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水産振興コラム
202211
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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青森県、西海岸の「イカ焼き通り」

南の海の話が続いてしまったので本州最北端、青森の話を。

1981年の冬のことである。水族館の飼育係になってまだ3年しか経っていない僕に、陸奥湾の湾奥部にある青森市の浅虫あさむし地区に新しい水族館を建てる計画があるので手伝わないか、というお誘いが舞い込んできた。
 当時浅虫には、東北大学の臨海実験所に付属した小さな水族館があった。“浅虫の水族館” と多くの県民に慕われていた施設だったのだが、臨海実験所の建て替えに伴い取り壊してしまうことになった。そこで青森県は新たに県営の水族館の建設を計画したのだ。
 以上の経緯については、連載第3回目でも書かせていただいたが、今回はその続編である。

この新水族館は1980年から基本計画を作り始め、総事業費42億円をかけ「東洋一の水族館」をうたい文句としていた。

新水族館の売りとしては、東北地方では初の屋内型ショーホールで年間を通して行われるイルカとアシカのショーや、長さ15mという当時世界最長の水中トンネルのある海洋水槽があり、この海洋水槽ではマリンガールによる餌付けショーが行われる。また海の生き物に直接触ることのできるタッチコーナーや魚たちのショーもあり、当時水族館の三種の神器といわれていたものをすべて揃えた、画期的な水族館であった。

その浅虫水族館に赴任し、青森暮らしを続けていた間、魚を採集に行くことはあったが干物を求めての漁村巡りなどしたことはなかった。あの頃に様々な漁村を訪ねていれば素晴らしい風景と出会えたのにな、と今になっても悔やんでいる僕である。

その青森に干物を干す風景を撮影に出かけたのは、大阪に移り干物の写真集を作る計画を始めた時だ。本州最北端、7年間も過ごした青森県の干物を載せないわけにはいかない。早速、撮影に行こうと思い立ち、ちょうど浅虫水族館時代に懇意にしていただき良き飲み友達であった地元の新聞社“東奥日報”の記者Mさんが、青森県の西海岸にある鰺ヶ沢(あじがさわ)支局の支局長として赴任されていた。思い立ったが吉日、すぐに連絡を取り鰺ヶ沢に向かったのは2001年の青森の遅い桜の花が散り始めた5月だった。

青森県の西海岸(西海岸という響きが、アメリカのカリフォルニアのある西海岸とダブってしまい、ちょっとオシャレに感じるのは僕だけであろうか?)、日本海に面した鰺ヶ沢町赤石周辺の海岸を走る国道101号線沿いにはたくさんの干物が干されている。

  • お店の前は干物でいっぱい!(1)
    お店の前は干物でいっぱい!
  • お店の前は干物でいっぱい!(2)
    お店の前は干物でいっぱい!

鰺ヶ沢の漁港にたどり着く手前にもイカやホッケ、カワハギにタコなど様々な魚たちが、干物屋さんの店先や軒下にぶら下げられている。その中でもひときわ目を引かれるのが、スルメイカの開いたものをきれいに並べて干している風景だ。

  • お店の前の干物たち(ホッケ)
    お店の前の干物たち(ホッケ)
  • お店の前の干物たち(ミズダコの腕)
    お店の前の干物たち(ミズダコの腕)

ひし形の耳を下にして白いイカが優しい日の光を受け、きらきらと輝くように並んでいる風景は、まさにイカのカーテン。そのカーテンの隣には小さなお店があり、日本海の寒風で程よく干されたイカたちは「一夜干し」となり出来たてを目の前で焼いて食べさせてくれる。僕が青森にいたころは、一夜干しは一枚150円くらいだったのだが、その時は250円。スルメイカが獲れなくなってしまった今では幾らくらいになっているのであろうか。

  • スルメイカを干す風景(青森・鯵ヶ沢)
    スルメイカを干す風景(青森・鯵ヶ沢)
  • スルメイカを干す風景(青森・鯵ヶ沢)
    スルメイカを干す風景(青森・鯵ヶ沢)

ためしに一枚焼いてもらうと、まずはその焼き初めの香ばしい香りが鼻をくすぐりたまらない。絶妙な焼き加減で焼きあがったものは、干し加減や身の厚み、ほどよい塩加減がうまく合わさり、噛んだ時の感触は何をとっても絶品でついお酒がほしくなってしまう。そんな美味しい一夜干しを目の前で焼いて食べさせてくれるお店が、国道沿いにたくさん並んでいるので通称「イカ焼き通り」。イカ好き、干物好きにはたまらないネーミングだ!この原稿を書いているだけでもお腹が鳴ってくる。

イカ焼き通りでは何軒かのお店の店先で干している干物を撮影させていただいた後、鰺ヶ沢漁港に向かった。ここでは定置網、底曳網、刺網、釣りを中心に漁業がおこなわれているようだが、昼近くに到着したので、水揚げを見ることはできなかったが、漁港の片隅でおばちゃんたちが水揚げされた生のスルメイカを手際よく割いて、干物作りの準備をしていた。漁港の周りにある商店の店先にもイカなどが干されていたので撮影をしていると、漁協の裏の空き地で、さっき割いていたイカを干し始めた。

漁協の裏の空き地で干されるスルメイカ、この後大変なことに!
漁協の裏の空き地で干されるスルメイカ、この後大変なことに!

大きいザルに入れたイカを台車に載せて運んで、張られた荒縄に一枚ずつおばちゃんが干し始めた。左手でザルをかかえ、イカの脚の付け根の部分で体を折って綺麗に並べていく。僕も邪魔にならないようにファインダーを覗きその様子を写真におさめて行った。次々と縄がイカで埋まり、一本目の縄が並べ終わり2本目を並べ始めあと数枚でこれも終わりだなぁと思いながら眺めていたら、なんと!縄の端近くが千切れてしまったのだ。

おばちゃんの「アッ!」という声とともに、せっかく干されたイカたちは地面に落下して砂だらけになってしまうという惨事に。でも、おばちゃんは良くあることなのか、砂にまみれたイカを一枚ずつ淡々とザルに拾って流しに持っていき洗っていた。
なんともスローな時間だった。

そのあと、東奥日報のMさんに案内していただき、西海岸を南下し途中北金ケ沢漁港などに立ち寄りながら、深浦までの間の干物の撮影をした。日本海の素晴らしい景色が続く道沿いには、たくさんの干物屋さんがあり、さまざまな魚の干物を撮影することができた。現在でも、まだまだ沢山の撮影素材のある青森県なので、久しぶりにまたカメラを担いで訪れてみたいなぁ。

連載 第17回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。