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水産振興コラム
20217
船上カメラマンとして見つめた水産業
神野 東子
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昆布の香り

(c) Toko Jinno

昆布と聞いて連想されるものといえば、やはり出汁のきいたお味噌汁だろうか。はたまた、おしゃぶり昆布や酢昆布などのおやつだろうか。何と言っても、昆布巻きや佃煮として食卓を彩るおかず、という事になるのだろうか。

昆布は、日本料理に欠かせないものであり、今から約1万3000年前から約2500年前まで続いたといわれる縄文時代より重要な食料として存在していたようだ。縄文時代のどの年代から、どのように食されていたのかは定かではないが、昆布の産地として名高い函館で見つかった縄文時代中期の大規模集落跡で、漁業を営んでいた形跡は見つかっているようだ。ひょっとして1万年以上前に暮らしていた縄文人も、縄文土器で出汁をとって魚介と一緒に食べたり、煮付けておかずにしたり、おやつとして食べたりしていたのかもしれない。もしかしたら、昆布水がスポーツドリンクのように飲まれていたのかもしれない…というのはあくまで想像だが、想像もつかないくらい古い時代から日本の地で食べられているなんて、何だかワクワクする。

平安時代初期に編纂され、延暦16(797)年に完成した「続日本紀」の中で昆布について記載されているのが文字として残る最も古い資料である。その中で「蝦夷から朝廷へ献上されていた」と記されている。交通が発達していない時代、東北以北でしか採れない昆布がいかに貴重品であったかが伺える。さらに、戦国時代(1467年~1600年頃まで)には既に「縁起物」としての地位を確立していたようだ。戦国時代前期に出陣の儀式について書かれている書物によると、戦いの前に武将が食したものとして、打ちアワビ(アワビを薄く延ばして干したもの)・勝栗(栗を干して臼でつき、殻と渋皮を取ったもの)・昆布が登場する。これは、戦いに「打ち勝ち喜ぶ」という願いを込めて膳に並べられ、武将がこの順に食していたようだ。古くから宮中で昆布が慶事に用いられてきた事が武家に伝わり、戦いの前の験担ぎに繋がったのではないかと考えられる。ちなみに、大相撲の土俵には今もなお、勝栗・昆布・塩・スルメ・洗米・榧(カヤ)の実の6品が、場所中の安全、国家安泰、五穀豊穣を祈る儀式と共に埋められているそうだ。

このように古来より縁起物とされてきた昆布だが、「喜ぶ」の他にも縁起物たる所以がある。昆布について続日本紀に記された時は今と漢字表記が異なり「広布(ひろめ)」と表されていた。この「ひろめ」が結婚披露宴を「お披露目」と呼ぶ語源となっているという説があるのだ。伝統的な結納の品として昆布が挙げられることからも、語源として相応しいのではないだろうか。お披露目が行われる背景には、家と家の結びつきやお世話になった方との繋がりを重要視し、ご縁を大切にする日本らしい和の精神が存在しているのだろう。400年以上の歴史を持つ伝統芸能である歌舞伎の襲名披露の際にも「お披露目」という言葉が用いられ、芸者の挨拶まわりも「お披露目」と呼ばれる等、日本人にとって馴染み深いものとなっている。そのような慣習の語源が昆布だなんて、何だか感慨深い。

古い歴史を持ち、多くの人に食され、親しまれている昆布だが、私にとっても大変馴染み深く、身近で、無くてはならない存在である。利尻、羅臼、日高、函館、釧路、根室などの昆布の産地では、毎年夏に昆布漁の最盛期を迎える。

  • (c) Toko Jinno
  • (c) Toko Jinno
  • (c) Toko Jinno
  • (c) Toko Jinno

夏に昆布の産地である港に行くと、昆布が干場に干されていたり、乾燥機で乾かしていたりするため、昆布の良い香りが漂っているのだ。海風に乗って昆布の香りが鼻をつくと、今年も昆布の季節がやって来たのだな、と嬉しくなる。

(c) Toko Jinno

漁を終えた船が次々に港に帰ってくる活気と、みんなの変わらない笑顔を見るとさらに嬉しくなって、こちらまで笑顔になってしまう。昆布の香りは縄文時代から変わらないのだろうか。縄文時代の人たちも、この香りで季節を感じたり、食欲をそそられたりしていたのかもしれない。

いにしえより海に在る昆布は、当たり前だが波に揺られたくらいで抜けてしまっては生存できないので、しっかりと海底にへばりついている。そのため、海から引き上げる作業はコツや力が必要だ。カギ付きの棒に昆布を絡ませて獲るのだが、私は一本も引き上げることができなかった。水圧も加わり、中々手強い。しかし漁師さんたちは素早く、一度にたくさん引き上げ、あっという間に船がずっしりと重い昆布でいっぱいになっていく。引き上げた昆布はすぐに乾燥作業に入る必要があるため、港に着くや否や干場に運ばれる。昆布が乾いた後も、昆布を束ねて運んだり、等級別に分けたり、分けられた昆布の検査を受けたりと、多くの工程を経てお店に並ぶ昆布になっていく。

  • (c) Toko Jinno
  • (c) Toko Jinno

昆布好きの方は色々試されていると思うが、昆布の産地でも、出汁を取るのはもちろん、魚を煮付ける時に昆布を少し切ってポンと入れたり、冷蔵庫に昆布水を作っておいて調味料のように使ったり、おやつとしてそのまま食べたり焼いて食べたりして親しまれている。地域によって昆布の種類が違い、味や特徴も異なるため、私は色んな種類の昆布を食べ比べてみるのが好きだ。合う料理もそれぞれ違うことから、個人的にマイペースに楽しんでいる昆布料理研究は、一生かかっても終わらないかもしれない。ハレの日も普通の日も、日本人にとって身近で、色々な形で楽しませてくれる昆布。私たちの口に入るまでには多くの人が関わり、じっくりと時間を掛けていくつもの行程を経ていることに思いを馳せてもらえたら嬉しい。

第6回 へ続く

プロフィール

神野 東子(じんの とうこ)

神野 東子 (c) Toko Jinno

荒々しく、時に優しく、自分の仕事に誇りを持つ漁師たちの生き様に惚れ込み、同行して撮影する船上カメラマン。釧路市生まれ。海とともに生きる漁師たちのさまざまな表情を追いかけると同時に、魚食の普及や後継者不足解消に向け、学校と連携した講座等を行う。富士フイルムフォトサロン札幌、豊洲市場内「銀鱗文庫」、豊海おさかなミュージアム等各所で写真展を開催。