水産振興ONLINE
水産振興コラム
202411
進む温暖化と水産業

第31回 
ルポ 海と向き合う地域(千葉・銚子㊦) 
資源どう利用するか

黒岩 裕樹
株式会社水産経済新聞社

消滅補償でなく漁業共生
試験魚礁に光明が差す

千葉・銚子沖が促進区域に指定された2020年7月よりも前、まだ洋上風力発電の検討ができる「有望区域」だった19年11月に、利害関係者が一堂に会する「千葉県銚子市沖における協議会」が始まった。20年6月の最終協議会でJF銚子市漁協の坂本雅信組合長(協議会ではJF千葉漁連会長)は、事業のあり方を「東京湾で埋め立て開発により漁業権が失われた、消滅補償とは異なる。構造物がある中で、漁業との共生を維持していく」と提唱した。

漁業や船舶航行に支障を及ぼさないことはもちろん、施設建設や維持管理も「地元の漁業者、関係者と一緒にできることは共同で行ってほしい」と強調。銚子市漁協の和田一夫副組合長とともに、漁業共生や地域振興に向け洋上風力を活用し、漁業も豊かになる知見を建設前から積み上げていく重要性に言及した。

国の再エネ海域利用法に基づき銚子市沖が「促進区域」に指定されると、協議会は同年10月に発電事業者の公募前説明会を開催。協議会の構成員でもある千葉県が、漁場の造成などを目的にした振興策として、事業者へ計118億円の支出を求めることを明らかにした。

21年12月に発電事業者が、三菱商事グループなどによるコンソーシアム「千葉銚子オフショアウィンド合同会社」に決まると、漁協は翌22年5月に (株)銚子漁業共生センターを設立した。銚子市漁協の100%出資で、発電施設と漁業の共生策を探る新会社だ。海中の状況や水産資源を把握する (株)渋谷潜水工業への調査委託は、同社を通じ、支出された基金を活用して行われている。

漁協が調査を急いだ理由は前回の連載で触れた通り、工事前の海を知れる期間が限られていること。さらに13年から実証運転が行われていた銚子沖3キロの洋上風力発電施設を、東京電力ホールディングス(株) が商用運転を始めた際に、「事前に漁協へ同意が求められなかった」(和田副組合長)ことも影響している。

当時は再エネ海域利用法がなく、和田副組合長によるとルールづくりが後手になっていた。「同じてつを踏まないよう、漁業者が最初から話をもち掛けられるようにしたい」との考えがあり、だからこそ発電事業者が決まってすぐに、調査ができる準備をしていた。

促進区域内に建つ東京電力ホールディングスの風力発電施設と風況観測タワー

今年3月、漁協組合員と漁場実態調査の進ちょくを共有する場を設け、試験礁などの効果を収めた映像を視聴した。限られた規模の人工物ではあったが、開始から半年未満で魚類や甲殻類が集していることを確認した。現在の風車は既存の1基だけだが、新たに31基が敷設され、それに応じた魚礁を投入した時、資源の染み出し効果を期待するのは当然の反応だった。

今年3月に魚礁効果など漁場実態調査の進ちょくが共有された

「議論を急ぐべき」

問題はその資源をどう利用するかだ。促進区域の一部には海藻類やイセエビなどの定着性資源を対象とする第一種共同漁業権と、雑魚固定式刺網の第二種共同漁業権が免許されているほか、ひき縄や釣りを主体とした自由漁業も営まれている。

こうした中で風車やケーブル近くなど、どの範囲で操業ができなくなるのかを明らかにしなければならず、事業者との話し合いは急務だ。発電施設や魚礁周辺のどこまでを漁場とするか、一部を禁漁とし染み出し効果だけでメリットを出すのか、今後の操業計画を詰める必要がある。

銚子市漁協は今年6月の総会で、「千葉県銚子市沖洋上風力発電事業の同意について」を特別決議した。20年11月に経済産業省と国土交通省が定めた海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域公募占用指針では「選定事業者は、占用許可の申請までに書面にて協議会の構成員となっている関係漁業者の了解を得ること」になっている。協議会の構成員としては、了解するうえでの最低限の裏付けが必要だったことによる。

今後、魚礁の効果を高め享受した資源で漁業を行うには、漁業権を維持しつつ新たなルールが必要になる。その時に “対遊漁” は大きな問題となる。例えば風車周りの水域を資源保護水域として操業を控え、その染み出し効果を期待しても、遊漁者が自由に採捕できれば組合員が納得するはずもなく、秩序を保てない。木更津沖の人工島「海ほたる」周辺海域は、一都二県(千葉・神奈川)連合海区漁業調整委員会指示により、漁業・遊漁ともに水産動植物の採捕が禁止されている。

銚子市漁協の坂本組合長は、風力発電事業を海業の一つととらえ「その中で漁業だけでなく遊漁管理ができないか」とも提案する。こうしたアイデアも含め和田副組合長は「遊漁を含めた議論を急ぐべきだ」とし、2年以上前から県にこの点を投げているが「反応がみえない」という。

漁場利用のルール作りを提唱する坂本組合長(左)と和田副組合長(右)

遊漁も含めた委員会指示を出すためには、当然ながら遊漁者との調整も必要となる。遊漁船業を営む組合員もいる。ルールができたとしても、おきて破りを出さない監視体制の整備なども不可欠だ。

この監視業務も、新たな仕事になるのではないか。洋上風力施設建設後の保守管理については、漁協と商工会議所および、市が出資して作った (株)銚子協同事業オフショアウィンドサービスという受け皿もすでに用意されている。

具体的な操業制限が決まれば、共同漁業権漁場については、漁業法や水協法に基づく所要の手続きも必要となってくる。

試験礁で順調な滑り出しを確認しているからこそ、風車が建つと同時に人工施設の集魚効果を活用したい。効果を最大限に引き出す資機材予算を確保するうえでも、一日でも早く話し合う必要がある。

洋上風力発電施設の運転開始は、28年9月を予定する。和田副組合長は「早め早めに手続きをとるのが正解のはず。直前で合意がひっくり返されては『これまでの調査や試験で得られた知見、組合員と高めてきた機運は何だったのだ』となりかねない」と焦りを募らせる。

銚子沖で漁業と共生した発電事業が行えるか否かは、全国の沿岸漁村が注目している。22年まで12年連続で水揚量日本一だった銚子の知名度は計り知れない。ここでの成功例が、日本の洋上風力発電事業の将来を決めるといっても過言ではないはずだ。

こうした背景を踏まえているからこそ漁協は、「建てる直前に慌てては遅い」と訴える。組合員だけでなく、全国の漁業関係者の手本になれるよう、あらゆる可能性を想定したうえで、先を見据えた提案を行っていく。

連載 第32回 へつづく

プロフィール

黒岩 裕樹(くろいわ ひろき)

黒岩 裕樹

1975年生まれ。98年北里大学水産学部卒。漁業に従事した後、2008年に水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、23年から編集局次長。