水産振興ONLINE
水産振興コラム
20221
船上カメラマンとして見つめた水産業
神野 東子
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魚と日本文化

年末年始、ついつい食べ過ぎて太ってしまった。懲りずに毎年同じ事を繰り返しているのだから、我ながら呆れたものだ。でもやっぱり、部屋でぬくぬくテレビを見ながらおせち料理をつまんで過ごすのは幸せだ。日本のお正月には、新年を迎えるのに相応しい食材を重箱に詰めた「おせち料理」を食べる、という素晴らしい文化がある。食材一つ一つが縁起を担ぐ意味合いを持ち、めでたさを重ねる、ということから重箱に詰められるのだそうだ。重箱を開ける時のわくわくは正月の風物詩の一つと言っても過言ではないだろう。開ける度にわくわくしてしまう。くるりと綺麗な伊達巻きやぴかぴか光った黒豆、蓮根や里芋の柔らかさが堪らない筑前煮に甘い栗きんとん。そして、赤く華やかさを添える海老に食感がクセになる数の子、じっくりと煮込まれた昆布巻きに醤油の風味が効いた田作りといった魚介の数々もしっかりとおせち料理を彩っている。地域によって魚種は違うが、正月にはほとんどの地域で焼き魚や煮魚も食べられている。お祝いの席での魚の代表格である鯛を始め、出世魚として親しまれているブリ、お歳暮で送られることも多い鮭などだ。日本人は、普段の生活でも魚を食しているが、ハレの日にも魚が付きものだ。今日は豪華にいこう!という時、必ずお寿司が選択肢に入るという方は多いのではないだろうか。

ハレの日はお寿司、が定着している日本人だが、人生の節目にも魚料理が付きものだ。生後100日前後で赤ちゃんの健やかな成長を祈ってお祝いされる「お食い初め」で主菜となるのも鯛だ。神事にも用いられる「尾頭付き」という状態で赤ちゃんの前に並べられる。その起源が平安時代とされていることからも、日本人が古より現代に至るまでいかに魚に親しんでいるかが伺える。赤ちゃんの健やかな成長が今日より困難だった時代では、尾頭付きの鯛に込められた想いは、現在よりも鬼気迫るものがあったのではないかと想像する。お食い初めの他、七五三や婚礼、賀寿などの祝い膳に並べる主菜の代表格はやはり尾頭付きの鯛である。

ちなみに、幕末まで天皇の昼御前は毎日鯛の塩焼きと決まっていたそうだ。まるで神前に供えるかのように、白木の三方に載せて天皇の御前に運ばれていた。それは決して贅沢のためではなく、鯛を食べることが吉事であり、天皇が吉事を行うと国民に幸せをもたらすと考えられていたからだ。鯛の塩焼き以外の昼御前を召し上がりたいこともあっただろうが、国民の幸せを願うからこそ続けられたのであろう。

いつの時代も魚と共にある我々日本人だが、魚を使用した保存食が多いことからもそれが伺える。天日干しで作られるアジの干物や、塩漬けにして保存される新巻鮭などがそうだ。塩漬けの魚を米飯等と樽に入れて発酵させる「なれずし」もその一つである。日本各地に郷土料理として根付いており、そのほとんどが家庭の味として代々受け継がれているものだ。そんな日本の伝統料理だが、冷凍技術の発達とともに手間の掛かるなれずしの作り手はぐんと減ってしまっている。家庭の味であることが多いため、レシピを記録した資料も少ないのだ。

そのような現状に駆り立てられ、昨年、なれずしの一種である北海道の「飯寿司(いずし)」の漬け込みを浜のお母さんと漬け物名人がいるお蕎麦屋さんで教えていただいたのでご紹介したい。飯寿司はお正月に食べるのに合わせて、11月下旬頃から漬け込まれることが多い。北海道の冬の味覚であり、故郷の味だ。自宅で漬けている家族にとっては特別な家庭の味である。塩漬けされた魚と魚の分量に合わせて炊かれた米、人参や大根、生姜などを刻んで加えて、砂糖や酢などの調味料と一緒に1ヶ月程樽に漬け込む。魚は鮭やニシン、ハタハタが多い。

  • (c) Toko Jinno
  • (c) Toko Jinno

特に決まりは無いので、カレイやタコで漬けてみたり、野菜の中に柚子を加えてみたりと、色々試してみる楽しみもあるようだ。ただ、樽ごと失敗してしまうのは大変勿体ないので、魚の状態や調味料の分量には気を遣う。食材を買ったり樽を洗ったりして準備し、魚を捌いて野菜を刻んで、具材が均等になるよう気を配りながら樽に並べていく。なかなか根気のいる作業が続く。年末になるとスーパーでも売られているが、やはり手作りの味は格別だ。このような郷土料理は、大切に受け継いでいきたいものだ。

(c) Toko Jinno

とは言え、取材に伺う前は「今年は私も漬ける!」と意気込んでいたのだが、いくつもの行程を目の当たりにし、結局断念してしまった。美味しくできたら食べてもらう人まで考えていたのに…。という訳で、今年も買った飯寿司を美味しくいただいた。販売されている飯寿司ももちろん美味しい。なれずしの中でもクセがなく食べやすいとされており、通販でも買えるらしい(時期によると思われるが)ので、興味のある方にはオススメだ。小さな樽で漬けてみるのも面白いと思う。私も今年こそは漬ける!(令和4年1月現在…)。

(c) Toko Jinno

第9回 へ続く

プロフィール

神野 東子(じんの とうこ)

神野 東子 (c) Toko Jinno

荒々しく、時に優しく、自分の仕事に誇りを持つ漁師たちの生き様に惚れ込み、同行して撮影する船上カメラマン。釧路市生まれ。海とともに生きる漁師たちのさまざまな表情を追いかけると同時に、魚食の普及や後継者不足解消に向け、学校と連携した講座等を行う。富士フイルムフォトサロン札幌、豊洲市場内「銀鱗文庫」、豊海おさかなミュージアム等各所で写真展を開催。