水産振興ONLINE
水産振興コラム
202311
船上カメラマンとして見つめた水産業
神野 東子
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遠洋マグロ船

今年の春、マグロ船の撮影のため静岡に出向いた。行き先は、全国有数の冷凍マグロの水揚げ量を誇る静岡県清水港。富士山の近さと荘厳な佇まいに圧倒されながら、マグロの水揚げやマグロ船の入出港が見られるという何とも贅沢な港だ。近くで富士山が見守ってくれているせいか、風も爽やかに感じる。そんな中、水揚げの様子や船上で使う荷物を船に積み込む仕込みの様子を撮影させてもらった。初めて遠洋マグロ船の撮影をする私は、まず仕込む荷物の多さに驚く。漁に使う道具から船員さん達の飲み物まで、段ボールに詰められたさまざまな物が船員さん達の手によってどんどん船内に運ばれていく。シャンプー等の日用品や衣類も、それぞれスーツケースに入れて持ち込む。清水港を出港した後も海外の寄港地で食料等の補給はできるが、慣れ親しんだ日本の物を積み込めるのはここまでだ。

(c) Toko Jinno

ここだけの話だが、撮影にお邪魔するまでのマグロ船に対する私のイメージは酷いものだった。「借金のカタに乗せられる」という都市伝説は昔からよく言われているし、この上なく強面の人ばかりが乗っているのだろう、と思っていた。私の住む北海道ではマグロ船との関わりが薄いため、北海道の漁師さんに「マグロ船の撮影に行ってきた」と言うと、そんなヤバいことさらっと言って大丈夫?!という驚いた顔をされてしまう事もあった。昔人づてに聞いた情報から更新されていないらしい。北海道のみならず、昔の印象的なエピソードが一人歩きしている状況が長年続いており、現在のマグロ船の様子について知る人は少ないようだ。

さて、仕込み作業を終えると、これから約10ヶ月の航海に備えて試運転を行う。船の心臓といわれるエンジンを中心に、機関室にある大切な機器たちが入念に時間をかけて点検されていく。漁を支えている機械がいかに重要か、改めて痛感する。

(c) Toko Jinno

試運転で向かう先は、今回お邪魔させてもらった第87長久丸の母港である三重県尾鷲の三木浦漁港。綺麗な海と緑いっぱいの山に囲まれた、自然豊かで長閑な港だ。コロナ禍でできずにいた新造船のお披露目も兼ねて入港する。夕方に清水港を出港し翌朝三木浦漁港に到着という事で、船員さん用のひと部屋をお借りし、使わせていただいた。

(c) Toko Jinno

日が沈もうが布団に入ろうが、船内は揺れている。月明かりの海は昼間の表情とは一変し、飲み込まれそうなくらい真っ暗だ。揺れに対してできることは無く、体が慣れてくれるのを待つだけ。もし自分が漁師だったら、船酔いしない体になれるのだろうか。聞くところによると早い人で1週間くらい、人によっては2~3ヶ月でようやく体が慣れるのだそうだ。体が慣れると、眠る時に感じる波の揺れが心地良いらしい。私はまだ揺れを味方にできず、あまり眠れずに朝を迎えた。

何度見ても感動する海での朝日とともに1日が始まる。良く晴れて心地良い天気のなか三木浦漁港に着くと、お披露目のための大漁旗の準備だ。赤や黄色に染められた大きな大漁旗が次々と掲げられていく。大漁旗特有の色彩が白い船に映え、そよ風や青空が美しさを引き立ててくれる。大漁旗の色彩、大きさ、華やかさには、富士山のように日本人の心に響く何かがあると思う。船員さんや地元漁師さんによって彩られた船は、小さなお子さんからお年寄りまで皆を笑顔にしていた。

(c) Toko Jinno
(c) Toko Jinno
(c) Toko Jinno

地元の皆さんへのお披露目という一大行事を終え、次に待っているのは出港前の最終準備だ。清水港に戻り、漁で使う餌積みの作業が行われる。遠洋マグロ延縄漁船では、イワシやサバ、イカなどが餌として使われている。

(c) Toko Jinno

凍結された餌は、大きな冷凍室に次々と積まれていく。ここでも積み込む餌の量の多さに驚きつつ、10ヶ月の航海を前に船員さん達はどんな気持ちなのだろう、と思いを巡らせてみる。

第87長久丸には、今回初航海の2人と2航海目の2人が乗船していた。お話させてもらった中で印象的だったのが
「これまで何となく周りに同調して進学先や就職先など選んで来たが、ふと立ち止まって考えてみた」という内容だった。大学在学中の就職活動を経て、このまま何となく周りが喜ぶような就職先を選んで何となく結婚して…という未来になるのだろうな、と直感したそうだ。そんな時、YouTube番組「遠洋漁師になるって夢を叶える動画っ!」(https://www.youtube.com/@japantuna2479/videos)」 と出会い、年に数回全国各地で開催されている漁業就業支援フェア(漁師.jp)をきっかけに就職の決断に至ったという。

人生色々ある中で、周囲に同調してあまり目立たずに無難な道を生きられた方が楽なのかもしれない。反対に、自分で考えて周囲に驚かれるような決断をし、その道を歩んでいくには覚悟や勇気が必要だ。後悔のない選択をするには、覚悟や勇気を持つ必要があるだろう。後悔ない選択をするために、自分としっかり向き合って決断をした彼らを私は尊敬している。沖で過ごした彼らはどんな表情をしているのか、どんな体験をしてどんな事を思うのだろう。皆は今世界のどの海で漁をしているのか、気になる日々が続いている。

出港してから約4ヶ月後の9月某日、第87長久丸はリゾート地としてヨーロッパの人々から人気のグランカナリア島・ラスパルマスに入港した。その様子も撮影させていただいたので、次回紹介したい。

第12回 へ続く

プロフィール

神野 東子(じんの とうこ)

神野 東子 (c) Toko Jinno

荒々しく、時に優しく、自分の仕事に誇りを持つ漁師たちの生き様に惚れ込み、同行して撮影する船上カメラマン。釧路市生まれ。海とともに生きる漁師たちのさまざまな表情を追いかけると同時に、魚食の普及や後継者不足解消に向け、学校と連携した講座等を行う。富士フイルムフォトサロン札幌、豊洲市場内「銀鱗文庫」、豊海おさかなミュージアム等各所で写真展を開催。