東京・豊洲市場の前身の旧・築地市場場外に、銀座を有する中央区の生鮮市場「築地魚河岸」はある。築地の活気と賑わいを将来に継承する施設として出発。豊洲でも営業する仲卸業者らの店約50が1階に並ぶ。豊洲で仕入れた生鮮品を早朝はプロ向け、午前9時から一般向けに販売する。第10回は番外編として、築地魚河岸事業協議会理事長を務める豊洲のマグロ専門仲卸、(株)樋栄の楠本栄治社長(66)を取り上げる。
プロ向け販売が施設の強み
中央区が用意した「築地魚河岸」に入場を決めたのは、当時の新橋や日本橋、京橋、銀座といった徒歩や自転車で仕入れに来ていたお客さまからの「豊洲市場は遠すぎる。行きたくない。行き来するのが大変だ」というお声を多く聞いたからだ。豊洲市場への移転の準備を進める一方で、当時は樋栄として「築地魚河岸」内に出店することを都が許していなかったから、別の法人の(株)築地樋栄を設立して息子に任せることにした。
現在は、早朝に豊洲市場でマグロを仕入れ、自分は豊洲の樋栄で商売をしたあとに、「築地魚河岸」側にある事務所に移動して、築地樋栄の帳場の仕事をして息子の店の仕事をフォローするのが日課になっている。
移転がいったん延期となり築地市場が営業を続けていた間は、人の行き来やモノの行き来がまだ活発だった。そのため、慣れない小売業に最初のうちは戸惑いながらも、「築地魚河岸」の手が足りない時は場内から気軽に応援を呼べるなどできたので、現場を回すことができた。
苦労したのは豊洲市場への移転後に、極端に客足が鈍った半年~1年ほど。私たち出店者は「プロの人に来てもらってこその『築地魚河岸』」というのを共通理念として出発した。ちゃんとした商材を常に仕入れることをしないと、お客さまからの信用は得られないという思いがあったからだ。移転後の一般客の減少で、共通理念を軽視した出店者が厳しくなった。
出発時点では58いた事業者は、現在は退店や新規出店がそれぞれあって50事業者になっている。ただ、現在も営業する業者は、オープンした当初の共通理念を守ってきたことが奏功し、プロの買出人と一般客それぞれにひいき客が付いている。自分たちの築地樋栄の例でいえば、売上高の比率は、プロの買出人が5割に対し一般客が5割の割合だ。
プロの買出人向けと一般人向けの2つの顔を併せ持った施設
料理好きから支持
「築地魚河岸」のスタイルは、昨今のプロの買出人のニーズに合っているように思う。というのも、プロの皆さまが一度に使う食材の量が減り、仕入れ単位が1箱から1尾単位で、1尾からフィレーやサクの単位で、と小さくなっているからだ。
私たちは最終的に一般客向けの販売を想定しているから、細かい単位での販売には慣れている。買出人からすれば買ったものを3~4日かけて売るより、近場の「築地魚河岸」に足を運べば新鮮なものを毎日売れる。廃棄ロスの削減にもなる。
新型コロナウイルスで観光だけの人々の来場が減ったのも私たちには追い風となった。デパ地下が一時休業していた時期に、良質な魚を求めて近隣にお住まいの皆さまがここに足を運び、落ち着いて買うことができると、その何割かが定着してくださった。販売価格は卸値に近いし、魚の種類は豊富で料理好きの人は売場を見るだけで楽しい。そういった点からも支持を得られたのであろう。
付帯機能が課題に
「築地魚河岸」自体への大きな不満はない。家賃の問題が取り沙汰されたことはあったが、公設市場の豊洲市場と比べたら当然で、同じ築地場外市場の皆さまと価格帯は同程度だ。しかし、駐車場や荷捌きスペース、魚アラや廃棄物などの収集場などの付帯機能に乏しい。使えていた都有地が東京五輪・パラリンピック開催の関係で使用不能になってしまったので、安定的に使える付帯機能を至近に確保することが目下の最大の課題といえる。
築地市場は再整備の計画が頓挫した時点で、当時の衛生事情からもあのままではいられなかった。ただ、移転先で現在の仕入れ拠点の豊洲市場は縮小傾向にある市場規模からすれば過剰な設備に思えるし、付帯機能の部分は一般の観光客に目が向きすぎて、肝心のプロ向けの駐車場が足りていない。そうした部分からの早期改善が必要なのではないか。(つづく)