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水産振興コラム
20249
進む温暖化と水産業

第29回 
新潟県粟島におけるブルーカーボンを活用した藻場回復と離島振興

濵岡 秀樹
新潟県水産海洋研究所

近年の地球規模での気候変動に伴って、様々な分野で温暖化対策は喫緊の課題と認識されるようになりました。水産分野では海洋生態系が貯留する炭素“ブルーカーボン”に注目が集まっており、衰退してしまった海藻・海草藻場の回復は以前にも増して重要な課題となっています。藻場は魚介類の生息域であったり漁場そのものであったりすることが多く、日本では漁業と藻場は強く結びついているので、藻場回復にかかる活動は漁業関係者が中心となって実施されています。しかしながら、藻場回復には多くの経費とマンパワーを必要とします。魚価の低迷や高齢化に苦しむ漁業者にとって藻場回復にかかるコストは重い負担であるため、取組がなかなか持続しないことも少なくありません。一方で、藻場が人々に与える豊かな恵みは決して漁業者だけのものではなく、地域の住民、ひいては地球のみんなが享受しているものです。そのため、藻場回復の活動に新たな視点を取り入れ、みんなで少しずつ負担できるような仕組みがあれば藻場回復は持続的な活動になると考えられます。このコラムでは、ブルーカーボンの活用により藻場回復の活動へ新たな価値を付加することで関係人口を増やし、温暖化対策と地域活性化の両立を目指した新潟県の粟島浦漁業協同組合(以下、粟島漁協)の取組について紹介します(図1)。

図1 粟島漁協の藻場回復活動を主に担っている二人と著者. 左から著者、坂下組合長、そして職員の宮川さん.

新潟県の最北端に位置する粟島は風光明媚な岩礁帯を有する絶海の孤島です(図2)。島の周辺海域にはホンダワラ類が生い茂る海藻藻場(ガラモ場)が分布する県内でも有数の磯根漁場として知られており、ガラモ場とそこで獲れる魚介類を中心とした水産業及び観光業が島の主な産業となっています。つまり、粟島はガラモ場から得られる恩恵に大きく依存しながら発展してきた島といえます。ところが、島にとって重要なガラモ場は1990年代に大きく衰退し、わずか20年の間に65%が消失しました。現在でも消失したガラモ場に回復の兆しは見られません。

図2 新潟県粟島の位置.

粟島において消失したホンダワラ類が回復しない要因は今までにいくつか挙げられてきましたが、現在ではサザエやオオコシダカガンガラなどの巻貝類による食害が主要因とされています(図3)。そのため、粟島漁協では水産庁の水産多面的機能発揮対策や離島漁業再生支援交付金を活用して水中ポンプによる巻貝類の除去を長年行い、継続した取組のおかげで近年では徐々にガラモ場の面積が回復してきています。一方、除去作業は潜水によって行う必要があり、作業を担っている漁業者の身体的な負担が大きいものです。そのため、作業ができる漁業者が少ない粟島では多くの回数をこなすことは出来ず、広範囲の藻場を回復するには至っていません。また、上記のような公的資金はいつかなくなるという不安もありました。

図3 粟島沿岸においてホンダワラ類幼体に群がるオオコシダカガンガラ(左)と高密度に生息するサザエ(右).
図中赤矢印はサザエの位置を示す.

このような現状を打破するべく、粟島漁協は2つの取組を開始しました。一つは粟島観光協会や県水産課と協働して開催した「サザエつかみ取り大作戦‼」です(図4)。この大作戦は、県内各地の水産業に携わる関係者の連携により水産物の付加価値を向上させる取組みの1つである、「粟島地区舫いプロジェクト」の一環で漁業と観光業の連携強化を目的として行っています。それは、漁業者が労力をかけて巻貝類の除去を行う「作業」を島外の人達に楽しんで獲ってもらい消費してもらうという「イベント」に捉えなおすこともできるものでした。このような新たな視点で活動を行えば、除去する手間も体への負担も減り、参加者には「新鮮なサザエを採捕する楽しさ」+「廉価でサザエが手に入るお得感」を感じてもらえます。また、イベントの参加費によって公的資金への依存も低減させることができます。ただし、これだけでは「離島へ行く手間を考えたら、スーパーで買った方が安いわ」と感じられるかもしれません。イベント参加者を増やすもう一押しは何かないか?ここで、ブルーカーボンのご利益を活用しました。イベント参加によるサザエの除去が海藻藻場の回復に繋がり、地球温暖化対策になることを説明することで、さらに「社会の役に立っていると言う貢献感」も持って帰ってもらうことにしました。

図4 令和6年度のサザエつかみ取り大作戦PRポスター
(一般社団法人 粟島観光協会HPより転載)

令和5年8月と9月に開催したこのイベントには、初めてにもかかわらず延べ21人(県外者11人、県内者10人)の方々が島外から参加してくれました。イベントでは温暖化対策を学んだり、サザエのつかみ取りを行ったりするだけでなく、多種多様な巻貝類の観察や島のお母さん方による浜焼き・冷や汁などの振る舞いもあり、参加者に大変喜んでもらえました(図5)。もちろん、コストをかけずに温暖化対策を進められ、ブルーカーボンの普及もでき、民宿やお土産屋などの観光業も潤い、すべての関係者にとって得るものがあったイベントだったと思います。この取組は、継続的に実施するように計画されていますので、興味のある方は是非参加してみてください。

図5 大作戦中の一コマ.
サザエを多数つかみ取った猛者(左)とサザエのつぼ焼きを用意する島のお母さん(右)

一方で、温暖化による海藻藻場の衰退は予想以上に進行が速く、上記のイベントだけでは回復が追い付きません。そのため、粟島漁協の2つ目の取組として新潟県水産海洋研究所と協働して、委託プロジェクト研究「ブルーカーボンの評価手法及び効率的藻場形成・拡大技術の開発(JPJ008722、委託先代表機関:国立研究開発法人水産研究・教育機構)」の下、メンテナンスコストを低減させた防除網(通称:トゲネット)の開発も進めました。トゲネットはトゲが巻貝類の侵入を防ぎ、トゲネット内に加入したホンダワラ類幼体を守る構造になっています。これまでの防除網は波浪に弱く、破損が多いために高い頻度で補修をする必要がありましたが、トゲネットは1年以上破損が見られず、海藻の幼体を守る効果も持続していました(図6)。今後は関係者との協議を重ね、母藻投入とともにトゲネットを磯焼け域へ大きく展開していくことで、巻貝防除にかかるコスト低減と藻場回復の実現に取り組む予定です。

図6 トゲネットによる巻貝防除試験の様子(左)とネット下のヤツマタモク幼体(右).

ブルーカーボンは藻場等によって海中に貯留される炭素を示す言葉ですが、藻場回復活動に新しい価値を与える考え方でもあります。これまで一般的に藻場回復は漁場整備の一環と言うイメージが強かったように思いますが、ブルーカーボンはここに地球温暖化対策と言う価値を新たに付加し、藻場回復が水産業だけではなく多くの人々に関係する事であると改めて示してくれました。このおかげで、粟島漁協とその関係者の方々は新しい取組に挑戦することができたと思っています。今後もブルーカーボンの活用による新たな付加価値を一翼に関係人口を増やし、粟島の藻場回復と離島振興の両立が実現するように協働していきたいと思います。

連載 第30回 へつづく

プロフィール

濵岡 秀樹(はまおか ひでき)

濵岡 秀樹

愛媛県南宇和郡愛南町(旧城辺町)出身。2003年愛媛大学大学院理工学研究科博士前期課程修了後、NPOや大学で有期雇用職員を続けながら2011年に博士(理学)取得。2011年独立行政法人水産総合研究センター研究支援員を経て、2017年に主任研究員として新潟県水産海洋研究所に奉職。