水産振興ONLINE
水産振興コラム
20215
船上カメラマンとして見つめた水産業
神野 東子
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世界最大のタコ

タコ焼きやお寿司、タコ飯などとして、世界一タコに親しんでいるのが我々日本人だ。何の因果か知らないが、世界最大のタコが他でもない日本に生息している。正確には、アラスカやカナダを含む北太平洋から日本の東北以北の海に生息しているようだ。そのタコは、真冬に旬を迎えるミズダコである。肉質の柔らかさが特徴のため、タコ焼きやタコ飯として食べるよりも、タコしゃぶにしたり、サッと塩茹でしてお醤油と一味唐辛子、または酢味噌で和えて食べたり、オリーブオイルに調味料を加えてカルパッチョにして食べたりするのがおすすめだ。個人的にも大好きなミズダコだが、目の当たりにするととても大きく迫力があり、何度見ても圧倒される。それもそのはず、腕を広げた大きさの平均が3m〜4mもあるのだ。タコと言われて真っ先に思い浮かぶのは「明石ダコ」としても有名で、最もよく食べられているマダコであろう。その体長が約60cmであることからも、ミズダコがいかに大きいか想像していただけるだろう。過去には何と約9mもの個体が見つかったというのだから驚きだ。

(c) Toko Jinno

さらに驚くのはその漁法である。「空(から)釣り縄」という底はえ縄漁法で、エサの付いていない針を縄にくくり、それを海底に仕掛け、そこを通ったタコが引っかかるという仕組みだ。

タコ漁といえばタコ壺が最も有名だろう。甲殻を持たないことから、岩場などの住処を求めるタコの習性を活かし、弥生時代から行われている漁法だ。タコ壺に入るタコは何となくイメージできるが、エサのついていない針に大きなタコがかかるなんて不思議だな、と思うのだが、こちらも大正時代から受け継がれているという伝統的な漁法なのだ。ミズダコの漁は他にも、タコ籠漁や樽流し漁などがあるが、今回写真で紹介するのは空釣り縄漁である。主に北海道の太平洋側で行われている漁だ。

空釣り縄漁は、タコの他は青森県下北地方のアンコウ漁などで行われているくらいであるため、非常に珍しい漁法といえる。北海道民でも、空釣り縄漁の存在を知らない人がほとんどだ。さらに、漁具やその扱い方も特徴的で、タコ漁の時期に番屋にお邪魔すると、港での様子とは打って変わって皆静かに真剣に作業をしている光景に息をのむ。

(c) Toko Jinno

その作業は「縄さやめ」といわれ、タコと一緒に引き上げられた縄や針などの漁具を綺麗に整えていくのだ。次に海底に縄を入れる時、効率良く仕掛けるための準備作業だ。気が遠くなるような数の漁具たちがそこここに積み上げられている。それを、4〜5人の乗組員のほか、家族など2〜3人の協力で、漁が休みの日を中心に「縄さやめ」していく。肝心要の針と、荒波に揉まれ貫禄を帯びた縄たちを、一つ一つ丁寧にかつ素早くザルの上に並べていく動作はまるで職人技だ。綺麗に並べられた漁具からは、漁師さんたちやご家族の思いが感じられ、愛おしく感じると同時に、芸術作品のようにも見えてしまう。こうして漁具と向き合う時間を、大正時代の人たちも過ごしていたのだろうか。

(c) Toko Jinno

そんな仕掛けを頼りに進められる漁の最中は、タコを逃さないよう片時も海から目が離せない。常に海面に集中し、縄を引きながら揚がってくるタコを待ち受ける。タコが針に掛かっているのを確認すると、素早く準備し、揚がると同時にカギ付きの棒で引っかけ、魚槽の中に入れる。この繰り返しだ。重くて大きなミズダコを水揚げするには、タイミングや棒の使い方にコツがありそうだ。じっと集中する作業が続くのだが、半日ほど沖にいることもあるという。それが、マイナス二桁台の日がざらにある真冬の北海道の洋上で毎年行われている。

(c) Toko Jinno
(c) Toko Jinno
(c) Toko Jinno
(c) Toko Jinno

大海原にぽつんと浮かび、漁をするのが漁船だ。暑い日も寒い日も沖が仕事場である漁師さんたちには本当に頭が下がる。日本の漁は、小さな魚や貝を獲る漁もあれば、世界一大きなミズダコを獲る漁まである。針にかかった大きなタコが揚がる様子を見ると、日本の海の豊かさ、海の不思議さを感じずにはいられない。なぜこの小さな針にこんなに大きなタコが掛かるのか?こんなに大きいのには理由があるのだろうか?どんな場所でどんな風に過ごしているのだろうか?など、考えれば考えるほど疑問は尽きない。結局のところ、タコに聞いて見ないと分からないのだろうか。海には不思議がいっぱいだからこそ魅力的なのかもしれない。地球の歴史、生命の歴史を考えると、今現在生きている私たちに分かることなんてほんの僅かなことなのかもしれない。それでも海と向き合いたいし、惹かれ続けることだろう。これから先どんな発見があるのか、自分の目で見て、感じられる景色はどんなものがあるのか、楽しみに過ごしたいと思う。

第5回 へ続く

プロフィール

神野 東子(じんの とうこ)

神野 東子 (c) Toko Jinno

荒々しく、時に優しく、自分の仕事に誇りを持つ漁師たちの生き様に惚れ込み、同行して撮影する船上カメラマン。釧路市生まれ。海とともに生きる漁師たちのさまざまな表情を追いかけると同時に、魚食の普及や後継者不足解消に向け、学校と連携した講座等を行う。富士フイルムフォトサロン札幌、豊洲市場内「銀鱗文庫」、豊海おさかなミュージアム等各所で写真展を開催。