現在、私は東京海洋大学大学院に在籍している博士前期課程の学生です。本コラムの第1回目を担当した堀正和先生に指導を仰ぎながら、ブルーカーボンの研究を進めています。具体的には、ワカメ養殖とコンブ養殖を対象に、それらが吸収しているCO2量を詳細に数値化する研究をしています。
ブルーカーボンを研究分野に選んだのは、私の実家が宮城県石巻市にあり、ワカメとコンブ養殖を行っているという背景があります。私の地元では、ワカメ養殖ロープとコンブ養殖ロープを組み合わせて設置されるはえ縄式での養殖を行っています。この方法では単位面積あたりのCO2吸収量を増加させることができるため、今後海藻養殖を大規模に展開していく上で、参考になる可能性があります。ブルーカーボンは家業と密接な関係があり、さらに、気候変動対策として世界的に注目されていることから、研究分野としました。現在はブルーカーボンを研究する学生の立場ですが、将来の漁業者としても本コラムを執筆させていただきます。
私がブルーカーボンに期待することは、人と人との交流の活発化、漁業者の経済事情の改善、漁業者の仕事に対する使命感・誇りの実感の3点です。現状感じている課題についてまずは書き記します。
1つ目は人と人との交流についてです。私が子供だった頃は、生まれ育った集落で、地域の契約会(地域コミュニティの集まり・寄合い)、婦人会、旧正月の行事など、地域住民による活動がより活発だったと記憶しています。しかし、昨今はあらゆる活動が少なくなるなど、地域社会のつながりが希薄になりつつあると感じています。職場が街中にある人の増加など、住民同士で関わる必然性が低下してきたことが原因かもしれません。都市部においては、習い事などで地域社会以外のコミュニティを充実させることも可能ですが、それが田舎では難しい場合もあります。日本全国で若者からお年寄りまで、以前より孤独を感じている人は多くなっているかもしれないと思うと、切なさを感じます。
2つ目は経済的な事情です。実際、長い人生を家族と共に、経済的にも文化的にも豊かに、健康的に生きていくことを考えると、労働環境も収入も必ずしも良いとは言えない仕事を、あえて選ぶには相当な理由が必要です。パートナーがいたとしても、結婚や出産を決意させるほど経済的に充足していないと、家庭を築くのも難しいです。地元の人でさえそうであるならば、他の地域から来た人が新しく漁業者になるにはさらに高いハードルがあるのは容易に想像できます。現在よりも、経済的な状況が改善されない限りは、漁業者になろうとする人はなかなか増えないと思っています。
3つ目は使命感や誇りについてです。現代では、「自己実現と社会貢献を感じる仕事」や「自由に楽しく稼いでいる仕事」をしている人の存在を知る場面も多いです。同年代の人が自分よりも恵まれている環境にあるという情報を知ったあとに、きつい作業に朝早くから向き合うのは、より辛さを感じさせるかもしれません。漁業者への憧れやかっこよさではなく、自分はあととりだから、他にやれることがないから、というような気持ちで、同世代が漁業者を選んでいるならば、その状況は切ないです。
しかしながら、気候変動対策として期待されているブルーカーボンに関する活動は、工夫して行うことでこれらの課題を改善できるかもしれないと期待しています。
地域住民や都市部からの人を巻き込んで交流しながら、藻場保全の活動や海藻養殖活動を行うような事例はすでにあります。そのような新しい活動をする上では、参加者に必然性を感じさせ、かつ何らかのメリットを感じさせることが必要です。ブルーカーボンに関する活動は、気候変動への対策という点から、必然性はある程度理解してもらえると思います。メリットとしては、収穫物を共に食べることによる周りの人との一体感、活動の達成感、地域や社会に貢献している感覚などの得難い経験を参加者に提供してくれる可能性があります。
また、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合の発行するJブルークレジット制度を効果的に活用できるのであれば、気候変動対策に関わる経済的な状況はある程度改善されると思います。吸収したCO2量をクレジットとして取引するこの制度では、企業から藻場保全や海藻養殖のための資金を受け取ることができます。積極的にブルーカーボンを増やす活動をおこなっていることが消費者に効果的に伝われば、その地域の海産物に対して良いイメージを持って購入する消費者も増える可能性もあります。大きな負担やリスクがなく、資金を得ることができるこの制度は、漁業者の経済状況を改善できる可能性があります。
さらに、ブルーカーボンに関する活動は「世界的な気候変動の課題解決に向けて貢献している」というヒロイックな気持ちを漁業者に持たせる活動になり得ると考えています。藻場造成や海藻養殖など海を管理する中心になれるのは漁業者です。CO2吸収量的には微々たるものであっても、それらの活動は「自分たちにしかできない」という使命感が漁業者の仲間内で広まったのなら、活動への意欲も増すと思います。また、全国各地の漁業者が活動のPRをしていくことで、地球規模の課題に積極的に関わろうとするたくさんの漁業者集団の存在が世間に認知されるかもしれません。それによって、世の中が漁業者の活動を賞賛、応援する、漁業者に魅力的なイメージを持つ可能性があります。ブルーカーボンに関する活動は、使命感や誇りを漁業者に与えてくれるだけでなく、長い間で定着してきた既存の漁業者のイメージを良い方向に変え得る可能性があると思っています。
このような期待が寄せられるブルーカーボンに関する様々な社会実装が進んでいますが、世界中の科学者の研究による裏付けが無ければそれも実現し得なかったことを考えると、科学や科学者への尊敬の念を感じます。現在は研究者として、ブルーカーボン分野で参考になる研究結果を提供することを目指すと共に、将来的には実務者としてブルーカーボン生態系を利用した気候変動対策に貢献できるよう精進したいと思います。
(第16回へつづく)