水産振興ONLINE
水産振興コラム
20218
豊洲市場 水産物流通の心臓部
第11回 終わりに
八田 大輔
(株)水産経済新聞社

東京・豊洲市場の活性化には仲卸業者や日々出入りする買出人・一般消費者のニーズを正確に把握し利用者の満足度を高める取り組みにつなげる必要があるとの認識で、豊洲市場協会などは2019~20年度に利用実態調査を行った。本連載の最終回では、同調査の実施から取りまとめまでを行った検討委員会座長を務めた東京海洋大学副学長の婁小波教授(58)がその結果を念頭に置き、豊洲市場関係者に提言した。

婁教授 婁教授
「取引コスト」引き下げ効果
観光、ECなど新機能付加を

水産物流通で、豊洲市場(をはじめとする卸売市場)が担っている本質的役割は変わらず今日まできているし、今後も変わらないと考えている。集荷・分荷・信用・情報提供・品揃え・品質評価・価格形成・金融決済の基本機能は、今も重要な役割を果たしている。

特に大事なのは価格形成機能で、豊洲の相場は全国の建値(たてね、売買の基準価格)となるケースも多い。水産物では生産者が中小・零細中心なので、需給調整の機能がより重要。セリ・入札から相対へと価格決定プロセスは変わってはいるが、鮮度・品質で判断する鮮魚では欠かせない。

卸売市場経由率が落ちても、こと鮮魚を中心とした取引に限れば卸売市場の地位は揺らがず、鮮魚の取扱量の減少は日本国内の沿岸漁業の漁獲減ペースとほぼ一致する。

近年盛んなEC(電子商取引)で鮮魚流通がいま一つ広がらないのは、卸売市場の基本機能が、目にみえない「取引コスト」引き下げに力を発揮していることの証明だろう。取引成立までの営業活動にかかる営業経費、与信管理問題や過不足・欠陥品なく取引するための管理費などの「取引コスト」。市場外ではこれらすべてを負担する。だが、人とモノが自然に集まり、大量の取引が日々整然と行われている卸売市場では「取引コスト」の負担が少ない。

マグロ卸売場のセリ。国内外から魚が集められ、多くの仲買人が日々決められた取引時間に集まる仕組みは市場外にはない マグロ卸売場のセリ。国内外から魚が集められ、多くの仲買人が日々決められた取引時間に集まる仕組みは市場外にはない

社会環境に何か大きな変化があるたび、水産物流通では中間流通を外そうとする “産直” ブームが幾度となく来たが、そのたびに鎮静化しては卸売市場流通に回帰してきた。ブーム当時から今日まで残った “産直” は、安全・安心、環境にやさしい、持続可能であるなどの付加価値にプレミア価格を払える人々に利用されている一部のみだ。こうした実態が、「取引コスト」の面で卸売市場流通が優位であることを示している。

流通効率を高めるという視点からだけだと「中抜き」の発想に至りがちだが、単純に「中抜き」すると取引上のリスクを含めた「取引コスト」は跳ね上がる。卸売市場を経由することでリスクをヘッジ(回避)できる。

機能そこそこ満足

われわれが行った利用実態調査によると、築地市場から豊洲市場に移ったことで、基本機能に対する満足度が大きく変化した様子は予想していたほどみられなかった。大半は豊洲の機能に “そこそこ満足” していた。

一部、築地に比べると仕入れに時間にかかることや交通アクセスの悪化、駐車場の使い勝手への不満が見てとれた。これが「取引コスト」上昇と判断されて移転直後にあった客離れとなり、仕入れ代行業者(納め屋)の台頭につながったのだろう。ただ、これは運用の面で今後改善可能だ。

また、一般的に食の拠点は観光資源として評価され将来のブランド形成につながるものなので、業務上の多少の支障に目をつぶっても観光面の強化を図る必要があるだろう。

最適を選ぶ目利き

目利めきき” と呼ばれている卸売市場の品質評価機能は、しばしば最高のものを選ぶ力と誤解されがちだが、商品の品質を見極めて実需者のレベルに合わせて最適なものを引き当てる力にたけていることを指す。

この “目利き” がしにくいことが嫌われてか、現在も豊洲全体が勢いのあるECと距離があるようにみえる。ただ、うまく連携できれば、定価・定量を要求する大手量販店・スーパーのバイイングパワーにする糸口となりうる。EC側からすると卸売市場の集荷・分荷・品揃え機能や配送・加工サービス機能を使えて「取引コスト」を下げられる。連携することで双方にメリットがある。

漁獲減や新型コロナウイルス拡大などで厳しい状況は続いているが、市場関係者は事業環境が好転するのを待つばかりでなく、観光面の強化やECとの連携の模索など、新たな機能を付加するチャレンジにもっと前向きに取り組んではどうだろうか。

つづく

プロフィール

八田 大輔(はった だいすけ)

1976年静岡生まれ、名古屋大学文学部日本史学科卒業。上京して富士通系列のシステム会社でシステムエンジニアとして3年勤務した。退社後は日本ジャーナリスト専門学校スポーツマスコミ科に学び、卒業間近の2006年1月に(株)水産経済新聞社の編集記者に転じた。16年4月から報道部部長代理。中心的な取材分野は、卸売市場を中心とした流通全般、鮮魚小売業全般、中食産業全般など。専門商材はウナギ、干物類。そのほかの担当エリアとして北陸3県(富山・石川・福井)、福島県、千葉・勝浦、静岡県東部/西部。