水産振興ONLINE
水産振興コラム
202412
進む温暖化と水産業

第35回 
ルポ つながり、未来へ歩む(北海道・網走㊦) 
観光との共存と課題

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

連携が生む相乗効果
深刻なレジャー釣り問題

北海道のオホーツク海に面した網走には年間140万人(2023年度)の観光客が訪れるという。ただ、宿泊客はその約4分の1。有名な網走監獄だけを訪れ、知床などの観光地への通過地点となってしまうからだ。

そんな網走をもっとアピールしようと、18年に発足したコネクトリップ(Connectrip)は体験交流ツアーを企画・提供している。そのツアーにも漁業者らとの連携が生きている。

「網走の魅力はいっぱいあります」とコネクトリップ代表理事の道山マミさんが進めるのは、オホーツク海に面した網走の自然だけでなく、漁業や農業を営む人々の営みにも触れられる観光ツアー。春先には流氷の中をカヤックで巡るツアーなどアクティビティーを中心に30を超えるコースのほかに、地元で農漁業者が従事する現場を学び歩くツアーもある。

例えば人気の流氷ツアーでも、流氷という非日常を体験できるだけではなく、流氷が来るか来ないかで漁業にどんな影響があるのかなどをガイドを通じて学ぶ。網走監獄までたどるツアーにはサケのふ化・捕獲場の見学などが組み込まれ、サケ漁の現場や課題も学ぶきっかけになる。

流氷をカヤックで間近に感じながら、漁業への影響も学べる
(コネクトリップ提供)

農漁業者の連携組織「網走川流域の会」もコネクトリップの活動を積極的に応援する。観光の連携が「地域の価値を高められる」との思いから、ガイド育成や施設案内のツアーなどを支援している。道山さんも農漁業者との連携に、「アクティビティーを楽しみながら、網走の地域を知ってもらうと、また、網走の人に会いたいと来てくれる人が多い。うれしいよね」と、流氷硝子館の工房長でコネクトリップの会長を務める軍司昇さんと笑顔を交わす。

JF網走漁協の新谷哲也組合長は「体験観光などに漁業者が協力・参加することは漁業者にとってもプラスになる」と語る。

「漁業者は、自分の仕事を他人に見せない、人を寄せ付けない、自分たちのフィールドは自分たちで完結させる意識が強い。しかし、そんな壁を払うことで、より漁業を理解し応援してくれる人も増やすことができる」と効果を強調する。「観光客だけでなく、漁協がオープンで開放的になれば、地域の人の理解も深まる」と、“つながる時代” への手応えを語る。

海だけではない、主に内水面漁業を担うJF西網走漁協の川尻敏文専務は「網走湖などではワカサギやシラウオ、シジミなどが水揚げされるが、その多くは札幌や東京などの消費地に向かい、実は地元ではあまり食べられていない。もっと地元で地元の水産物を食べてもらいたい」と話し、「連携が進むと地元の住民の意識も変わる。新谷組合長になって観光をはじめさまざまな連携が進み、その解決への道筋が開けた」と話す。

楽しみながら漁業の現場を学ぶ子供たち
(コネクトリップ提供)

魚卵販売目的の釣り人も

ただ、さまざまな「連携」が進む中でも解決できない課題もある。その一つがレジャーのサケ釣りだ。網走市内には14か所ほどの釣り場があり、釣り人は年間約4万人、斜里地区を加えれば5万人以上が訪れる。シーズンには河口付近はルアー竿をもつ釣り人であふれ、海岸線には “ぶっ込み釣り“ の竿が並ぶ。近年は、シーズン前の7月ごろから海岸でダミー竿による場所取りも行われ、加工場の敷地内など所かまわず用を足してしまうふん尿の問題も起きている。

海岸線はサケの釣り人であふれ返る

美しい海浜と豊かなサケ・マス資源を守りながら、釣り人に楽しんでもらおうと、網走市は漁協、増協、観光協会などの関係機関と連携し、網走市さけ・ます等遊漁環境対策検討委員会からの提言に基づき、今年9月にルールを設定。場所取りや迷惑駐車の禁止はもとより、海岸線に並べる竿の数も3本まで、釣る尾数も3尾までなどのルールを盛り込んでいる。ただ、効果はまだ限定的だ。釣り人からは「強制力はないよね」と開き直られることも少なくないと、日頃から巡回指導をしている網走漁協の吉田裕次常務はその対応に苦虫をかみつぶす。

陸からのサケ釣りの問題は、漁業の存続にも直接影響する。一人3尾までとしても、網走市内だけでもレジャーの釣りだけで約10万尾に上る。釣ったサケから卵だけを持ち去り、それ以外の魚体を投棄している事例も見受けられ、大きな問題となっている。船釣りにはライセンス制度が導入されているが、海岸の釣り人を規制する強制力のある行政上の仕組みはない。釣り人には「陸からのサケ釣りにもライセンス制を導入すべきだ」と考える人も少なくないというが、今のところ環境が変わる兆候はない。新谷組合長は「ルールを守るよう啓発するのが精いっぱいの現状に納得はしていない。何とか道を開きたい」と諦めない姿勢を示す。

この問題の解決策について同行した (一財) 東京水産振興会の長谷成人理事も知恵を出し、「海区漁業調整委員会指示に加え、現に漁協が行っている見回りの労力や資源造成に使われている漁業者の負担も考慮して、沿岸漁場管理制度による遊漁管理ができるのでは」と提案。今後の検討課題だ。

次の一手「酷暑対策」

さまざまな網走の先進的な取り組みを語る時、新谷組合長の存在がみえないことはない。誰の話にも真剣に耳を傾ける姿勢はぶれず、偉ぶることもない。常に組合長として、地元漁業のために何ができるかだけを考え続けている。

そんな新谷組合長の人生は波乱万丈。北洋はえ縄漁業への従事に始まり、自社漁船が人身を伴う衝突事故で大きな借金を抱えるどん底時代も経験した。米国の地域漁業管理委員会(RC)など国際交渉に同行し、丁々発止の交渉も目の当たりにしている。そんな経験が今、先を見据え諦めずに取り組む姿勢につながっている。「世界を相手にするような交渉やこれまでの人生を考えれば、さまざまな問題や課題に諦めず向き合うことなどなんてことないよ」と笑う。そして、多様な経験に裏打ちされた行動力と持ち前の人柄が、どんな相手の心をも開き心酔させる。

新谷組合長は今、地球温暖化による「酷暑対策」にも力を入れている。今年6月には、漁協、農協、行政などを構成員に東京農業大学の吉田穂積教授を座長とする「酷暑対策プロジェクト作業部会」も立ち上げた。将来の変化も見据えながら、連携を核にした「次の一手」を打っている。

これからの網走の漁業界の「最大の課題」と関係者が口を揃えるのが、新谷組合長の後任だ。ただ、新谷組合長は、そんな周りの不安に「有能な若者たちが育っている。力を合わせていけばいい。全く心配していない」と笑い飛ばし、意に介さない。そんな強さも網走の漁業に引き継がれていくに違いない。

連載 第36回 へつづく

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、21年から執行役員編集局長。