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水産振興コラム
202410
私たちが見つめるのは100年後の農山漁村

第6回 豊かな海の活動と発信

関 いずみ
一般社団法人 うみ・ひと・くらしネットワーク 代表理事

豊かな海へ

どこまでも青く透き通った海は美しい。けれど本当に大切なのは、適度な栄養分があり多くの生き物がバランスよく生息できる“豊かな海”だ。今回は、豊かな海の活動の実践と、そのことをもっと多くの人に知ってもらうために、魅力的な発信をしている兵庫県明石浦漁協さんの取組について紹介する。

明石浦の漁業

明石浦漁協は兵庫県明石市東部の住宅地の中に位置しており、底曳網や一本釣り、海苔養殖などが営まれている。水揚げされる魚の種類は100に及び、明石海峡の潮流に揉まれて身が引き締まった魚は「明石のまえもん」と呼ばれ高く評価されている。明石浦漁協の組合員数は約240名、内漁船漁業の専業が180名程、海苔養殖に従事しているのは60名程となっていて、全国的に漁業従事者の高齢化が進む中で、若手漁業者の参入も増えている。一方で近年魚が減ってきて、海苔についても色落ちの問題が起こるようになっており、これらの状況は、豊かな海の活動に取り組むきっかけにもなっている。

港の向こうには明石海峡大橋が見える

「豊かな海の活動」に向けた漁師たちの活動

明石浦漁協では、「豊かな海」をキーワードとして活動を行っている。海に必要なのは、透明度の高さのような見た目の美しさではなく、栄養と餌が豊富という真の豊かさだ。豊かな海でなければ魚を増やすこともできない。明石市の5漁協をはじめ、兵庫県では豊かな海づくりを掲げたさまざまな取り組みが継続的に行われてきている。

兵庫県で2004年から始められた「海底耕耘」は、海に投入した鉄製器具「耕耘桁(けた)」をロープに結んで船で引っ張り、海の底を耕して貝などの堆積物をかき混ぜることで硬くなった土や泥、砂を掘り起こし、中にたまっていた窒素やリンなどの栄養塩を放出する取り組みだ。海底耕耘以外にも、森づくり(植樹)や種苗放流などが行われている。これらの活動には、水質改善と魚を増やすという2つの目的がある。

海底耕耘の様子
写真提供:JF兵庫漁連

海の栄養面については、下水処理の際の窒素やリンについて、兵庫県が全国に先駆けて、これまでの上限値に加え下限値を設けて、一定以上の濃度で処理水を流してほしいと行政に働きかけ実現した。魚を増やす・守る活動としては、明石市漁連で、タコつぼの中で卵を抱いている母タコが入っていたら漁協が買い取って海に返す「子持ちダコ再放流事業」を実施している。

『かいぼり』ってなんだ?

「かいぼり」とは、ため池などの水を抜いて大掃除をすることで、ため池の維持管理のために行われてきた。ため池の数が全国一という兵庫県では、池底に溜まったリンや窒素などの栄養分を海へ放流することで豊かな海を再生することや、農業者と漁業者との協働を通して地域の連携や活性化へつなげていくことを目的として、かいぼり活動を支援している。明石浦漁協でも、2010年からかいぼりの手伝いに行くようになった。かいぼりにより栄養分の高い土が海に流れていくことで、海苔の色落ち対策なども期待されている。また、ため池がきちんと管理されていることで、台風時の浸水被害が回避されたこともある。

かいぼり活動の集合写真 写真提供は金山成美さん

漁師たちの活動を発信する

明石浦漁協では、漁業のことや海のこと、漁師たちが行っている豊かな海の活動のことを、もっと多くの人たちに知ってもらうために、現役の若手漁師がモデルになったポスターと、地元の漁業・水産業関係者が出演し、自らの言葉で語る動画をセットにして、情報発信している。これまでに、「いざ、耕す!」海底耕耘プロジェクト、「海へ、届け!」かいぼりプロジェクト、「守り、育む!」海の恵み保全プロジェクトの3シリーズが作成され、これらは明石浦漁協のHPから下記の「神戸TV」で視ることができる。「豊かな海へ」海底耕耘プロジェクトの動画は、「サステナアワード2021 伝えたい日本の“サステナブル”」(農林水産省・消費者庁・環境省主催)で、農林水産大臣賞を受賞した。

明石浦漁業協同組合 | KOBE_TV(神戸TV) (kobetv.jp)

漁師たちの意識が変わってきた

豊かな海の活動や情報発信の取り組みは、若い漁師たちの意識を変化させていると、明石浦漁協の戎本組合長は言う。第1作目の動画とポスターのモデルを明石浦の青年部長に依頼した時は、なんで自分がモデルをやらなきゃならないの?という反応で、最後は渋々承諾してくれた、という印象だったそうだ。けれども、動画が駅前や県庁で流されたり、ポスターが各所に貼られたりして、街を歩くと知らない人から「あ、あのポスターの漁師さん」と声をかけられるようになった。そうしたら青年部長自ら「やっていることをちゃんと伝えなあかん」と言うようになっていったのだという。第3弾を作成するときには、この青年部長がある若手漁師をモデルとして推薦し、撮影時も同席して「もっとこうしたら」などとアドバイスをしていたそうだ。動画やポスターの作成時には、若い漁師たちが自らの活動や想いをどうやったら世の中に伝えていけるのか、ということを真剣に話し合っていたという。

シーフードショー、うみひとネットの共同ブースでは豊かな海の色を再現したバスソルトを展示

豊かな海を伝え続ける

明石浦漁協のセリを見学した。市場の大半が生け簀のようになっていて、水揚げされた魚はその中に放たれる。セリにかけられる魚はほとんどが活魚だ。ビチビチ跳ねる魚たちが、時には箱から飛び出しそうになりながらどんどんセリにかけられていく。セリを見学しながら、あぁ、ここには豊かな海がちゃんとあるのだな、と思う。それでも年々セリの時間は短くなり、漁師たちは魚が減っていることを実感しているという。このセリを維持するためにどうしたら良いのか。漁師さんたちの活動や想いを受けて、私たちみんなの意識を豊かな海へ向けていきたい。

市場はほぼいけす状態
活魚がどんどん競られていく

連載 第7回 へ続く

プロフィール

関 いずみ(せき いずみ)

関 いずみ

東京生まれ。東海大学人文学部教授。漁村における生活・文化や人々の活動に興味を持ち、日本の漁村を歩き続けている。地域主体の新たな産業おこしとしての漁村ツーリズムの可能性や、漁村の女性を中心として活発化している起業活動について、実践活動と併せた調査研究を行っている。2020年に仲間たちと(一社)うみ・ひと・くらしネットワークを設立。農山漁村女性の応援団として活動中。