ここ数年、全国の漁業現場から「魚が獲れない、海が壊れてきている」という悲痛な声が上がってきています。また、気候変動や海洋環境の悪化といった問題が、海の生態系に影響を及ぼし、水産業が持続可能なものではなくなりつつあります。そのような海が抱える大きな課題を解決するために、我々が設立したのが「フィッシャーマンジャパン・ブルーファンド」。このファンドはビジネスの力で豊かな海を取り戻し、持続可能な水産業を実現することを目的にした海洋環境保全特化型のインパクトファンドです。本記事では、ブルーファンドの意義とその仕組みを解説します。
海に魚がいなければ、水産業は成り立たない
漁師たちの声「最近、魚が獲れなくなってきた」
全国の漁業現場で働く漁師たちや魚屋である私も、年々海の変化、魚の変化を感じています。特に近年は海水温の上昇が顕著で、漁獲減、水揚げされる魚種の変化、養殖物の斃死、海の貧栄養化による魚の小型化など大きな変化を感じずにはいられません。フィッシャーマン・ジャパン(以下、FJ)もこうした現実に日々直面し、危機感を強くしています。
海洋環境という大きすぎる問題
この10年、FJでは水産業を変革していくために担い手育成や水産会社支援、ブランディング、販路開拓など様々なアクションを起こしてきましたが、それも全て「海に魚がいる」という大前提がありました。水産業は、豊かな海洋環境という大きな土台があってこそ成り立つ産業です。その土台が壊れかかっている今、水産業だけをどうにかしようと思っても限界があり、もっと大きな視点で、土台である海洋環境を直さなくてはいけません。
しかしながら、海洋環境保全といった課題はものすごく広大で、FJだけで出来ることではありません。それに本来、海は公共物であるため、民間企業が単体でどうこうできることではなく、国や行政がやることなのかもしれません。ですが、『いつか誰かがやってくれる』それを待っていたら、もの凄いスピードで進む海洋環境悪化を止められなくなります。だからと言って憂いてばかりもいられません。日本では多くの企業やスタートアップが技術革新を繰り返し、従来では解決できなかったことも出来るようになって来ています。そのような技術を持つ企業やスタートアップに実証実験の場や資金を提供できれば、海洋環境悪化を食い止められるのではないか、そう考えました。そして、まだ日本には存在していなかった海洋環境保全特化型のインパクトファンドを設立することを決意しました。
ファンド設立まで
ブルーファンドは2022年3月から金融型クラウドファンド運営会社のミュージックセキュリティーズ(MS社)と立ち上げの準備を開始しました。MS社は2011年3月に東日本大震災が起きた際に、どこよりも早く被災地応援ファンドを立ち上げ、全国の支援者から集めた資金を被災事業者へ提供し、事業再建の支援を進めました。私の実家の鮮魚店もMS社を通じた全国の支援者からの投資で事業を再建しました。
前述の通り、我々は強い使命感により環境保全特化型のインパクトファンドを設立することを決意しましたが、FJは金融機関ではないので、資金集めもファンド運営もできません。そのような中でお金の力で、ビジネスの力で社会をよくしていこうという志をもったMS社と意気投合しました。
「ブルーファンド」で海の未来を守るってどういうこと?
「ブルーファンド」とは何か?
ここからはブルーファンドの仕組みを説明します。フィッシャーマンジャパン・ブルーファンドは、日本初の海洋環境保全特化型のインパクトファンドです。インパクトファンドとは、通常の投資ファンドとは異なり、社会的な課題解決を望む投資家から資金を集め、社会性の高い事業や企業に投資することで経済的リターンと社会的リターンを同時に追求していこうという投資ファンドです。
インパクトファンドは、さまざまな業界で活用が進んでいます。例えば、教育業界では、中学生・高校生向けに IT・プログラミング教育サービスを提供する事業へのインパクト投資が行われ、IT人材不足の解消という社会的インパクトが期待されています。福祉の領域では、知的障害のある作家が描くアート作品に関連する事業に対し、障害者への偏見が払しょくされる社会的インパクト創出を目指して投資が行われたりもしています。医療分野や貧困地域の課題解決を目的とした事業への投資など、世界では約180兆円(2022年)、国内でのインパクト投資残高は11兆5414億円(2023年)※と市場は急拡大しています。
※ 『日本におけるインパクト投資の現状と課題 2023年度調査』
(一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)発行/GSG国内諮問委員会 監督)
漁業と海洋保全を両立する投資の仕組み
フィッシャーマンジャパン・ブルーファンドは匿名組合出資の仕組みを使って投資を行う仕組みを採用しました。1社あたり数千万円を資金として提供し、売上高の成長に応じて分配金を受け取る手法です。匿名組合出資では提供した資金は負債の部に計上され、株式取得を前提とした株式投資とは異なります。そのため資本金のない個人事業主等にも投資が行えるうえ、株式会社等にとっても株式の希薄化(発行株式数が増えることで1株の権利内容が小さくなること)を伴わないため経営の支配権を維持しながら資金調達できるといった利点があります。
MS社がファンド組成・運用を担い、FJが投資先の発掘、投資先の事業拡大の伴走支援を手掛けることで、資金のみならずノウハウ等も提供して海洋環境保全を加速させます。
ファーストペンギンへの勇気
最初に直面した壁は投資家集めでした。日本初の海洋環境保全を目的としたインパクトファンドということもあり、投資家を集めることに時間がかかりました。興味を示した投資家は沢山いたのですが、ファーストペンギンにはなって頂けず、様子を見させて欲しいという回答ばかりでした。そんな状況が一年半ほど続いて半ば諦めかけていた時、海洋環境保全そして水産振興への思いがある機関投資家が「ブルーファンドと共に海の未来を作っていきたい」と賛同してくださり、ようやく最初の投資が実現しました。
デューデリジェンスと評価の難しさ
インパクトファンドでは、社会的リターンと経済的リターンの両方を見据えた評価が必要です。投資対象となる事業や企業の成長性や持続性を判断するため、詳細なデューデリジェンス(投資判断のための調査)が欠かせませんが、そこにまた特有の難しさがあります。
そこで、インパクトの測定方法についても何度も議論を重ねました。たとえば、「海にどれだけ魚が増えたか」を数値化するのは現実的に難しく、海洋のインパクト測定には非常に難題でした。そこで、事業に応じて、食害魚の減少や海洋プラスチックの削減といった異なる指標を用いることにしました。
実際に投資された企業たちの事例紹介
いろいろな難関を乗り越え立ち上げたブルーファンドは、第一弾として、2社への投資を行いました。初の投資案件となったのが、株式会社ベンナーズ(福岡県)と株式会社リマーレ(三重県)です。
ベンナーズは海藻を食い荒らすような食害魚などを漁師などから集め加工し、手軽に食べられるミールキットにして通販するサブスクリプション(定額課金)型のサービスを手掛けるベンチャー企業です。学校給食に採用されるなど知名度も高まっています。
一方リマーレは、廃漁具や海洋プラスチックを再生して建築材などを作る企業で、海洋プラスチックを加工しデザイン性の高い家具や日用品に作り変えアパレルブランドなどに販売しています。
投資先の事業については、次回以降でお伝えしていきますが、投資した両社に共通するのは、海洋環境に悪影響を及ぼす魚やゴミに、独自技術やマーケティングで付加価値を与えることです。そのような社会課題を解決しながら利益を追求するビジネスは、想いに共感してもらいやすいのですが、社会課題を解決したから売り上げが増えるという性質のものではないため、事業継続や資金確保が課題です。そのようなビジネスに対して投資を行うことで、海洋環境をよくしていくための一歩となればと思っています。今後も第二弾、第三弾と投資先を増やしていきたいと考えています。
まとめ
水産業界を取り巻く現状は、気候変動や海洋汚染といった深刻な課題が山積しており、海洋環境保全が急務です。フィッシャーマンジャパン・ブルーファンドは、持続可能な漁業、水産業の実現のためビジネスの力で海の課題解決を進めていきます。次世代に豊かな海を残すための挑戦が今まさに始まりました。
(第9回に続く)