水産振興ONLINE
水産振興コラム
20201
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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瀬波水族館時代に出会った驚き「食」

瀬波水族館での3年目の冬、千葉県の鴨川でイルカたちと越冬をしていたところ青森県の浅虫に新しい水族館を建設するという話が現実となった。

もともと陸奥湾の湾奥部の浅虫には大正13年(1924年)設立の東北大学理学部附属臨海実験所があり、設立当初からその付属施設として日本初の水族館施設が設けられた。東北大学浅虫海洋生物学教育研究センターのホームページによると、その水族館の水槽に使われた観覧面のガラスには、その時代の日本にはなかった厚さ1インチ以上の磨面ガラス板をアメリカから直輸入して使用するという、当時の水族館事情からみると最新鋭の水族館であったことが伺える。

飼育に関する業績も素晴らしく、1956年に浅虫臨海実験所の所長となった平井越郎教授が水族館長を兼務し、自らの専門分野を「海産無脊椎動物の生活史の研究並びに水族館学の研究」として、顕微鏡投影機を使ったクラゲの世代交代の展示をするなど、現代のクラゲ展示の礎を築きあげている。また、地方の水族館の使命として「世界中の珍魚を集めるのも(水族館の)ひとつの行き方だろうが、デパートの土産売り場に行けばどこの名物がそろっている、というような場にはしたくない。もっとそれよりしなければならぬ大事なことがある。その地方の特色を出すことだ。」とご自身の著書『青森県 海の生物誌』で書かれている。水族館の建つ目の前の海にいる多種多様な生き物たちを丁寧に展示し、生き物のすばらしさを知っていただき生き物ファンになってもらう、ということであろう。それが大事だと僕も思う。

県営浅虫水族館の青森県特別コーナー(パンフレットより) 県営浅虫水族館の青森県特別コーナー(パンフレットより)

しかし、その後、老朽化した浅虫臨海実験所の建て替えに伴い、水族館を閉鎖することが決まった。青森市民をはじめ近隣の方々に「浅虫水族館」として親しまれていた水族館がなくなるということで、青森県が浅虫中学校の跡地に「県営浅虫水族館」を新設することになった。その目玉として、本州最北端の地でインドアー形式により雪の積もる冬でもイルカショーを開催できるということが謳われた。

そのイルカショーの担当として勤務することが決まり、瀬波水族館を辞めて1982年の春から青森県に着任した。そして和歌山県の太地町で海上生簀を借り、バンドウイルカを約1年訓練し1983年の浅虫水族館のオープンに間に合わせた。

そうして浅虫で日々を送っていたが、元来熱帯嗜好の僕は新潟、青森と雪の降る地方での生活が続いていたので、ことあるごとに「暖かい地方の水族館で仕事がしたいなぁ」と話していたところ「大阪に大きな水族館ができるので手伝わないか」という誘いをうけ、7年間生活をした青森を後にして大阪に向かった。そして、また開館の1年以上前から生物集めや設備のチェックなどを行い、大阪・海遊館が無事オープンした。

この2つの水族館の話を書くとまた長くなってしまうので後日に譲り、瀬波水族館で出会った、水産生物の食の話を。

まだあの頃は今のように食についての情報収集には貪欲でなかったが、驚きの食べ物に幾つか出くわした。

まず夏に食べたイワガキ。それまではカキと言えば冬の食べ物だと思っていたのだが、村上の料理屋さんのメニューには夏でもカキの名前が載っているのだ。お店の人に聞くと、イワガキという種類で夏が旬とのこと。早速、カキ酢とカキフライを注文した。出てきた二品は僕の頭の中で想像していたものとは全く違い、その1個分の身の大きさといったら僕の予想を超えるものだった。カキ酢は切り分けられた大きな身がポン酢に浸かり、紅葉おろしと青ネギが添えられていた。カキフライのほうはもっとビックリ!まるでトンカツのような大きさのものがお皿の上に。そして、食べてみてさらにビックリ、大きいので大味かと思っていたら、濃厚なカキの味が口の中いっぱいに広がった。イワガキは素晴らしい!最近はかなり有名になり出回っているが、その頃は産地だけのご馳走だったのだろうなぁ。

イワガキのフライ イワガキのフライ

仔イルカと共に一冬を村上で暮らした時には冬のナンバンエビに出会った。ナンバンエビとは和名ホッコクアカエビ、和名より甘エビのほうが判りやすい。南蛮=唐辛子で、色や形が唐辛子に良く似ていることから付けられた名前といわれている。東京で甘エビといえば高級な食材だったのだが、村上のスーパーマーケットでは冬に少し小さめのナンバンエビがパックに一杯に詰まって200円程だった。甘エビがこんなに安く食べられるとは夢のようだ。僕は嬉しくて毎日1パックずつ食べていた。ただ丸のままなので、頭を取って殻をむくのが少々面倒だったなぁ。後に知ったのだが、新潟県はホッコクアカエビの漁獲量は北海道に次いで多い県だったのだ。今思えば、生ばかりでなく唐揚げにしたり、焼いても美味しかったのだろう。

ホッコクアカエビ ホッコクアカエビ

そして春先に驚かされたのが、これまたスーパーマーケットに並んでいたイトヨ。あのトゲウオの仲間のイトヨで、従来日本海系のイトヨといわれていたが近年ニホンイトヨとなった種である。僕はこの仲間は当時から皆、生息数が少なくなっていて保護されているのだと思い込んでいた。そんな貴重なイトヨの10cmほどの成魚がパック詰めになっていたのには、目を見張ってしまった。それも何パックも並んでいるのだ。お店の人に食べ方を聞くと、から揚げにするそうだ。アパートでの一人暮らしの身では、から揚げにするのは面倒くさく食べる機会を逃してしまったが、今思えば食べておけばよかったなぁ。今では環境省のレッドデータブックで、ニホンイトヨは絶滅のおそれのある地域個体群とされているので、なかなか口にすることはできなくなっているのではないだろうか。

イトヨ イトヨ

この3種が、当時出会った驚きの食材である。その他にも三面川のシロザケ料理や、これも最近はやりのノドグロことアカムツ、ウミガメの刺し身も初めて食べた。これらについても書き始めると長くなるので、次の機会に譲り今回の筆を置くことにする。
(連載 第4回 へ続く)

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館の館長としてリニューアルオープン(2020年7月予定)に携わっている。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑』(東方出版)、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景』(東方出版)、水族館の舞台裏などを紹介した『水族館のひみつ』(PHP研究所)など。