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水産振興コラム
202212
ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい
第16回 結びに変えて:ブルーカーボンで日本の浜を元気にするために
堀 正和
国立研究開発法人 水産研究・教育機構
第8回袈裟丸さんが気候変動対策として復活させた海藻藻場 第8回袈裟丸さんが気候変動対策として復活させた海藻藻場

コラムも最後の連載となりました。この最終回まで全15回、行政、研究者、漁業者、企業など多方面から寄稿していただいたおかげで、いまや不可避となった温暖化対策について、海辺ではどのようにブルーカーボンを展開していけるか、展開していく上での問題点は何か、包括的に考えることができました。本コラム全体の内容をまとめると、行政では、各省庁が脱炭素社会の構築にむけて、ブルーカーボン吸収源の制度化と海藻バイオマス活用の推進を目指していました。それを受けて、地方自治体が浜と一緒になって運用試験を開始していました。浜でも、漁業者が独自に取り組んできた藻場再生や磯焼け対策に加えて、気候変動対策という大きな目標をやりがいに変えて、よりいっそう活動を発展させようとする気概を感じることができました。このような動きに企業が賛同し、自社の社会への責任だけでなく、地球環境と人間社会の持続可能性を向上させるべく、熱意をもってSDGsの達成や気候変動対策に取り組む姿を垣間見ることができました。

自然を活用した気候変動対策

このように、個人の利益や企業価値を超えた“気候変動対策”という大きなうねりが海辺でも生じ、さらに活発化し始めたことは、ブルーカーボンの研究と実装の試みを続けてきた我々研究者にとっても大きな喜びです。国際社会では、ブルーカーボンのような自然生態系を活用した気候変動対策に大きな期待が寄せられています。工学的・化学的に温室効果ガスを吸収させる手法と比べるとその短期的な効果は小さいですが、コストがかからず、また社会の持続的発展に不可欠な生態系のコベネフィット(生態系が生み出すさまざまな価値:多面的機能)も同時に得ながら、生態系と生物多様性を保全しつつ、継続的に作用させることができます。工学的手法で問題となる、手法のシステム構築や材料・資材製造に関わる温室効果ガス排出も、自然生態系を使う手法では比較的小さくなります。国連が推進するNature based Solutions (NbS:自然生態系に根ざした解決策)という言葉を聞いたことがある方がいるかもしれません。今後、海辺の気候変動対策がますます大きく広がり、カーボンニュートラル達成への貢献度が大きくなっていくことを願っています。

ブルーカーボン生態系が吸収したCO2は、森林等のCO2のように国が認証するJ–クレジット制度の対象となっていないため、基準化された具体的数値として気候変動対策の成果を表現することができませんでした。自分が取り組んだ結果が数値として実感できることは、活動を続けていくうえで大きなモチベーションになります。そういった意味でも、コラム第3回で桑江さんが紹介されたジャパンブルーエコノミー技術研究組合でのJブルークレジットの試行は、大きな意味があると思います。海辺で活動する地元の環境団体や浜の漁業者のみなさんが行う活動と、SDGsの実績を求める企業が同じ数値基準で気候変動対策を議論できるようになり、海辺での気候変動対策で共働したり、地元で賄えない活動資金や人的資源を企業が提供することも可能になりました。さらには、海辺で創出されたCO2吸収量や、その副産物の海藻バイオマスなどを、必要とする都市の企業が購入することで、地方と都市部での資源循環を生み出すケースも容易に想像できます。本コラムに寄稿してくださった皆さんは、その仕組みづくりと実践を始められた方々でありました。制度もできて、やる気も十分というところかと思います。

このように強調すると、漁業者や企業が海辺で気候変動対策に貢献する、それが経済的側面にもつながり、補助金だけに頼らない持続的な活動への道がつくられるなど、いいこと尽くしの活動に見えるのも確かです。しかしながら、その実現にはクリアーすべき課題がまだいくつも残っています。それらのうち、早急に対処が必要になる問題点を最後に提起したいと思います。

課題1:非食用の海藻養殖

海草・海藻が繁茂する藻場は、多様な機能と価値を生み出すコベネフィット性の高い自然生態系です。特に我が国の水産業の現場では、食料資源を生み出す漁場や成育場所として、また過去には農業用肥料資源として重要視されてきた歴史があります。最近の国際社会では、CO2吸収源としての価値に加え、海藻類のコベネフィット性に注目が集まり、特に海水で育つバイオマス資源としての価値が大きくクローズアップされています。最近は、欧米を中心に海藻養殖と、養殖された海藻を使った海藻産業が急速に拡大を続けています。気候変動によって水不足等も深刻化し、陸上の草木をバイオマス資源として利用するのが難しくなりつつあることもその一因のようです。私たち日本人にとって海藻類は食料であり、特に海藻養殖は食料生産としての役割を担ってきました。しかしながら、CO2吸収源として海藻養殖を今後拡大させていくとすれば、養殖で生産された海藻類をすべて食用にすることは不可能です。海外と同じように、バイオマス資源としての活用が必須となってきます。企業の皆さんには、海藻バイオマス資源の利用技術の確立とその社会実装を実現してもらう必要がありますし、漁業者の皆さんには、バイオマス資源の活用に適した海藻養殖を実施してもらう必要があります。おそらく大量かつ安価に育てることが求められ、質の高いおいしい海藻を作ってこられた、これまでの養殖とは大きく異なるはずです。過去に事例のある肥料への活用なども再開するかもしれません。この違いを漁業者のみなさんに受け入れてもらう取り組みが必須と考えています。

課題2:コベネフィットの弊害

国内だけでなく、国際社会でも大きく価値を見出されている藻場のコベネフィットですが、逆にコベネフィット性が活動の仇となってしまうことがあり得ます。一つの活動がすべてのコベネフィットを向上させてしまうことで、既存の制度との齟齬が生まれてしまう可能性です。自然の藻場を対象にCO2吸収量を向上させようと活動し、藻場が大きく育って吸収量が向上した場合、その他の機能も向上することになります。この時、活動を従来型の補助金や特定の制度を利用して実施していたとすれば、目的以外で向上した機能や価値の恩恵をうけることはできなくなるケースがあります。反対に、藻場のその他の価値を向上させる活動を行い、同時にCO2吸収量が向上した場合、その恩恵を価値化することは難しい(例えば恩恵分を補助金から削除する必要が生じる)ケースもあるようです。至上命題である脱炭素社会の構築を最大限加速するために制度はどうあるべきなのかという観点から、藻場のコベネフィットの恩恵をくまなく活用できる制度としていくことが必要です。本コラム第6回で中里さんが紹介してくださった漁港漁場整備事業や水産多面的機能発揮対策事業においても、第2回で長谷さんが紹介してくださった沿岸漁場管理制度においても、そのような観点で知恵を絞って必要なら運用の見直しがなされるよう期待しています。

課題3:海辺の活用に向けた新しいルール作り

ブルーカーボンによって、海辺は海を生活の場とする方々だけでなく、社会全体の関心事へと変化しました。海辺の自然は本来、すべての国民に開かれた共有資本ですが、その管理は長い間、漁業者が担ってきました。そして今、漁業や水産業の場であった浜が起点となり、海辺での気候変動対策の活動を実施する機会が訪れているのです。第7回の川畑さんがおっしゃっていた「漁業者は優先的に海を使う権利を有しているので、海を管理して守る義務がある」は心に響きました。ただ、一般の方々から漁業者のイメージを聞くと、「海を使い放題に独占している」など、残念ながら真逆の言葉を聞くことが多いのも事実です。このような漁業へのイメージは、すなどる行為だけが先行して、第8回で紹介された袈裟丸さんのように、場(生態系)を養生している部分を、多くの一般の方が知らないことが原因と思います。ブルーカーボンはまさに場を管理し、林業と同じように「地球環境を守る」ことを表現かつ体現できます。一般の皆さんにも納得のいく、海の管理ができるのではないでしょうか。

一方で、一般の方々によるアナーキーな海の利用により、生態系が被害を受けることも多々あります。一方的な搾取活動だけを楽しむ、例えば潮干狩りでとれるだけ取りつくしてしまうケースなどです。ほしいだけ取っても良いだろう、どうせ自分が取らなくてもほかの人が取ると考えてしまう、典型的なコモンズの悲劇が生まれます。そのため、一般の方々の利用を制限せざるを得ない状況も確かです。社会の多くの方々が関与するブルーカーボンでは、海辺の活動に関する新しいルール作りが必要と考えています。お互いを良く知らないが故の漁業者と一般の方々との隔離や認識の違いを解消し、誰もが海辺の自然の価値や機能(自然資本と呼ばれます)を尊重し、自然資本から生まれる恩恵に感謝しながら、社会全体で楽しむ体制が構築できれば、ブルーカーボンの活動はますます拡大するはずです。また、ブルーカーボンがその体制構築のきっかけになればと思います。このことは、漁業者と企業の関係にも当てはまるかもしれません。海辺の活動や利用をめぐって、時には敵対する関係になることが多かった両者が、気候変動対策という共通の目標に向かい,海辺で共働できる素地ができつつあると実感しています。この意味でも、漁業関係者の主体性を生かした沿岸漁場管理制度の活用に期待したいと思います。

ブルーカーボンで海業を魅力ある職業へ

漁業はますます持続可能性が低い仕事になりつつあります。特に沿岸漁業は近年の気候変動の影響を強く受け、先祖代々の経験と知恵(国連ではこれを伝統知と呼び、科学と同等の価値があるとされています)をもってしても、旨く立ち行かなくなってしまった地域が多くなってきています。そのため、ただ生きていくために必要な糧を得ることができますが、収入面で課題があることも事実です。過去には、収入を安定化させるために、漁が振るわない、出漁できない時期には季節労働者として出稼ぎに出ることもありました。本コラム第13回で長谷川さんが述べられているように、若者に魅力ある職業へと変革させていく必要があります。

ブルーカーボンが地域と企業をつなぐ役割になり、若者が浜で働く機会とモチベーションが向上することを期待しています。コロナ禍の副産物としてテレワークや遠隔地勤務が現実となった今では、企業の社員と漁業を兼業することも可能になると思っています。漁業者として組合員の活動を行うと同時に、企業の社員としても貢献し、地域に定住しながら、安定した収入を得ることができれば素晴らしいです。このような考えは多くの方が昔から提案されていますが、ブルーカーボンはその提案を具現化できる攻めの一手になりえると思っています。地域の漁協と企業とが連携して気候変動対策を推進すれば、温暖化の緩和や生物多様性の保全に対する貢献はさらに大きくなっていきます。企業としても、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:企業が気候関連リスクの管理や環境問題等の取り組みに関わる財務情報を開示すること)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース:TCFDの生物多様性・生態系版)への道筋が明確化されるのではないでしょうか。

ここに書いた内容はあくまで理想論です。ただ、その理想論に近づくためには、研究者と、現場を担う漁業者と、対策を進める企業と、その連携を強化させる行政が一体となった活動が必要です。クレジット制度はその強力なツールになるはずですが、他国でのブルーカーボンクレジットの運用では、発展途上国との二国間取引など、問題のある使い方をしている事例が指摘されています。海藻利用と漁業の長い伝統と文化を有する日本から、ブルーカーボンによる気候変動対策と持続的経済発展の良い事例を発信していけるよう、多くの皆さんと共働し続けていきたいと思います。

アオウミガメの食害から気候変動対策として回復させたウミショウブ(熱帯性海草)と、その基部に産み付けられたイカの卵塊 アオウミガメの食害から気候変動対策として回復させたウミショウブ(熱帯性海草)と、その基部に産み付けられたイカの卵塊

プロフィール

堀 正和(ほり まさかず)

堀 正和

2003年北海道大学大学院水産科学研究科博士後期課程修了、博士(水産科学)。日本学術振興会特別研究員(東京大学)を経て、2006年独立行政法人水産総合研究センター研究員。現在、国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産資源研究所 社会・生態系システム部 沿岸生態系暖流域グループ長。2021年より、東京海洋大学大学院・海洋生命資源科学専攻 客員教授。