1. 大きく変化した戦後の漁業・漁村
連載タイトルにある「100年後の漁業・漁村」を私たちはどのように見つめるのだろうか。あまりに先過ぎて想像自体をあきらめてしまいそうにもなる。まずいったん過去に遡って、約20年刻みでその時間幅の感覚を確認してみたい。100年前ではないが、約80年前からの終戦(1945年)以降であれば、戦後の日本漁業を長らく担ってきた昭和1桁世代やその下の団塊世代の漁業関係者の話や文献等でなんとなく空気感がわかる。
戦後直後の漁村は、帰還者が流入し一時は漁業就業者が60万人余りにもなる過剰人口下にあった。漁業生産については、戦後数年して戦前の水準に戻った。高度経済成長期中の1965年前後は、消費者の所得の上昇により高級水産物の売れ行きが好調で、漁業者の所得も上昇した。その後、1970年代のオイルショックや200カイリ問題により漁業生産や水産物需要が減退したものの、1985年のプラザ合意により円高が進み水産物輸入を急増させつつ、旺盛な宴会需要をもたらしたバブル期に突入していった。この時期、水産物価格が上昇しつつも、他産業の労働力需要に吸収されて漁業就業者数は減少し続けた。バブル崩壊後のいわゆる失われた10年に続く2000年代半ばは、2008年のリーマンショックにより再度経済環境が悪化して水産物消費が減退した。そのような経済環境を引きずりつつ、戦後の水産業を担いかつ水産物を多く消費し水産物需給に大きな影響を与えた昭和1桁世代の多くが人生から退出しているこの2024年である。この80年で漁業・漁村が大きく変化したことがわかる。さて、未来はどうだろう。
地区住民数が30人を切っているものの、サポーターの協力を得て地区外の客を多く集め継続している。
2. 近年の漁業・漁村の状況と今後
(1) 漁業就業者
2023年漁業センサスによれば、2023年の漁業就業者数は5年前と比較して約2割減少し、かつ高齢化が進行している。若手漁業就業者の少なさは、漁村では一般社会以上に非婚化や少子化が進み後継者候補者が少ないことや、後継者候補者が引き続き他産業に惹きつけられてしまっていること等により、もたらされている。後継者(漁業者の息子)頼みではもはや漁業産業の持続性を持ちえない状況にある。それへの対応として各地で行われている新規就業者事業においては、定着が課題となっている。
(2) 漁業経営体
漁業経営体数も減少している。そのなかで割合としてはまだ低いものの、法人経営体数の割合が上昇しつつある。特に養殖で顕著である。この動きは今後も強まり、ロットの揃った定番水産物を安定的に大量に供給する法人経営体と、少量多品種で比較的単価が高い沿岸水産物を供給する小規模な個人経営体というように大きくは2極化していくと推察される。
(3) 漁村
地域人口や漁業就業者数、漁業経営体数の減少によって、漁村数も確実に減少する。限界集落化するところ以外にも、地域人口が比較的維持されても漁業就業者数が減少して漁村の性格を保持できない脱漁村化するケースも出現するとみられる。仮に地域にある程度の漁獲があったとしても、出荷する水産物のロットが揃わないことにより産地として評価されにくく、また物流ルートの確保や物流コストの点から経営として成立させることが困難な場合も多いと考えられる。
3. 将来
あらためて考えると、水産物の供給を規定するのは主に資源状況・技術・担い手である。これら水産物供給の主な要素のうち、担い手(漁業就業者や漁業経営体)については今後も減少基調が続くことが予想されるなかで、異業種参入も含めた比較的規模の大きい法人経営体が一定程度増加し、主にそれらが省力化・省人化や付加価値化を企図した機器を積極的に導入し、国内外の需要に向けて水産物の供給が行われていくという方向性は想像できる。資源状況については、魚種によって異なるが温暖化による海水温上昇が大きく影響する。温暖化の影響は飼育環境をある程度コントロールできる養殖についても立地の検討を迫ることになると考えられる。
今後、国際情勢が変化したり、国内外で災害が発生し、輸入が滞った際に、日本は果たして動物性たんぱく質を自給できるのかも気になるところである。水産物のみならず、日本の畜産及び魚類養殖の飼餌料の多くを海外に頼っている現状では、地域の多様な天然水産物を漁獲する技術、そしてそれを調理する技術を保持しておくことも重要であると考えられる。
そして最も重要なのは産業としても生業としても、漁業・水産業を前向きにとらえ、希望をもって挑む人達がいることであろう。実家が農家であった身からすると、昭和時代には農業・漁業はそんなに儲からないダサい職業という視線が強かったように思う。しかし、近年、農家数・漁家数の減少も関わり、農家や漁家は食料を生産する重要な仕事であり、併せていかに付加価値をつけて魅力的に販売できるのかという観点や意識が国民の間で共有されつつあるように思う。
産業としての漁業・水産業が大規模化・装置化していく状況下にあると判断されつつも、基本的には野生の魚介類と人が直接向き合うことは他産業にはない漁業と漁村の特徴であり、大きな魅力であると考える。小規模沿岸漁業・漁村においては、今後、次の漁業・漁村を担っていく世代の漁業者や水産業者、地域住民が実際的な連携の体制を構築して、漁業・漁村の強みや魅力、取り巻く状況等について共有するとともに、そこを各々の地域や漁業種類等の特質に即して漁業や漁村を強調していけるのかが大きな課題であると考えられる。私たちうみ・ひと・くらしネットワークは、その部分に寄与していけると自負している。
(連載 第9回 へ続く)