1. 八戸港版SDGs推進宣言
2019年6月24日に、青森県八戸市の水産関係6団体が、2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)のうちのゴール14「海の豊かさを守ろう」を目指した取組を実行するため、「八戸港版SDGs推進宣言」を行った。これまでSDGsに向けて取り組むという宣言は様々な企業や地方自治体が行ってきたところであるが、国内の港湾単位として、そこを利活用する水産関係団体が合同して行った日本で初めての宣言である。
宣言を行った八戸市の水産関係団体は、八戸漁業指導協会、八戸みなと漁業協同組合、八戸機船漁業協同組合、株式会社八戸魚市場、八戸魚市場仲買人協同組合連合会、八戸商工会議所の6団体であり、漁業者中心に水産流通業・加工業者が一丸となって取り組むこととしている。また、特筆すべきは、沿岸漁業者と沖合漁業者がまとまって取り組むところである。
八戸は東北地方の代表的な水産都市であるが、近年、漁獲量の減少などに苦しむ。関係団体は、海洋環境に対する問題意識を持ち、海を守る努力をするため、SDGsの取組を進めていく必要があると考え、SDGs推進宣言として八戸から第一声を上げることとした。
SDGsのゴール14では10のターゲットが設定されているが、そのうち発展途上国向けや国家が取り組むターゲットを除いて、八戸ではターゲット14.1、14.2及び14.4を対応していくものとして挙げている。
(1) ターゲット14.1
2025年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に陸上活動による汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する。
(2) ターゲット14.2
2020年までに、海洋及び沿岸の生態系に関する重大な悪影響を回避するため、強靱性(レジリエンス)の強化などによる持続的な管理と保護を行い、健全で生産的な海洋を実現するため、海洋及び沿岸の生態系の回復のための取組を行う。
(3) ターゲット14.4
水産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の生物学的特性によって定められる最大持続生産量のレベルまで回復させるため、2020年までに、漁獲を効果的に規制し、過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的な漁業慣行を終了し、科学的な管理計画を実施する。
これらのターゲットについて、八戸では以下の取組を行うこととした。
(1) ターゲット14.1に関する取組
漁業者は通常操業時に回収する海洋ごみを海に戻さずに持ち帰る。また、その持ち帰った海洋ごみの陸上処理の仕組みを構築する。
(2) ターゲット14.2に関する取組
船の大小に関係なく、漁獲された魚についての情報収集を行う。得られたデータは持続可能な資源利用の視点も入れて分析し、将来的なエコラベル取得のための基礎データとするほか、ターゲット14.4の取組でも利用する。
(3) ターゲット14.4に関する取組
漁獲証明書を簡単・確実に発行するシステムを研究することで、違法な漁獲を防ぐことを目指す。漁獲証明書は、既存のものに比べより手軽に発行でき、流通事業者にとっても使い勝手の良いものとする。
以上のとおり、八戸では、海洋ごみ対策、漁獲データ、漁獲証明書に関する総合的な取組を行うこととしているが、ここでは、ターゲット14.1の海洋ごみの持ち帰りについて紹介する。
2. 漁業者による海洋ごみの持ち帰り
海洋ごみについて、特に海洋プラスチックごみ問題については、ここ数年世界的な関心が高まっており、重要かつ喫緊の課題とされている(「水産振興」第618号参照)。この海洋ごみ対策においては、廃棄物の適正処理、ポイ捨てや不法投棄の防止等ごみを海洋に流出させないための取組はもちろんのこと、ごみを回収する取組も重要である。
しかしながら、一度海洋に流出したごみの回収はなかなか難しい。日本全国各地で海岸に漂着したごみの回収は行われているものの、海洋に漂流している又は海底に堆積しているごみを回収するのは困難であり、通常の産業活動の中で回収できるのは、漁業のみである。
漁業、特に底びき網漁業と呼ばれる海底で網を曳く漁業では、操業時に漁獲物とともに少なからず漁網にごみが混入する。残念ながら、操業効率や費用負担の問題からこれらのごみは海に戻されることが多いが、これを漁業者に港まで持ち帰ってもらい、陸上で処理する体制が構築できれば、海洋ごみの回収の一翼となる。
この入網ごみの持ち帰りに、全国に先駆け、県を挙げて取り組んでいる県がある。香川県である。香川県では、漁業者、内陸を含む全市町、県の協働による「海底堆積ごみ回収・処理システム」に2013年から取り組んでいる。具体的には、漁業者が底びき網等に入網したごみをボランティアとして持ち帰り、分別し、漁港にある回収コンテナで保管する。このごみを市町が運搬・処理を、市町が処理できないごみについては県が業者に委託して運搬・処理を実施する。そして、ごみの処理費用は、県及び内陸部を含む全市町が負担するというものであり、「香川県方式」と呼ばれる。政府関係者の中では、海洋ごみ対策として、この漁業者による回収を広げていくべきではないかという意見が上がった。
また、沖合底びき網漁業の全国団体である一般社団法人全国底曳網漁業連合会からも入網ごみの持ち帰りに取り組みたいという声が上がった。海洋環境の問題に対応していくに当たって、漁業者から入網ごみの持ち帰りに取り組みたいという要望があり、これを推進できないかというものである。
このような状況の中、環境省と水産庁は、漁業者が操業時に回収した海洋ごみについて、漁業者への負担に配慮してその持ち帰りを促進するため、環境省の「海岸漂着物等地域対策推進事業」による補助金等を活用して、都道府県及び市町村が連携し、市町村の処理施設の活用も含めた処理を推進することとした。この方針は、同内容は2019年5月に関係閣僚会議で策定された「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」に盛り込まれるとともに、同年6月に都道府県宛に環境省及び水産庁の通知が発出され、同内容の周知が図られた。
3. 八戸での漁業者による海洋ごみの取組の検討
上記の漁業者による海洋ごみの回収への補助金の活用は、SDGsについての取組を検討していた八戸に追い風となった。八戸の関係者は、2019年6月以降、環境省及び水産庁の担当者から補助金の活用方法等について聴取し、現在、2020年度からの取り組み開始に向けて、青森県や八戸市の行政等と調整を行っている。八戸で行おうとしている取組は2点ある。
1点目は、通常の操業時の入網ごみの回収である。底びき網漁業等で回収された海洋ごみを漁業者が持ち帰り、陸上に設置したコンテナに入れ、それを市が処理するというものである。ただし、まずは一連の操業で最後の漁網に入ったごみを持ち帰ることからスタートすることとしている。大小様々な漁業があり、どれくらい八戸全体として集まるのか見えない中で、回収されても処理が滞ってしまっては意味がない。加えて、たくさん回収されたとしても船上にごみを一時的に保管しておくスペースも限られるため、まずは現実的にできるところから始めるということである。
2点目は、閑漁期の海底清掃である。網を曳いてもなかなか魚が獲れない春の時期に、日を決めて船を出して一斉に掃除びきを行う予定としている。
これらの取組は、まだ検討中のことではあるが、水産関係者が主体となって、SDGsや海洋ごみ対策として、何ができるかを考えて行動を起こしているという点で重要である。海洋ごみが減れば将来的に漁労作業の軽減にもつながっていくというメリットもあるが、漁業の持つ多面的機能を発揮することで、水産界が海洋環境問題で効果的な役割を果たすこととなる。2020年度からの八戸での取組実施と、今後の他の地域への取組の広がりを期待したい。