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水産振興コラム
20256
進む温暖化と水産業

第42回 
ルポ 島に息づく進取の精神(長崎・壱岐㊦) 
創造する新たな未来

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

壱岐をアップデートする
海業と漁業で活気復活

昨年、就任したばかりの篠原一生市長は、おもむろに「壱岐新時代マップ」を広げた。折り畳むと手のひらサイズになるコンパクトなマップには島の未来を描いたイラスト地図、裏には「あそびのみなと」(漁業×観光)など4点の “壱岐のアップデート” 案が示されている。

人口減少が続き、気候変動の影響を受ける状況は壱岐も例外じゃない。マップについて篠原市長は、「もう一度、今から50年、100年と豊かな営みが続く島にアップデートしようという思いを込めた」と語る。

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島のアップデートを熱く語る篠原市長

企業の参加を促そうと「エンゲージメントパートナー制度」もスタートした。目的を決めるのではなく、壱岐に関心をもってもらうとするこの取り組みにはすでに40社が参加している。「壱岐は、食べるに困らないほど豊かで素晴らしい自然資本があるが、それを生かせる壱岐の市民を中心に、企業の知恵を借りて将来を描きたい」と篠原市長は夢を語る。

マップにも盛り込まれ、漁業との共存が模索される洋上風力発電の計画は壱岐にもある。ただ、現在は止まっている。島の西側の沿岸域への設置に向けて2019年から議論が始まり国定公園となっている島の沿岸部を除いた形で市としての方向性がまとまろうとした矢先の2年前、候補水域を利用する島外の漁業者との調整が難航しただけでなく国防上の理由が浮上し整備計画は頓挫した。島内の漁業者は理解を示していただけに、はしごを外された状況に漁業者も困惑を隠さない。

篠原市長も「経済産業省が推進しても最終的に防衛省の理解が得られないとなると、その間の地元での取り組みがすべて無駄になってしまう。今後、国が主導して沖合まで洋上風力を展開しようとしている時に、地域の意見集約がまとまろうとしている時に国が待ったをかけるのは残念」と進め方を危惧する。この点については、沖合漁業とのすみ分けや、防衛省までを含め国主導の事前の交通整理(すみ分けと調整候補水域の整理)を日頃から主張している同行の長谷成人 (一財) 東京水産振興会理事と意見が一致した。ただ、篠原市長は「洋上風力は今後の島にとって大切な産業になり得る。諦めたわけではない」と話し、マップのイラスト地図には島東部の海域に洋上風車の絵をそっと描き込んでいる。

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新時代マップを長谷氏にも説明

好奇心が行動の原動力

「イカの刺身と塩辛があるけん」。

山盛りの新鮮なイカがテーブルに並ぶ。きれいな白髪をオールバックにきちんと整え、顔色のいい笑顔を絶やさない。今年で78歳になる大久保照享組合長は、イカ釣り漁師五十数年の経験をもち、壱岐のJF勝本町漁協組合長としても今年で18年目を迎える。歴代の組合長の中で組合長としての最長記録を更新した。

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イカを見守りながら島の漁業の将来を考える大久保組合長

大久保組合長は、「健康維持も仕事のうちや」と言い、毎日1万6,000歩の散歩を欠かさない。そして「何事にも好奇心をもつ」ことを大切にしている。「誰かに会ったら、必ず何かを吸収してくる」と若い時から心がけてきた。

そんな姿勢から、洋上風力発電の可能性を消していない。今年度、勝本町漁協から少し南にある湯本湾での浮体式垂直軸型風車を使った洋上風力の実証実験を受け入れることにした。

今風に言えば「海業」といえる、勝本町漁協運営の「辰の島遊覧船」の遊覧観光事業も好調だ。沖縄から来た観光客が「沖縄の海よりきれい」と驚く海を舞台に3隻の遊覧船を運航し、年間2万人以上が利用している。年間4,300万円の売り上げがあり、4億円の水揚げに匹敵する利益が出ているという。

大久保組合長は言う。

「壱岐も人口が減少し、このままではふるさとである島の経済が成り立たなくなる。漁業だけでなく、洋上風力や遊覧船など海業を活性化するのは欠かせない」と未来を見据える。「私たちはこれまでも海を大切に守りながら攻めの漁業をしてきた。特に平地のない勝本地区は漁業を続けるしかない。漁業ができなくなる洋上風力には反対するが、共存できるとすればそれはあり。だから実証試験も認める。国には漁業と洋上風力の共存がスムーズに進むようにしてほしい」と訴える。

それでも、漁業の将来には不安を口にする。

「現在の国の『積立ぷらす』など収入安定の事業で漁業者は本当に助かっている。イカ釣り漁業をはじめそれで救われている漁業者が多い。ただ、その分、漁に積極的に取り組もうという姿勢がなくなってしまっているかも」と懸念ももつ。

「かつての日本の漁師は、獲れる魚が変わってもそれに合わせて工夫し魚を獲ってきた。今、Uターン漁師がなぜいちばんの水揚げをしているかといえば、漁業が好きでどんな魚でも対応できる(仕掛けの)準備を怠らないから。イカ釣り漁も同じ。餌が多く浮いてきたイカを釣るのは簡単だが、深く潜ったイカを獲るのは技術がいる。そんな工夫を凝らす漁師が減っているのが残念」と漁師の意欲減退を心配する。「収入安定対策は本当にありがたいが、5年後にはなくすというクロマグロのいわゆる下げ止め措置がなくなると辞めてしまう漁師が増えるだろう。助成するなら、もっと漁業に貪欲になれる政策にしてほしい」とつぶやく。

この10年で90%以上減少したスルメイカ資源についても、「3年間の完全禁漁」を提案する。

「私は長年イカを見続けてきて、イカがどこにいるか、どう動くか水温で分かる。イカは1年魚。3年禁漁すれば必ず資源は回復するだろう」と大久保組合長は自らの提案を語る。

周辺国が協調できるのかという問題に加え、国内では釣り以外の漁業との調整や、原料がなくなることで死活問題となる加工業の課題などもあるが、大久保組合長は「実現するのは簡単じゃないのは分かっている。じゃあ、このまま何もせずでいいのか。それでイカ資源が回復すればその価値はある。1年でもいいので、やってみる価値はあるのでは」と持論を唱える。

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広がる自然資産を守ろうとの意識が島全体に息づく。写真は水中ドローンを活用した調査の様子

垣間見る「一支国」DNA

大陸と日本を結ぶ経路の重要な拠点として発展した壱岐。一支国いきこくとして「魏志倭人伝」にも記録が残るこの島には、長崎県内でも2番目の広さのある平地が広がり、訪れた4月末には水を張り終えた田んぼや、麦焼酎発祥の地らしく穂を実らせた麦畑が広がっていた。島でありながら、豊かな海以外に、澄んだ水をもたらす山々、そして農畜産を可能とする肥よくな土地という自然資産が広がる。イスズミハンターの制度や市民の自主性を重んじた「壱岐新時代マップ」、さらに日本人らしい手を抜かない仕事にこだわる「あかりや」の角谷透氏や、「好奇心」を大切にして提案も続ける大久保組合長らの姿勢からは、壱岐に息づく “進取の精神” を垣間見た気がする。

連載 第43回 へつづく

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、21年から執行役員編集局長。