水産振興ONLINE
水産振興コラム
20207
船上カメラマンとして見つめた水産業
神野 東子
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せんじょうカメラマン

初めて会う方に「お仕事は何をされているのですか」や「どちらの所属ですか」などと聞かれると、少し勿体振って「実はせんじょうカメラマンなんです」と言ってみる。すると「え!どんな場所に行ってるんですか」と驚いた表情で聞かれ、私は驚いてくれたことへの嬉しさを隠しつつ「主に釧路沖です」などと答えてみる。その時の相手のさらに驚いた顔や、脱力とともに笑顔が漏れる様子を見るのがここ数年の楽しみである。ちなみに、驚きのあと「なるほど!それいいですね!」と楽しそうに言ってもらうのが特に好きだ。

そんな私は、フリーのカメラマンとなり9年ほどで、被写体を水産業に絞ってからは5年ほどになる。“船上カメラマン”として活動している写真家は私しかいないようで、お陰様で「変わっているね」や「よくやるね」といったお声を頂戴する。被写体を水産業に絞ることになったきっかけは、漁師さんたちの清々しさだった。

港町である北海道釧路市で生まれ育った私だが、漁の様子を見たことが無いのはもちろんのこと、漁港に足を運んだことさえほとんど無かった。同級生の親が漁師、という経験も無く、周りに釣り好きがいなかったせいか、漁港は関係者以外入ってはいけないのではないか、怖い人たちばかりなのではないか、という訳の分からない不安を抱えていた。しかし、住んでいた場所は少しだけ海が見えるほど漁港の近くだったため、辺りが静まり返る夜中に勉強をしていると、船のエンジン音が聞こえたりした。その時、こんな時間でも働いている人がいるのだな、なんてぼーっと考えながらも、何だか勇気づけられていた。船上カメラマンになってから、あの時聞いたエンジン音はこんな船でこの魚を獲っていたのか!と分かると、中学生の頃の記憶と繋がり、変わらず続けられている漁業というものが、まるで故郷そのもののように思えた。

高校卒業とともに故郷を離れていた私だが、ひょんなことから釧路市に戻り、フリーカメラマンとしてイベントの撮影や観光誌の撮影をしていた。もともと人物を撮影するのが好きだったことから、ある日、地域で活躍する人の表情を写したいと思い立った。その中で、漁師さんの表情も撮らせてもらえないだろうかと、漁協に相談に伺ったのがはじまりだった。まずは水揚げ現場においで、と言っていただき、ドキドキしながら撮影日を迎えた私に衝撃を与えたのが、先述した漁師さんたちの清々しさである。

港で船の到着を待っていると、秋サケを乗せた定置網漁の船が帰ってきた。「来た来た!」と漁協の方が言うと、こちらに向かっている白い物体が、遠くに小さく見えた。船名がはっきり見られる程近づいたら、これでどのように漁を行うのだろう、と鑑賞する間もなく、キビキビと皆が動いて機械も動き、刻一刻と目の前の情景が変化していく。船艙に入った秋サケを船員さんたちがあうんの呼吸でタモに入れ、選別台の上に広げられ、選別作業が行われる。その光景を見たとき、大げさではなく、漁師さんたちが輝いて見えたのだ。敢えて言葉にするならば、シンプルであることの尊さと美しさを感じ、感動した瞬間だった。この時の光景と自分の心情は今でも鮮明に覚えているし、忘れてはいけない瞬間のような気がしている。

(c) Toko Jinno

この出来事をきっかけに、船の上ではどのように作業をしているのだろう、他の漁は一体どんな様子なのだろう、と次々に疑問が沸いて、いてもたってもいられなくなった。もしかしたら、漁港近くに暮らしていた、小・中・高校時代にずっと密かに抱えていた疑問でもあったのかもしれない。それと同時に、こんな素晴らしい仕事風景があまり知られていないなんて勿体ない、この命がけの現場は多くの人に知ってもらわなくては!と、勝手に使命感に燃えたのであった。

(c) Toko Jinno

こうして港に通う日々が始まるのだが、漁師さんに話かけるのは新聞記者でも雑誌記者でもない、ただのカメラマン。「漁師さんの仕事を伝えたいと思っています」「ゆくゆくは写真展をしたいと思っています」などと目一杯思いの丈を伝えていたが、心許なかったであろうと思う。実際に写真展を開催し、地元の新聞等でご紹介いただいて初めて認識していただいたのではないかと推察する。撮影に応じてくださった方たちには、本当に感謝しかない。

(c) Toko Jinno

写真展をすると、魚を好んで食べる人は多いが、漁業の現場の様子は想像以上に知られていないことを実感する。日本は、国土面積は193カ国の中で61位であるにも関わらず、EEZの面積は世界6位という海洋国家だ。さらに、四季を通じて日本中で美味しい魚が食べられ、スーパーでも回転寿司でも何十種類もの魚が並ぶという唯一無二の国。洋上で働く漁師さんたちの姿を見てもらえたら、海がより身近になり、日本の海が果たす役割がいかに重要かを見直すきっかけとなることを期待していたりもする。

漁港に行けば漁船があって、漁師さんたちの息づかいを感じさせる当たり前の光景がいつまでも続き、なおかつ日本の漁業全体が良い方向に進んでいくことを願ってやまない私は、一人でも多くの方に現状を伝えるべく明日も撮影に出かける。と言いたいところだが、新型コロナウイルスのため自粛中である(5月下旬現在)。

第2回 へ続く

プロフィール

神野 東子(じんの とうこ)

神野 東子 (c) Toko Jinno

荒々しく、時に優しく、自分の仕事に誇りを持つ漁師たちの生き様に惚れ込み、同行して撮影する船上カメラマン。釧路市生まれ。海とともに生きる漁師たちのさまざまな表情を追いかけると同時に、魚食の普及や後継者不足解消に向け、学校と連携した講座等を行う。富士フイルムフォトサロン札幌、豊洲市場内「銀鱗文庫」、豊海おさかなミュージアム等各所で写真展を開催。