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水産振興コラム
20256
進む温暖化と水産業

第41回 
ルポ 島に息づく進取の精神(長崎・壱岐㊤) 
マグロと藻場とイスズミ

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

残る、手抜きなしの心
藻場回復と魚への熱い思い

この日、JF箱崎漁協直営の大型定置には10キロを超えるヒラス(ヒラマサ)が大漁だ。ヒラスの水揚げを終えると、乗組員が「昨年はマグロがもっとすごかった」と、網内に飛び跳ねるマグロを写したスマートフォンの動画で見せてくれた。昨年は長崎・壱岐の定置もマグロが大豊漁だった。ただ、限られた漁獲枠はすでにいっぱい。放流するしかない。日によっては一尾150キロ級を50尾の放流記録が残っている。乗組員のやりきれない思いを感じながらも、仕方のないことと割り切る口ぶりにマグロ管理の浸透ぶりを実感する。

船には、25歳の西野氏が乗船していた。乗船してまだ4日目のほやほやの新人だ。毎日魚と向き合う定置網に「自分に合っている」と真珠養殖からの転職をしたばかり。てきぱきと作業をこなす姿はとても乗船4日目に見えないが、いるだけで心なしか船内の空気は明るい。今、壱岐でも人口減少は深刻で、若い漁業者のなり手も少ない。「自分のあとを継がせる親も今はほとんどいない。募集してはいるのですが…」と漁協関係者が言葉少なに語る。そんな話を聞いていると、たぐり寄せられた網の中に巨大な銀色の影が浮かんだ。「マグロだ!」の声。その大きさは人の背丈ほど、大物だ。「こんなマグロはめったにないね」と乗組員の声が弾んだのは言うまでもない。後の計測で、エラはらわた抜きでも263キロあったという

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大量のヒラマサと300キロ級のマグロが水揚げされた定置網。若い漁師の活躍もまぶしい

独自予算で3万尾駆除

この日に入網はなかったが、定置網には藻場を食い荒らす食害魚としてイスズミも入る。そのイスズミ対策の地として壱岐は先進地だ。

壱岐でも近年、藻場は大幅に喪失した。2013、16年にはかつてない高水温に見舞われ、海岸にカジメが大量に打ち上げられる事態も起きている。市の松嶋要次農林水産部長も当時、「何とかせんといかん」との思いを抱いたという。

藻場対策を担当していた松嶋氏は、同じ長崎県の島である五島で囲い網が藻場の食害に効果的なことを知った。「これだ!」とイスズミの徹底駆除を構想。定置網に入ったイスズミやアイゴなどを、漁協を通して買い取る磯根資源回復促進事業を19年度に立ち上げ、翌年には「壱岐市磯焼け対策協議会」も設立した。潜水や刺網漁師がハンターとなり食害魚を駆除する「イスズミハンター」の事業も始めた。駆除したイスズミの数はこれまでで約3万2,000尾。一尾500円とする歩合制も導入することで効率を上げた。駆除したイスズミは、島内の加工業者を通じ宮崎県の南国興産(株)で肥料の材料になっている。

寿命が45年といわれるイスズミの駆除で守られた海藻量はざっと1,433トンと計算された。いったん消失した島周辺の藻場は23年に270ヘクタール、24年には332ヘクタールまで回復した。守られた藻場の二酸化炭素(CO2)吸収量は760トンに相当し、CO2を吸収するブルーカーボンに認定され「Jブルークレジット」としてトン当たり9万9,000円で販売されている。まだクレジットに売れ残りはあるが、「クレジットが消えるわけじゃない。政府が掲げる2050年カーボンニュートラルの目標に向け、各企業も独自の目標を掲げており、30年、35年に向けまだ需要は増えるだろう。いつか駆除の費用を賄えるものになればうれしい」と担当者に焦りはない。

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壱岐の海に回復した藻場。周辺がヨレモクで埋め尽くされている
(壱岐市提供)

ちなみに、イスズミ駆除の市の年間予算は3,000万円を超える。約2万人の島にとって決して小さくない額だ。200万人都市の福岡に換算すれば30億円に相当する。なぜそんな予算が計上できたのか。

「そこには担当した当時の部署の熱い思いがあった」と市水産課の長尾康隆氏は言う。当時の前市長も引退する前の選挙で「藻場回復」を公約の一丁目一番地に掲げたという入れ込みようだった。その思いは今の篠原一生市長にもしっかり受け継がれている。

「あかりや」角谷氏の実践

早朝、JF勝本町漁協のセリが始まった。ヒラス、スズキ、タイなどが威勢のいいセリ人の声に合わせ、次々とセリ落とされている。セリ落とされた魚の中でひときわ目を引くのが「長崎県壱岐 あかりや」の札紙。キャップのツバを後ろにかぶりどこか元プロ野球選手のイチロー氏を思わせる角谷透さんが、次々と貼り付けていた。角谷さんは今年36歳。33歳まで「港町酒場あかり屋」の名前の外食店経営を経て、買い手のニーズにぴったりな魚の部位を独自のこだわりで処理・加工して出荷する仲卸に転身した。

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「使えない魚なんてない」と魚への思いを熱く語る角谷さん

角谷さんの工場にはフリーザーなどが所狭しと並んでいた。「あっちがアルコール凍結装置。これは電磁波と風と冷気で細胞を壊さず瞬間凍結できる3Dフリーザー。魚や製品に合わせて使い分けていますよ」と、足早に次々と説明してくれる。

角谷さんは通常の鮮魚出荷以外に、いわゆるあまり食べられていない魚も積極的に扱い、(株)ベンナーズ(福岡)の魚サブスクサービスなどにも魚を提供している。

「この『鰺すり身フライ』には、アジのほかにサンノジ(ニザダイ)やイスズミなども入っています。サンノジはさらすと甘みが出るから」と、その日の魚で変わる味を自身の舌で調整し製品化する。「鰺フライ」だけで年間4,000枚出荷するという。繁忙期を除き戦力は角谷さんと1人のスタッフ。大手小売店や問屋から取引の話もあるというが、「大量に規格化するのは難しい」と断っている状況だ

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鯵すり身フライ

イスズミについて「臭うなんていわれますが、そんなことはないです」ときっぱり。市が買い取りし肥料になっているイスズミはもっと付加価値を付け食用に利用できるのではと尋ねると、「イスズミも生食にするならちゃんと船上などで血抜きしてもらわないと使えない。今は島の漁協と話し合い、一部定置網で獲れた歩留まりのいい大きい魚をちゃんと血抜きしてもらうことで、市の買い取り価格と同じような価格で買っている」という。さらに、「市の買い取り制度は藻場を守るためにいいと思いますけど…」と言いながら、「もともと海に囲まれた日本人は、魚を無駄なくおいしく利用してきた。日本人らしい手を抜かない仕事をすれば、使えない魚なんてない。売り上げや経済効率ばかりで考えるから使える魚と使えない魚という分け方になる」と “未利用魚” だから食べようという考え方自体への違和感を示す。

ほぼ休みなく朝から晩まで働きづめという角谷さん。まだ小さな娘さんと遊ぶ時間もままならない日々だが、「娘は私のいちばんの理解者ですから」と目を細め、「合言葉はキープメーキングです。これからも作り続けます!」と晴れやかな笑顔で日本人らしい手を抜かない仕事に向き合い続けている。

連載 第42回 へつづく

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、21年から執行役員編集局長。