集めてきたものだがブルーカーボンとして新しい意味が生まれた。町や漁協、愛媛大、真珠母貝養殖を行う家串真珠母貝生産組合などが設立した協議会は、23年にマメタワラ280トンをブルーカーボンとして初申請し、5.9トン(藻場面積1.75ヘクタール)のCO2吸収量があるとJブルークレジットの認証を取得した。昨年はさらに4倍近い1,028トンのマメタワラで34.8トン(7.09ヘクタール)が認証されている。

まだある。愛南町の真珠母貝技術は、全国でも知られる。愛南町とJF愛南漁協が共同運営する海洋資源開発センターが、研究を重ね斃死しにくく、高品質の真珠を作る母貝を作り上げた。今では全国の母貝を支えている、とまでいわれる存在になっている。
愛南町は、技術も、取り組みにも先端を走るものが多い。それらを産官学の強固な連携が支えている。
(連載 第48回 へつづく)