第6回では、漁師を増やすというテーマで、漁師を増やすためにフィッシャーマン・ジャパン(以下、FJ)が取り組んできた内容を説明しました。我々の食卓に魚が登場するまでには、漁師だけでなく、多くのプレーヤーたちの存在が必要不可欠です。そこでFJが次に取り組むのは、水産加工会社を初めとした、漁師が魚を獲った後の水産業を守る人達の育成です。現状の課題や、どのようなアプローチで取り組んでいるか解説していきます。
漁師を増やすだけでは解決しない
食卓に魚を届けるために多くの人が働いている
漁師以外にも、市場で働く人、水産加工業者、小売店など、水産業には多くのプレーヤーが存在し、日々連携して働いています。魚を獲る漁師がいなければ何も始まりませんが、同時に、魚を水揚げした後に働いてくれる人もいなければ、消費者に魚を届けることができないのです。
さらに水産業は、その特性からも、特定のエリアに生産・市場・加工・販売の現場が集まっています。水産業で成り立っている地域では、漁師以外にも市場や加工、販売など、それぞれの役割を担う人が一人でも欠けると、地域全体の経済は衰退してしまいます。だからこそ、特定の一社だけでなく、地域全体、産業構造全体に向けたアプローチが必要なのです。
やはりここでも。水産加工現場での人手不足、経営者の高齢化
第6回でもお伝えしたように、漁師の人手不足や高齢化は深刻です。水産加工会社などでも、震災前から同様の問題が起きていました。漁師よりは、就業場所・時間や給与体系など、働き方としては安定しているかもしれませんが、待遇面ではまだまだ都市部からは見劣りすることも。さらに、漁獲量の減少や、魚の消費量の減少などで、厳しい経営環境を強いられてきました。そこに追い打ちをかけるように東日本大震災が起こり、さらに状況は悪化したのです。
経営者の高齢化も問題となっており、2022年の漁業従事者の平均年齢が56.4歳と、経営者の高齢化が進んでいます(農林水産省「漁業構造動態調査」より)。後継者がいなければ、経営が続けられず、廃業を余儀なくされるケースも多く、これが地域経済にも悪影響を及ぼします。また、厳しい経営環境だからこそ、付加価値をつけて売上げを上げていかないといけないのですが、海外輸出など新規事業に取り組む人材がいないなど、人材に関する問題に頭を痛めていました。
震災後、前に進もうとする人たち
石巻市では、東日本大震災で工場が全壊した会社も多く、震災を機に廃業する会社も増加。当時は、補助金などで施設はなんとか立ち直ってきたものの、漁場などが壊滅的な被害を受ける中で、これから事業をどうしていったらいいか、経営陣も従業員も不安でいっぱいの状況。
しかし、明るい兆しもありました。一度は地元を離れたものの、困難な状況にある地元のために、家業を何かしたいと考える跡継ぎが少しずつ帰ってきたのです。そんな若くて志の高い彼らと、これからの水産業について何度も議論を重ねました。そこで、地域全体をよくするためには、これまではライバルだった水産加工会社同士も協力しあい、一つの会社では取り組みが難しかった課題(経営スキルの向上、右腕人材の育成、従業員の採用など)に挑戦していこうとなりました。
そこからFJは、漁師が魚を水揚げした後の段階で活躍する人材の育成に力を入れ、特に水産加工会社に焦点を当てた取り組みを展開していくのです。
【取り組み内容】
SeaEOとは?
まず、水産加工会社での採用支援、経営サポートを行いました。三陸の水産業を本気で変えようとしている経営者の右腕となる人を「SeaEO」と呼び、SeaEOの採用と育成を行っています。研修プログラムやメンタリング制度を整え、水産業に飛び込む人たちのサポートもしています。
やりがいしかない、幅広い募集内容
石巻市を中心に、マーケティング、クリエイティブ、広報、経営企画、輸出、販売など、これまでの水産業の枠を超える仕事での募集を行っています。求人サイトでは、水産業改革への熱いメッセージとともに、詳細な条件がまとまっています。
SeaEO採用
https://seaeo.fishermanjapan.com/
地域の経営企画部や人事部として
SeaEOだけでなく、経営者自体にも常にサポートを行っています。地域全体を見ながら、経営者としてどうしていくのがよいか、経営に近い人材の誘致や育成に関しても、密なやり取りをしています。起業したいという人や副業人材も巻き込むための活動もしていて、最近では水産業のデジタル化である水産DXの分野の支援まで幅広く行っています。よく「地域の人事部です」と言ったりしています。
インターン
さらに、経営者や右腕だけでなく、実際に現場で働く人の採用支援も行っています。全国の大学生や、地元の水産学校の学生、副業人材をターゲットとしたインターンも実施しています。また、もっと手前の段階で興味を持ってもらえるように、キャリア相談などのイベントも随時開催しています。
このようにして、経営者から従業員の人まで、採用だけでなく、働きやすい環境をどう作るのかというのを考えて動いています。現在は、水産加工会社だけではなく、石巻の水産業構造内のプレーヤーにどんどん支援対象が拡大しています。
成果とこれから
目に見える成果で周りを巻き込んでいく
嬉しい成果として、支援先の働いている人の平均年齢が10歳以上若返ったような水産加工会社がありました。インターンも、地域外からこれまで200名以上が集まり、そこから10名以上が地域内の水産加工会社に就職しています。FJ内で働く人もいて、いろいろな場所で、次世代を担う若者の目覚ましい活躍が見られます。
SeaEOやインターンで入った人材が、会社の中で新たな風を巻き起こしながら、新たな事業を任されたり、活躍している姿に、私たちも元気をもらえます。そのような事例が可視化され、地域の同世代経営者も一緒に何かやろうと、コミュニティとしてもどんどん輪が広がってきました。
取り組みの中では一貫して「オープンにすること」というのを大事にしています。地域の水産加工会社は、基本的に家業がベースで、ブラックボックス的な面も多いです。そのような中で、実際支援先の会社の中に入ったりしながら、経営状況や問題点などを可視化したり、現場の職場環境改善のために、動いていきました。1社だけでなく、みんなで共有しながら少しずつ変えられるところから始め、今では20社近くの水産加工会社がともに切磋琢磨しています。現場や経営者と一丸で取り組んできた結果、石巻市の水産加工業界のいいスタンダード、そしてコミュニティができてきたと思っています。
チャレンジングな課題にも一歩ずつ
SeaEOやインターンを通して、業界のために挑戦したいという若者は数多く来てくれるのですが、そこから就職して、実際に職場で受け入れられるには、まだまだ課題も多いのが現実です。新しい風は、会社を大きく変えるきっかけにもなります。水産業の現場に来るハードルをどう下げていくか、前向きな変化を現場が受け入れるための社内変革など、やるべきことは尽きません。
本チームとしての軸は、石巻及び周辺地域の産業構造をどうよくしていくかというところで、これで完結というものはなく、変化させ続けなくてはいけないと思っています。そういう意味で、地域の人事部のような役割はずっと必要だと感じています。
スピード感を持ちながらも、時間をかけるべきところには、じっくり時間をかけて並走し、ステップは1歩ずつ踏んでいくというのを大事にして、もちろん、変わらない部分も受け止めながら、地域をよくするためにやりぬくという意識で取り組んでいます。
そんな中で、FJとしては日本の水産業の未来をよくするという視点もあるので、ここまでの実績を他地域でも転用し始めているところです。北海道、東北、富山など、複数拠点、複数社に展開しています。ここで重要なのは、FJだけで進めるのではなく、現地のパートナーとなる団体に、採用支援プログラムや、地域の中で変化を起こすロジックというのを託すこと。現地に合ったやり方で運用しつつも、しっかりと実績に基づいたプログラムとして展開することが、人的資源の観点からも、より着実に浸透していくと考えています。
【まとめ】
水産業の未来を支えるためには、漁師だけでなく、水揚げ後の人材の育成も欠かせません。FJが取り組む「SeaEO」やインターンプログラムを通じて、地域の若者や外部からの新たな人材が水産業に加わり、活気ある経営や業界のイノベーションを推進してきました。地域に密着し一人ひとりとの関係性も大事にしながら、同時に日本の水産業も変えていく。チャレンジングな課題と向き合いながら進んでいます。
ここまでは人材に関する取り組みを説明してきましたが、水産業は大前提として、海に魚がいなければ成り立ちません。海洋環境悪化が深刻化する中で、我々が当事者として、海のサステナビリティにできることは何か?次回ではその取り組みを紹介していきます。
(第8回に続く)