町にあふれる “愛南愛”
マダイ輸出にチャレンジ
職員「一緒に取材を受けたけど、もう組合長が9割方話しちゃって、私の出番なし!」
組合長「何を言うとるんじゃ! お前もしゃべらんか~(笑い)」
愛南漁協の立花弘樹組合長と職員の会話の再現だ。活字だけ追えば荒っぽい言葉の応酬に聞こえるが、笑顔の掛け合いは周りを笑いに誘い、不快感はみじんもない。それどころか、2人が醸し出す空気からは互いの信頼の強さを感じる。そんな職員とのやり取りをする一方で立花組合長は「うちの職員はみんな果敢にチャレンジしよるんです」と、誇らしそうに職員のがんばりをたたえる。決して飾った言葉でないことが伝わるから、職員には次の活動に向けたエネルギーになる。

愛南漁協は、旧5町村の合併で愛南町が誕生した翌年の2005年10月3日、7漁協が統合し誕生、今年で20周年を迎える。西に豊後水道、南には太平洋と豊かな海に恵まれるが、温暖化や気候変動による資源の減少はここも例外ではない。かつて栄えた漁船漁業もめっきり減り、今は養殖業が地元水産業を支える。
「以前の港は漁船で賑わっていたし、漁協の前の砂浜はなくなり、磯焼けも進む。獲れる魚も変わってしまった。ただ、気候変動も環境変化も仕方のないこと。トランプ大統領の発言に一喜一憂しても始まらない。愛南町に水産業がなくなるわけにはいかないし、漁協が弱るわけにはいかない」と、厳しい環境の中でも町を背負って立つ覚悟をにじませる。
漁協の覚悟の一つに輸出への挑戦がある。担うのは組合長と笑いで掛け合うほど信頼関係を築いている岡田孝洋販売促進部長。町の生産量の9割を占める養殖マダイについて、漁協が核となり海外への販路開拓に余念がない。海外で開かれる展示会にも積極的に足を運び、現地の小売や卸会社との商談に挑む。流ちょうな英語はなくとも、熱い思いと製品の品質は世界のどこにも伝わる。トランプ関税の影響は不透明だが、この夏以降、米国向けの本格的な輸出も視野に入れ奮闘を続ける。

輸出にはエコラベル認証が欠かせないと、漁協がまとめ役のインテグレーターとなり認証取得も進めた。養殖エコラベル(AEL)の取得を皮切りに、23年には安高水産 (有)(安岡高身社長)と (有) ハマスイ(濱田嘉之社長)とタッグを組み、世界初のマダイ「愛南の真鯛」で養殖業最善慣行(BAP)認証を取得した。今年は水産養殖管理協議会(ASC)認証の取得も目指す。立花組合長は「BAPは絶対によう取らんやろう、って言っていた。でも本当に取りよった」と岡田部長の思いを実現する手腕に目を細める。
岡田部長の地元養殖マダイの輸出にかける思いは熱い。「国内と違い、海外でタイは難しいと思っている人が多いが、私はチャンスだと思っている。米国人の嫌う臭いもなく、広がる寿司需要にマッチする」と岡田部長が話す横で立花組合長は「岡田、いきなり山より太い(大きい)イノシシは出んのよ。一生懸命やるのはいいけど、お前が弱って販促も終わってしまったら駄目だろ。ゆっくり積み上げていこうぜ」と手綱を引くことも忘れない。信頼の絆をもつ絶妙のコンビが愛南漁協の力になっている。
愛南の海の魅力と町長
昨年の秋、愛南町に中村維伯町長が誕生した。役場職員として15年間、水産課で室長や課長など長年従事した経験をもち、「水産業が元気にならないと、愛南町は元気にならない」と、町の水産業の未来を語る。同行の長谷成人東京水産振興会理事とは初対面だったが、漁業振興、ブルーカーボンから南海トラフ地震対策まで、こんなにお客さんにいろいろお話ししたことは初めてだと水産への愛、愛南への愛があふれ出す。

漁協との連携にも積極的だ。中村町長自身が室長時代から漁協に毎日のように通い、教育長を最後に役場を退職したあと、漁協の参与として勤務した経験さえもつ。立花組合長は「最初来た時は、どうせ事務仕事しかできんやろうと高をくくっていた。でも大違い。損得は一切関係ない。常に地域のこと、水産業のことだけ考え、知ったかぶりもしない、もはや兄貴のような存在で、人として尊敬している」と言ってはばからない。
そんな立花組合長と中村町長の2人を突き動かすのは愛南町の未来への思いだ。
立花組合長は「後継者のいない組合員が多い。将来を考えた時、町の状況は非常に厳しい。それを何とかしないといけない」と危機感を語り、中村町長も「日本の人口減少が確実な中で愛南町をどうするか。人が減る分単純に省力化を進めて効率を上げるだけじゃなく、愛南に住みたい、愛南で仕事がしたいと思える環境をつくる必要がある」と厳しい顔を見せる。町の活性化策の一つとして海業の推進も打ち出す。松山から2時間30分かかるハンディを海業でプラスに変えたいと、町には海業推進室を設置し、昨年には海業を推進する組織として (一社) Umidas も立ち上げた。
水産庁との人事交流でも、この3月水産庁に戻った浜辺隆博氏(現防災漁村課課長補佐)に代わり入庁2年目の武藤皓治主査を海業推進室に迎えた。武藤主査も、着任3か月足らずですでに産官学の町内関係者が集まった懇親会で進行役を務めるまでなじんでいる。
海業の芽も出ている。合同会社Sea Westの高橋翔社長もその一人だ。海底が見える船の運航やダイビング、シー・ウォーカーなど愛南の海の魅力を伝え、味わってもらう活動に従事する高橋社長は東京都の出身。ギタリストとして活動しながらツーリングで全国を回っている中で愛南の海に出合った。
「当時はダイビングのライセンスももたない中で、体験ダイビングもできますよ、の言葉に誘われて海に潜ったことで人生が変わった」と言う。人との出会いなど偶然も重なり、町に夫婦で移住。現在は、自身の人生を変えた体験を今度は提供する側となり活動を展開している。

高橋社長に愛南町の将来について聞くと、「まだまだやるべきことはある」と話す。例えば町の海の魅力の伝え方についても、「行政は『きれいな海』ってPRしがちだが、愛南町の海は一般の人が描く澄んだきれいな海ではなく、プランクトンが豊富な少し濁った豊かな海。本当の愛南町の海の魅力を伝えきれていない部分がある。それに砂浜のある沖縄などの海とは違い、断崖絶壁の多い中でガイドなどがいないと十分に楽しめない。そんな愛南に来る人に分かってもらうためのストーリーづくりが必要。それができればもっと愛南の魅力を感じる人は増える」と話す。

提案するのが業種を超えた町の未来についての議論の場だ。「例えば漁業関係者と私たち観光関係者が話す機会もないことはないが、お互いに利害が一致しないので、深い話にはなりにくい。ただ、より深く話す機会が増えればお互いのメリットにつながる部分がきっと見つかるはず。変化を嫌うのではなく、変化を受け入れられる若い人たちを中心にそんな深い話ができれば、愛南の漁業もさらに先へ進み、町の海業の実現につながると思う」と実践的な町の海業推進策を提案する。
愛南町のどこでも感じるのが強い “愛南愛” と行動力。この愛南愛の化学反応が楽しみで仕方ない。
(連載 第49回 へつづく)