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水産振興コラム
20256
進む温暖化と水産業

第43回 「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に関する法律」の
成立~漁業との関係でこれからすべきこと~

長谷 成人
(一財) 東京水産振興会理事 / 海洋水産技術協議会代表・議長

洋上風力発電をEEZまで展開する法律が成立

米国でのトランプ政権の登場による再エネについての急ブレーキ、資材高騰等による国内外での事業計画からの撤退、見直しに加え、秋田での陸上風車の羽根の落下事件など風力発電についてのマイナスの報道が多くなされている中ですが、我が国では、相変わらず2050年カーボンニュートラルの達成に向けて、洋上風力発電は再生可能エネルギーの主力電源化への切り札と位置付けられています。

そして、2040年までに30~45GW(1GWが概ね原発1基分に相当)の案件形成という目標に向けて、従来の領海内に加えてEEZでの案件形成に取り組む必要があるとして、法律の名前も「海洋再生エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(再エネ海域利用法)」から海域利用という言葉が消え、「海洋再生エネルギー発電設備の整備に関する法律」と改めた法律が6月3日に成立しました。

沖合への展開~これからどうすべきか~

さて、法律が成立したことを受け、改めて漁業との関係で今後早急にすべきことを整理したいと思います。

図1
(2025.3.7 政府発表資料)

今回の法改正によっても、EEZでの促進区域は、「事業の実施により、漁業に支障を及ぼすおそれがないこと」が要件となっており(38条1項)、その前の段階で経産大臣が関係行政機関との協議等を経て指定する募集区域については、「事業の実施により、漁業に明白な支障が及ぶとは認められないこと」が要件とされました(32条1項)。

これらの条件をクリアする形で、前回のコラムで紹介したように韓国のような個々の漁業者に対する事前の補償もなくどうすれば案件形成ができるのかを論じたいと思います。

克服すべき課題

まき網、底びき網、浮きはえ縄など沖合漁業は、洋上風力発電施設と物理的・空間的に共存できないので、漁場を避ける棲み分けが必要です。

広域で操業する沖合漁業者にとって、個々の計画についての情報だけで諾否の判断の切り売りはできないので、判断を求めるなら関係するすべての計画(全体像)を示す必要があります。

棲み分けがなされても、資源への悪影響(すなわち収入減)の懸念はどうしても残ります。

まずは棲み分け

風況や水深等のデータに加え、漁業操業実態のデータを重ね合わせることにより、調整の候補となり得る水域を抽出することが先決です。すなわち漁業側から言えば、法律で求められる「明白な支障が及ぶ」水域の除外です。

図2
(2024.10.15 水産庁発表資料)

この資料は昨年の10月に水産庁がEEZで操業する主な大臣許可漁業について提出された漁獲成績報告書をもとに過去10年の操業水域についての情報を公開したものです。今後、さらに、知事許可漁業や自由漁業を含めたデータの集積が急がれます。都道府県庁の理解と協力、水産庁の頑張りに期待します。

海しるの活用—日本型海洋空間計画—で全体像を提示

その時、沿岸の案件でもしばしば見られたように、その他の要件(外交・防衛、海運、環境等)のために後からダメ出しがなされては関係者の調整の苦労が水泡に帰すことになります。政府内で関係各省からの情報についてネガティブチェックを行い、その結果、残った水域である「調整候補水域」を「海しる(海洋状況表示システム)」に示すことが有効です。そのことによって、漁業者、発電事業者その他すべての関係者の洋上風力発電事業についての予見性が格段に高まることになります。このような情報こそ海洋基本計画にいう「海洋空間計画」の効用と言えるでしょう。こうして明らかにされた「調整候補水域」の中から、その段階での経済性等も踏まえ順次「募集区域」を示していけば、漁業者にとって必要な全体像の提示要求にも相当程度答えることができると思います。

収入減についての懸念への対応

昨年度私も委員(座長)として加わった内閣府事業「水産資源の回遊行動等の把握に係る調査手法検討会」で示した手法による魚群行動への影響度合いなどについての知見集積を急ぐ必要があります。

図3
(内閣府公表資料から)

広域に回遊する魚に対する影響評価は、個々の促進区域、個々の協議会、個々の受注企業の手に負えるものではありませんから、国主導での知見の集積、事後のモニタリングの体制を早期に示すことが漁業者の理解を得るために重要です。

実際の検討の際も、回遊魚に関する議論については、関係する協議会が連合で協議することが合理的です。

さらには、企業側の姿勢として、広域的な問題に対処し、万が一不測の悪影響を受けてしまった漁業者が出た場合の救済・支援の仕組、例えば事業者合同でのまとまった漁業振興基金の設置などの構想を示すことも合意形成促進に有効だと思います。

領海内で操業する沖合漁業でも基本は同じ

なお、ここに示した合意形成のための処方箋は何もEEZに限らず、少なくとも共同漁業権水域より以遠の沖合域では共通して有効な手法ですので、参考とし応用してもらえればということは付言しておきたいと思います。

連載 第44回 へつづく

プロフィール

長谷 成人(はせ しげと)

長谷 成人 (一財)東京水産振興会理事

1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。
現在 (一財)東京水産振興会理事、海洋水産技術協議会代表・議長