豊饒な海への針路
本稿は、日本の海と社会の関係を、多魚種漁獲漁業という接点から問い直す試みだった。
最初に、椴法華と宮古を起点に、日本の沿岸が多魚種漁獲漁業の国であることを、魚種多様性の国際比較を通して見た。多魚種漁獲漁業は、漁獲魚種の多様性と消費価値の多様性が結ばれてはじめて成立する関係であり、変わり続ける日本の海を、私たちが受け入れてきた結果でもあった。そして、いま政策の場で「魚種交替」として語られている現象が、多魚種漁獲漁業の現場ではむしろ日常である、というちがいを確かめた。
次に、漁獲漁業のなかに、海の律動と社会の時間スケールの調和の場を見出した。海の律動には、潮汐から世紀単位までの複数の時計がある。社会の時間スケールにも、会計年度一年、水産基本計画五年、減価償却年数、政治の四年といった短い時計から、五十年の岸壁、世代を貫く家業継承といった長い時計までが含まれている。多魚種漁獲漁業とは、漁法・加工・流通・食の四つの場面が、海の長い律動と歩調を合わせて、世代を貫いて引き継がれてきた漁業のあり様である。
その調和を、岩手県宮古市の底曳網漁業を通して確かめた。震災を越えて再起動できたのは、震災以前の世代を貫いて引き継がれてきた漁法・加工・流通・食の現場のあり様が、大規模災害を受けてもなお足場として残ったからである。
その調和が崩れる場面を、北海道函館市の30年を通して見た。社会の時間スケールが、目先の短期的な動きに重心を置きすぎたとき、海の律動と同じ時間階層で世代を貫いて引き継ぐべき現場の有り様が、漁業のあり様の四つの場面それぞれで削り取られていく。函館の30年で失われたものと、宮古の世代を貫いて引き継がれてきたものは、同じ海の上に対をなして並ぶ、ひとつの時代の二つの相である。これからこの時代の節目となる2050年を、私たちは、どちらの時計に近づけていくかを、いま選ばなければならない。
豊饒な海とは。
豊饒は、肥沃な大地が農作物を豊かに育むさまを表現する言葉だ。大地を耕すことによって、大地と人間との関わりが生まれ、大地自体もまた肥沃さを増す。この循環が成り立つのは、大地が「いつもそこにある」からだ。
海は、そうではない。海は留まらない。海は耕せない。海は変わり続ける。
それでも、豊饒な海は確かにある。それを作り出すのは、広大な海原に魚を追い求めて豊かさを得ようとする漁業ではない。変えがたく、しかし変わり続ける地場の海を抗うことなく受け入れてきた漁業と、その豊かさを多様な魚の価値として耕してきた私たちの社会の、長い時間の積み重ねとして、豊饒な海はある。
豊饒な海は、目指す未来の名ではない。それは、海の律動と社会の時間スケールが調和したときに、いまここに立ち現れる現実だ。
椴法華の定置網漁業者、宮古の底曳網漁業者、そして全国の沿岸の多魚種漁獲漁業に関わるすべての人々が、いまも、その日の海と向き合いながら、結果として、長い時間スケールで関係を結んでいる。2011年の東日本大震災から日本の沿岸漁業に関わることで、彼らの営みのなかに、私ははじめてこの国の沿岸漁業の在り方を学んできた。函館での30年もまた、次の100年への針路を選び直すための、この国の確かな起点だ。失われたものを名指すことができたとき、はじめて、私たちは、これからの百年に対して、どこから始めるかを、選ぶことができる。
冒頭で問うた「日本の海を『豊か』と評するとき、私たちはその豊かさを『豊饒な海』と呼べるのだろうか」にかえりたい。豊饒な海は、まぎれもなく大地を耕すように、海と関わる時間そのものを耕してゆく営みのなかに、ある。
そして、その営みをどこから始めるか、後兵に、本校旗魚種漁獲漁業を羅針盤としておきたい。多魚種漁獲漁業は、海の律動と社会の時間スケールの調和を、漁法・加工・流通・食の四つの場面において体現してきた日本の漁業のあり様だと、わたしは考える。このあり様を読み直し、海と漁業、漁業と社会のあいだの関わりのそれぞれにおいて、海の律動と同じ時間スケールで世代を貫いて引き継げる構造を、社会の時間設計のなかに織り込み直していくことが、豊饒な海への針路のひとつだ。
具体的にどのような制度設計がそこに連なるかは、海の時間を社会の制度に埋め込む調和設計として独立論考としたい。本稿はその探究の手前で、豊饒な海へのひとつではない針路の方向を、海の律動と社会の時間スケールの調和ということばのもとに見いだすところまでにとどめたい。
日本の海は、変わり続ける。日本の海は、絶え間ない変動と変化の海だ。
その有り様に抗うことなく、その時間を受け入れ、社会の制度のなかに海の律動を埋め込んでゆくこと。これが、わたしが見いだそうとしている豊饒な海への針路。日本の漁業・水産政策には今日に至るまで、海と社会のあいだの関わりを支えてきた幾多の蓄積がある。その蓄積の上に、次の百年へ、それぞれの針路をもつであろう私たちが、共に立てていきたい。