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水産振興コラム
20219
船上カメラマンとして見つめた水産業
神野 東子
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船上カメラマン、落ちる!

(c) Toko Jinno

船にお邪魔させていただく時に一番気をつけていることはもちろん、極力ご迷惑をお掛けしないことだ。当然、安全面にも最大限気を配る。救命胴衣の着用はもちろん、乗船前の神社でのお祓いや御守りの帯同など、不安要素を無くし、万全の態勢で撮影に臨んでいるつもりだ。しかしある春の日、私は船から落ちてしまったのであった。

北海道の春の定置網漁にお邪魔させてもらった5月、朝焼けがとても綺麗な日だった。カメラ、救命胴衣、御守りなどの持ち物はバッチリだし、体調も万全。いざ乗船させていただくと、船尾にコンパクトな焚き火があり、そこで暖を取ったりお話を伺ったりしながら漁場へ向かった。

漁場について間もなく、私は夢中でシャッターを切っていた。いつもながら、洋上での仕事風景というのは魅力的だし、漁師さんたちの表情も素敵だな、などと思いを巡らせ、今しか無いこの瞬間をカメラに収めるぞ、と意気込んでいた。意気込んで程なくして、私はなんと海に落ちてしまった!幸い全身が海に浸かったのではなく、船の前方にある柱のような鉄の棒に捕まってぶら下がる形になった。なぜ船から背を向けるような形で海に落ちてしまったのか全く記憶にないのだが、うねりによって体がくるっと瞬時に回転したのではないかと考えている。近くにいた漁師さんがすぐに引き上げてくれたのだが、足が着かない大海原に投げ出されている時間は大袈裟でなく数時間の出来事に感じた。実際には数分間の出来事だったようだが、頭の中で「どうしよう、大変なことになってしまった。迷惑を掛けてしまった。何とか自力で戻りたい。どうやって船に上がろう」などと必死に考えていた以外何も覚えていない。目の前の光景が全く目に入っていなかったのか、記憶が飛んでいるのか、全く思い出せない。海に落ちる時は本当に一瞬で、恐怖と海水を含んだ長靴の重さで体が固まり、自分一人でできることは何も無かった。

ご迷惑をお掛けしてしまったという動揺とショックでいっぱいだったが、何とまだ漁の序盤だったのだ。「すみません大丈夫です!」と声を出し、何とか撮影に頭を切り替えた。時間が経つと、長靴に溜まった海水が染み出てくる。時折長靴をひっくり返し、海水を出し靴下を絞りながら撮影を続けさせてもらった。

港に着く頃には、皆に笑ってもらえる出来事になっていた。漁場に向かうまでに話を伺った中で、船尾の焚き火について聞いていたのだが「誰かが海に落ちる事もあるから、すぐに体を暖められるように、という意味もある」との返答だった。そんな事もあるのだな、やはり大変な職業だし準備は万端にするのだな、などと聞いていた私だったが、帰港時に焚き火で衣類と自分の体を乾かしていたのは私であった。何とも情けない。

さて、カメラマンが海に落ちた件は、あっという間に港の皆の知ることとなり、次の週には隣の港にも知られていた。その直後に乗船させていただいた時には皆に「落ちないでね」と言われ、隣の港の漁師さんに久しぶりに会った際には「あれ?カメラマン海に落ちたって聞いたけど?」とイジられた。そのような状況だったので、自ら「落ちちゃったんですよね」と話したりもした。すると予想外に、普段聞けない話が聞けた。危ない体験をしている方がとても多かったのだ。

(c) Toko Jinno

ある漁師さんから聞いたのは、真冬の海での話だった。北海道の冬は平地で-10度を下回ることも珍しくなく、海風の冷たさは痛いほどだ。そんな中、仲間の一人が落ちてしまったというのだ。波の動きが速かったようで、あっという間に手の届く距離にいなくなってしまったらしい。仲間の姿は確認でき、必死に泳いで船に戻ろうとしているが、方向が全く違うどころか海に潜っている。どうやら方向感覚がなくなってしまっているようだ。その仲間とは同級生で、旧知の仲だ。しかも当時、お子さんが生まれたばかりだったそうだ。そのことが頭をよぎった瞬間、海に飛び込んで仲間の元に向かった。何とか仲間の元へたどり着き、溺れかかっているのを助けることができたが、やはり船が遠くて戻れない。辺りを見渡すと、近くに大きめのブイが浮かんでいた。二人で必死にしがみつく。そこで持ちこたえるしか無かった。すると、目の前に自分たちの船が現れた。無事合流できたのだ。二人とも低体温症にはなったものの命に別状はなく、怪我も無かったが、もう駄目かと思ったという。

また、ある船頭さんからは「船員たちには常々、親御さんや家族のためにも救命胴衣は着けるように、と話している」と聞いた。もしもの事があっても助かるようにというのはもちろんだが「遺体が上がらず、遺品だけの葬儀というのは何と言葉を掛けたら良いか分からない。ご家族も、本当は助かっていてどこかで生きてるんじゃないかと期待したくなるし、気持ちの整理がつかない」と話してくれた。

ある漁師さんの奥さんは、昔は毎日お見送りしていたが、強い風と高い波の中船が大きく傾きながら出港しているのを見て以来、お見送りできなくなったと言っていた。その時、船も漁師さんたちも無事であったが、今でも船が出ている時はいつも心配だと話していた。

全国各地の漁師さんのお話を伺っているが、どうやら、多くの漁師さんが危険な体験をしていて、仲間を亡くした経験のある漁師さんもかなり多いようだ。このような話を思い出すと、海産物が国内に溢れている事は奇跡のように有り難いことだな、と思う。板子一枚下は地獄、ということわざがあるが「昔はそれくらい危険だったらしいよ」と言えるくらい、海での事故が減ることを強く願う。

(c) Toko Jinno

プロフィール

神野 東子(じんの とうこ)

神野 東子 (c) Toko Jinno

荒々しく、時に優しく、自分の仕事に誇りを持つ漁師たちの生き様に惚れ込み、同行して撮影する船上カメラマン。釧路市生まれ。海とともに生きる漁師たちのさまざまな表情を追いかけると同時に、魚食の普及や後継者不足解消に向け、学校と連携した講座等を行う。富士フイルムフォトサロン札幌、豊洲市場内「銀鱗文庫」、豊海おさかなミュージアム等各所で写真展を開催。