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水産振興コラム
20248
進む温暖化と水産業

第27回 
ルポ 海と向き合う地域(長崎・五島㊤) 
洋上風力発電と漁業

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

先進地の経験と懸念
沖合は誰が調整するか

長崎・五島といえば、離島というハンディをどうプラスに導くか、さまざまな挑戦をしている地域として知られている。洋上風力発電においても、環境省の浮体式の実証試験を2010年から先行して実施。役割を終えた実証機は、22年から福江島南東の崎山漁港沖合に移設され、現在は、新たな浮体式風車8基と合わせた設置工事が急ピッチで進められている。本格稼働は当初計画よりやや遅れ、2年後の26年1月になる見通しだが、現在、島南東の崎山地区沖には実証機を含めた4基の風車の存在を視認できる。

崎山地区沖に建設中の風車。26年1月には9基が並ぶ

国は50年のカーボンニュートラルに向けた「洋上風力発電で30年に1,000万キロワット、40年3,000万〜4,500万キロ達成」を目指す中で、今年3月には、洋上風力発電の排他的経済水域(EEZ)への拡大を盛り込んだ再エネ海域利用法(19年)の改正を閣議決定した。他法案の審議難航を受け継続審議となっているが、次の臨時国会では通過する見通しが高い。数々の経験を経ている五島の関係者は、「そうなれば、一気にEEZを含め、沖合への風車設置が動き出す」と予測。構想が産声を上げる段階で対応することの意味を最もよく理解しているのも五島だ。

今回の取材に合わせ、早速同行した (一財)東京水産振興会の長谷成人理事が、地元3漁協連絡協議会で「洋上風力発電における漁業調整について」をテーマに講演した。当日、飛行機の遅れで、急きょ、福岡空港からのオンライン講演となったが、沖合展開する場合には、「関係漁業者の特定はますます難しくなるので国のリーダーシップが欠かせない。沖合漁業とのすみ分けをしたうえで影響調査もしっかり行う必要がある」の話に参加者も真剣に耳を傾けた。

3漁協連絡協議会では洋上風力の勉強会も開催

実は、現在建設が進んでいる新たな風車もすんなり合意されたわけではない。関係する漁業者が特定できる共同漁業権の中に設置された最初の実証機とは異なり、新風車の設置場所は共同漁業権の外の一般海域。そうなれば、ほかの沖合漁業をはじめさまざまな海を利用する関係者との調整が不可欠になるからだ。

「実証機とは違う大変さがあった」と苦笑いするのは、五島市で風力発電の調整役を担う未来創造課ゼロカーボンシティ推進班の三井寛之係長。環境省の実証機から洋上風力に関わり始め、足かけ8年。部署は変わるが五島の洋上風力のすべてをみてきている。

そんな三井氏も、「一般海域となるとどこまでが関係者かが分からない」と担当した際には途方にくれたという。実際の行動も手探り状態を極める。漁業が想定される海域の漁業者団体のほか、それらが所属する全国団体、県、国などに問題、課題がないかと確認し調整を図るため、数年をかけて東奔西走したのはいうまでもない。

離島という不利な条件の中で洋上風力発電施設の設置が、島の雇用をはじめ地域経済に与える影響や効果は大きい。特に五島の場合、野口市太郎市長のリーダーシップのもと、2020年に「島まるごとカーボンニュートラル」のうたい文句のもと、「ゼロカーボンシティ」を表明している。強い反対で計画が先伸ばし、または頓挫する事態になれば島の経済に直接的なダメージになってしまう。先進地ならではの手探りによる調整の難しさは想像に難くない。

洋上風力の沖合展開には、「国が責任をもって調整する必要がある」と強調する野口市長

そんな五島市だからこそ、国が掲げるEEZへの洋上風力施設の展開の受け止め方が違う。野口市長もニュースを聞いた際、最初に頭に思い浮かんだのは、「誰が調整するのだろうか」だったという。

温暖化による地球環境の変化はもはや誰もが実感している。カーボンニュートラルをはじめ、温暖化をいかに食い止め改善するかが急務なことを否定する人はいないだろう。ただ、実際の生活、仕事に直結する課題となれば話が違う。漁業者も同じで、海洋環境の急激な変化を実際の漁業を通じて実感しているだけに温暖化対策は理解できるが、それが漁業に影響するとなれば簡単には容認できない。

野口市長は、長崎県の水産部長としての経験も踏まえ「これまでも事業者と五島列島の中の適地について話す際、沿岸5マイル(小型船舶が航行できる)の外は絶対にダメだと言ってきた。ましてそれが島の沖合だからと言ってもEEZになると市町だけの調整では不可能だ。都道府県だけでも無理だろう。やはり国が責任をもって調整を図る必要があると思う」と話す。島周辺の施設設置だけでも調整の難しさを経験している五島市だけに、市長の言葉は重く響く。

inコラム日本一のマグロ養殖

五島といえば日本で最もマグロ養殖が盛んな場所として知られている。生産量も拡大し、2014年に1,084トンだった島内の生産量は、21年2,652トンにまで達し、昨年23年でも1,972トン、10年間で2倍の生産量になっている。実際に島周辺を巡れば、あちらこちらの湾にマグロ業者のイケスが確認できる。その中で、今回訪問したのが、ニッスイグループの金子産業(株) 五島事業所だ。今年10月には、ニッスイグループのマグロ事業が統合され、「(株)ニッスイまぐろ」の一事業所になる。

7月中旬に訪問した際、案内してくれたのが岩本寛之所長。見せてもらったのが、3年前に池入れされたマグロ。今秋には60キロサイズになり出荷されるマグロで、ブローアーから飛び出すイワシに食らいつくマグロが上げるしぶきが、マグロの健全さを物語る。

ただ、今年の幼魚の池入れは例年に比べ若干少なかったという。岩本所長によれば、「ヨコワ(マグロ幼魚)自体はいたようだが、群れが少なかった。このあとに獲れることを期待したいですね」と話してくれた。

ニッスイは、クロマグロ資源の回復がみられる中で、今年度の水産事業方針ではクロマグロの短期養殖の拡大を明言。30年には養殖クロマグロの生産比率を55%にする目標を打ち出している。現場の岩本所長も、「今後は短期養殖にも力を入れたい」と意気込んでいる。

金子産業のマグロ養殖場。今後は短期養殖にも力を入れる

連載 第28回 海と向き合う地域(長崎・五島㊦) へつづく

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、21年から執行役員編集局長。