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20247
日本の浜を元気に! - フィッシャーマン・ジャパンの挑戦

『水産業の当たり前を変える』~三陸から持続可能な水産業への挑戦~
第4回 水産業の常識を疑う

津田 祐樹
株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング 代表取締役社長

東日本大震災を機に立ち上がった、フィッシャーマン・ジャパン(以下FJ)。未来の海を守るべく、これまでの業界の常識に捉われずみんなで力を合わせてやろうと動いてきました。この記事では、水産業が長らく抱えてきた問題点や、温暖化や環境変化に伴う漁獲量減少が深刻化する現状を、FJ津田が魚屋としての目線から見ていきます。そして、問題を打開するための、FJの新たな取り組みについて詳しく探ります。

1 水産業界の中からみた、水産業が抱える課題

水産業の当事者として、水産業がなぜ長らく協力体制を構築しにくかったのか、その背景と問題点について見ていきます。

˙ 「誰よりも早く、多く」狩猟というDNA

食料生産に関わる一次産業というと農業と漁業が挙げられますが、その産業構造には大きな違いがあります。農業は自分で土地を所有することができ、自分の土地で作った作物は自分のものです。そして近隣農家と協力して水を引くなど、共同で農作業を行うことも一般的でした。一方漁業は、海という公共資源を利用するため、漁師達は同じ漁場で漁をする他の漁師達よりも早く、より良い漁場を見つけ、より多く漁獲することが求められてきました。漁業、水産業の根底に流れているのは狩猟民族のDNAです。このような歴史的背景から、漁業、水産業の現場では地域全体で協力して何かをやるより、個々の利益を追求することが当たり前となっていました。

˙ 獲れば獲るだけ儲かる仕組み

漁業においては、漁師の収入が「数量×魚価」で決まるという基本的な仕組みがあります。海洋環境の変化や乱獲で水揚げ量が減ってくると、収入を増やしていくにはさらに漁獲を増やすか、魚価を上げて行く必要があります。しかし、魚価を上げるというのは漁師個々の取組では容易ではなく、結果、大小問わず魚をたくさん獲らないといけない状態に陥っています。この構造では、目の前の魚をより多く獲ることが収入を増やす唯一の方法という短期的な視点を助長してしまいます。これが続くと、持続可能な漁業を妨げ、乱獲により魚が獲れないなどのリスクを招く可能性があります。そしてそれが地域の水産流通会社や水産加工会社の衰退にも繋がります。

˙ ルール不在で正直者は報われない

本来、水産業は地域全体で取り組むべき産業です。海という公共資源を利用する以上、水産業の持続可能性を保つためには、地域全体で協力し、資源管理を徹底する必要があります。海は繋がっているため、ある漁師が環境によくない方法で漁をしたら、周辺の漁師たちにダイレクトに影響が及んでしまいます。だからこそ、ルールが必要なのです。
しかし、現在でも漁獲枠などのルール整備が追いついていないため、漁師は目の前の魚を獲らざるを得ないという現実があります。ある漁師は「毎日何十年と魚を獲っているから、魚が獲れなくなっている現状も一番わかっている。でも、自分が獲らなかったら、誰かが獲ることになる。結局はズルをした人が儲かって、正直者が損をする。それならば自分が獲った方がいいとなる。だからこそルールを作ってほしい。」と話しています。

˙ 志は同じでも、ご近所がライバル関係

前述の通り、漁業の現場では周囲の漁師同士、水産会社は常にライバル同士でした。そして私のような魚屋と漁師の間でも同様です。漁師は魚を1円でも高く売りたいのに対し、魚屋は1円でも安く買い叩きたいと考えるため、両者の利益は一致しません。この利益相反のため、漁師と魚屋はお互いを信用しにくく、協力し合う体制ではありませんでした。震災後も、みんなが何とかしないとという想いは持っていましたが、この対立構造が障壁となり、なかなか腹を割って話し合い、共同で取り組むことが難しかったのです。

2 震災後、どん底からの明るい兆し

そのような中で起きた東日本大震災。三陸の水産業は本当に大きな被害を受けましたが、同時に産業構造に変化を起こせるチャンスでもあると私は思いました。しかしながら、長らく硬直化した産業構造は中々壊すことができず、どうしたらよいのかと悶々とした日々を送っていました。そんな折、ヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)が三陸に復興支援に入ってきました。彼らはヤフーショッピングの仕組みを利用して被災事業者の商品販売の支援を始めました。そしてある時、ヤフーの長谷川さんから「いろんな浜に入っていくと、あちこちに志の高い漁師や魚屋がたくさんいるし、みんな同じような思いを持っている。一度みんなで集まって話し合ったらどうか」と提案されました。

当初、私も漁師達も半信半疑でしたが、実際に集まって話してみるとすぐに意気投合しました。こんなに熱い漁師達が同じ三陸にいたのかと心が震えたのを今でも覚えています。こうして長年当事者だけでは作ることが難しかった協力体制は第三者の介入により実現したのです。まさに、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンの誕生の瞬間でした。

メンバーと腹を割って、繰り返し思いを語るなかで、一つの仮説が生まれてきました。これまで漁業や水産業の儲けの根源は、漁場、漁法、育成方法、仕入れ先や売り先などの情報を隠すことでしたが、情報が瞬時に広がる現代においては、オープンイノベーションの方が効果的ではないかという仮説です。業界常識を打ち破り、情報を隠さず共有し発信することで、販路開拓や新しい人材を呼び込むことが出来るのではないかと思いました。

その仮説を基に、一般社団法人設立後はSNSを中心に情報発信を進めました。そうすると漁業や水産業に関わりたかったけど関わり方が分からなかった人、漁業や水産業で働きたい人、顔が見える水産物を買いたい消費者、生産者と一緒にプロモーションをしたい飲食店など多くの人から連絡を頂くようになりました。これによりオープンイノベーションのほうが上手くいくと実証されたのです。従来の業界常識から脱却し、良いことも悪いことも嬉しいことも困っていることもどんどん発信するようにしました。

水産業界は保守的で新しいものに対する抵抗感が強いことも事実です。我々の取り組みを冷ややかな目で見る方も沢山いました。それでもSNSなどを活用し情報発信を続けながら、少しずつ業界が変わることを期待し新しい試みにも果敢に挑戦しています。

3 天然モノや鮮魚だけじゃない、さらなる“美味しさ”の追求

魚自体への当たり前も変わりつつあります。
今までは、魚屋である私自身も、“魚は生じゃなきゃいけない”、“産地直送こそが強み”、“天然の鮮魚が一番” という考え方でした。今なおスーパーや飲食店でも天然を売りにした販売が当たり前ですが、必ずしも天然が一番美味しいとは限りません。当然魚には旬の時期とそうでない時期があります。旬を外れた魚は、必ずしも美味しい訳ではないので、「天然=美味しい」が当てはまらないこともあります。また、天然だとしても、流通に時間が掛かってしまい、消費者が消費する頃には大分鮮度が落ちてしまっていることもあります。

私達が重要視するのは消費品質と消費鮮度。昨今の冷凍技術の発展により、その考え方は変わりつつあります。これまでの冷凍は『保管』の意味合いが強かったと思いますが、最新の冷凍技術を活用することで、旬の一番美味しい時期の魚を最高の状態と鮮度で時間を止めて消費者まで運ぶことが出来るようになりました。

実際、FJが仙台空港に出店している「牡蠣と海鮮丼 ふぃっしゃーまん亭」でも、海鮮丼は生が当たり前という常識を打ち破り、最新の冷凍技術を活用した海鮮丼を提供しています。「これが冷凍の魚なの?」とよく聞かれるほど、本当に美味しいのです。もちろん、鮮魚も美味しいですし、冷凍技術の進化で、美味しさの選択肢がぐっと広がったと感じています。

「牡蠣と海鮮丼 ふぃっしゃーまん亭」の海鮮丼

さらに、冷凍に切り替えることは水産物を扱う業界の産業構造や働き方の改革にも繋がりました。弊社もコロナ前は鮮魚を売りにした飲食店を経営する中で、年々上がる食材コスト、人件費、物流コストなどで中々儲けが出づらい業界だと当然のように思っていました。しかし、冷凍技術が向上している事実を目の当たりにし、ふぃっしゃーまん亭では、産地でスライス加工までした冷凍魚を使い “鮮魚を一切使わない” という選択をしました。結果として店舗では魚を解凍して盛り付けるだけなので、職人を採用せずに運営ができます。鮮魚だと廃棄ロス、保管場所、ゴミ処理の問題が挙げられますが、冷凍であればロスが出にくく、収益性も高まったのです。さらに産地側も、加工により付加価値が向上しました。

4 行動して見えた次の課題

このように、水産業の当たり前を打ち破るべく、我々ができることを、足掛け10年、様々なアプローチで行ってきました。しかし、自分たちだけでやっていても限界があり、出来ないことが山ほどあるということに気づいたのです。そこで、水産業の未来のために、もっと多くの仲間たちと力を合わせるべく、業界内外問わず、様々な人たちとの連携を模索していきました。次回の記事では、今までFJが行ってきた、業界内での連携や異業種との連携の事例をご紹介します。

第5回に続く

プロフィール

津田 祐樹(つだ ゆうき)

株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング 代表取締役社長
宮城県石巻市出身のグロービス経営大学院卒業生。石巻魚市場の仲買を経て、東日本大震災の被害を受けて2014年にフィッシャーマン・ジャパンに参画。2016年には販売部門を株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングとして分社化し、代表に就任。国内外の販路拡大、飲食事業、コンサルティング、政策提言、海洋環境保全活動を推進し、日本の水産業の未来を切り開く。