多魚種漁獲が映す日本の海
変わり続ける海の多魚種漁獲漁業
日本の沿岸で営まれる多魚種漁獲漁業は、海から獲られる魚の多様性と、水揚された一尾一尾に価値を与える消費の多様性、この二つの多様性が、市場での市場価値として結ばれてはじめて成立する。はじめにひとつ、留意しておきたい。本稿で言う「多魚種」とは、単に魚の種類が多いことだけを指すのではない。同じ魚種であっても、水揚される形態(サイズや品質など)は画一ではない。「多魚種漁獲」と「多魚種水揚」は、魚種の違いと、同じ魚種のなかでの形態の違いの、二重の多様性を内包している。変わり続ける海から、こうした多様な魚種・形態が漁獲される。漁業が多様な魚種・形態のまま市場に水揚される。多様な水揚に柔軟に対応できる加工と流通を経て、それぞれに価値が与えられ消費される。漁業が海と社会を繋ぎ、加工と流通が漁港と消費者を繋ぐ。その交点に、多魚種漁獲漁業はある。
日本の定置網漁業と日帰り操業を中心とする底曳網漁業[2]は、商業価値の高い少数の魚種を求めて広い海を追う漁業ではない。沿岸の限られた海域で営まれ、海とともに変わる多様な魚種を漁獲する。結果として、多魚種漁獲漁業となる。複数の漁具・漁法を使い分け、季節ごとに違う魚種を一つの経営体で漁獲する漁業も、経営体レベルでは多魚種漁獲漁業といえる。
- [2] 日本の漁業において、沿岸域での定置網と底曳網は経済的に重要な役割を果たしている。これらの漁業は2000年から2021年の間に日本全体の生産量の約34%を占めており、漁業経営体の約20%がこれらの漁法を取り入れている。特に沿岸域では、定置網と底曳網が同じ地域で操業するケースが多く、漁業が行われている市町村の約41%で両方が見られることから、経済的な重要性が非常に高い。海面漁業生産統計調査(https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kaimen_gyosei/)。
海は変わり、魚もまた変わる。温暖化などにより日本周辺の海は急速に変動し、サンマ・スルメイカ・サケといった主要な魚種が不漁になる現象が増えている。水産庁が専門家を集めた検討会では、「資源の変動に応じて漁獲対象の魚種を変え、操業のかたちも転換していく必要がある」と提言された[3]。
- [3] 「海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会」、https://www.jfa.maff.go.jp/j/study/arikata_kentoukai.html。
サンマやスルメイカのように、まとまった量が獲れる魚種は、棒受網漁業やイカ釣漁業など、特定の魚種に特化した漁業によって漁獲されてきた。これらの漁業は効率的で、大きな漁獲を得る能力がある。こうした漁業を持つ地域の水産加工や関連産業も、それらの魚種に特化して発展してきた。だからこそ、その魚種の不漁が、漁業のみならず地域の関連産業全体の危機となる。特定の魚種に依存した生産と加工・流通は、いま困難を極めている。
70〜100魚種以上を商業的に水揚げすると言われる多魚種漁獲漁業、すなわち、定置網漁業や底曳網漁業でも、主要魚種の変動は顕著である。例えば、北海道函館市椴法華の大型定置網漁業では、スルメイカの水揚量が大きく減少し、代わりにブリが主要な魚種となっている。また、近年では、サバの水揚量が急増している。岩手県宮古市の底曳網漁業も同じく、一度は主要魚種であったスルメイカやマダラの水揚量が大きく減少し、椴法華の大型定置網漁業と同様に、サバが主要な魚種として水揚げの多くを占めている。
しかし、椴法華の定置網漁業から宮古の底曳網漁業に至るまで、水揚げの主役の魚種は変わっているのに、年単位の水揚量と水揚高の動きは、まったく別の物語を語っている。函館市の大型定置網漁業では、2014年以降スルメイカの水揚量が激減したにもかかわらず、年間の水揚高は比較的安定している。宮古市の底曳網漁業に至っては、2015年以降スルメイカやマダラの水揚量が著しく減ったのに、総水揚高はむしろ増加している。
多魚種漁獲漁業では、ある魚種の不漁が、別の魚種の主役交代を生む。椴法華ではブリやイナダが、宮古ではサバが、新しい主役として水揚げの舞台に登場した。新しい主役の魚種には、おもしろい価格の動きがある。突然、水揚量が増えると、地元市場の需要が飽和して価格が下落する。しかし、水揚量の増加が続くうちに、価格は安定し、新しい主役としての価格が成立する。獲れた量と売れた額の主役交代は、必ずしも同じ時間軸で動くわけではない。
椴法華の大型定置網漁業では、2013年にブリ・イナダの水揚量が大幅に増え、いったん価格が下落した。その後、水揚量が増え続けるうちに価格は安定し、ブリは漁獲高の主役となった。待ち続けることが特徴の定置網漁業は、主役の魚種の変化に翻弄されているように見える。だが、多魚種漁獲と地元の加工・流通が協調して魚種の変化に柔軟に対応することで、新しい主役の魚種は水揚高においても重要な存在になる。
宮古市の底曳網漁業でも、同じことが起きている。三陸の海で魚種が激しく入れ替わるなか、日帰り操業の底曳網漁業は特定の魚種を追わない。スルメイカの漁獲が減っても、全国的なイカの不漁がスルメイカの価格を押し上げ、水揚量の減少以上に総漁獲高は伸びる。キチジや新しい主役サバの加工原料の需要も伸びている。地元の加工・流通業者が水揚高の変化に対応し、新しい市場と消費者へつなげていくことで、魚種の入れ替わりや水揚量の減少があっても、宮古の底曳網漁業の水揚の価値は高まっていく。
漁獲量や漁獲高の数字だけを追っていると、何が実際に起きているかを見失う。2011年の東日本大震災で被災した宮古市では、津波で街も港も破壊されたのに、底曳網漁業は同年4月から再開し、漁獲高は増加し続けている。2023年3月末に首相官邸国際広報として出された動画『The Unknown Strong and Waste-Free Fishing Industry of Iwate(知られざる強い漁業、無駄のない漁業)』[4]は、多魚種漁獲ゆえに震災を乗り越えた宮古底曳網漁業の姿を、世界に伝えた。この動画は公開から半年で約500万回以上再生され、官邸国際広報の動画600本余りのなかで歴代最多視聴の一つとなった[5]。宮古の底曳網漁業の経験は、日本のみならず世界にとっても、大きな意味を持っているのではないだろうか。
- [4] 「The Unknown Strong and Waste-Free Fishing Industry of Iwate」, The Government of Japan, https://www.japan.go.jp/kizuna/2023/02/unknown_strong_and_waste_free_fishing.html。
- [5] 動画 “The Unknown Strong and Waste-Free Fishing Industry of Iwate,” Prime Minister's Office of Japan https://www.youtube.com/watch?v=mfIfHMu5b_Y。
多魚種漁獲の国
日本の海は南北に長く広大で、一概に語ることはできない。しかし注意を払いつつ、一国の漁獲漁業の水揚高と水揚量を、魚種の多様性という観点から観察すると、日本が多魚種漁獲漁業の国であることが見えてくる6。
- [6] ここまでは漁業の視点で漁獲量と漁獲高としてきた。ここでは国単位でまとめたものを区別して、水揚量・水揚高と書く。
日本をはじめ、多くの国は自国の海だけでなく、公海や他国の海でも漁業を行う。しかし、それぞれの国の漁業のあり方は、その国の海の特徴と長い歴史のなかで形成されてきた。そして、国連海洋法条約によって各国の海の境界が意識された、多くの国で条約が批准されていることから、水揚量の魚種多様性は、それぞれの国がもつ海の特徴を映していると考えられる。さらに、水揚高の魚種多様性は、消費価値の多様性、つまり、その国の食文化や水産物需要のあり方を映している。
ここでは、四つの漁業大国 — 日本・米国・中国・ノルウェー — の、年間水揚量と水揚高の魚種の多様性が、1990年から2018年までどう変化してきたかを、生物多様性を計る指数の一つであるシャノン・ウィナー (Shannon-Weaver) の多様性指数[7]で眺めてみよう。横軸に水揚量の魚種多様性、縦軸に水揚高の魚種多様性をとった。点線は両者が等しい場合の位置である。図には、個別の魚種の動きは現れない。しかし、もし魚種が入れ替わるなかで新しい魚種にも市場価値が与えられていれば、二つの多様性は同期して動き、点線に沿った軌跡を描くはずである。
- [7] Shannon, C. E., & Weaver, W. (1949). The mathematical theory of communication. University of Illinois Press. シャノン・ウィナーの多様性指数では、魚種多様性が高いとは、単純に多くの魚種が漁獲されるということではない。水揚量においては、より多くの魚種が等しい量で水揚されるとき、水揚量の魚種多様性指数は高くなる。逆に、数多くの魚種が漁獲されてはいるが、僅かな魚種が大勢を占めているのなら、水揚量の魚種多様性は低くなる。一方、水揚高の魚種多様性はより複雑だ。水揚量が少ない魚種でも、単価の高い魚種は水揚高に占める割合は大きくなる。
少数の魚種に特化した水産輸出大国ノルウェー(グラフ右端)は、両方の多様性が低く安定している。一方、日本(グラフ左端)は、水揚量の多様性が一時的に高まる中で水揚高の多様性が下がる、という動きを示す。これは、1990年代から2000年代前半まで、日本の水産物流通が技術革新と流通網整備で多様な魚種を市場に流通させられるようになる(水揚量の多様性上昇)一方で、比較的少ない魚種を大量に流通させる方向に構造が動いた(水揚高の多様性低下)ことを示している。しかしその後、水揚高の多様性は徐々に上昇し、水揚量の多様性の動きと同期していく。多様な価値を持つ多様な魚種が増えている、ということだ。日本は、多様な魚に価値を与える多魚種漁獲の国へと、さらに進んでいるように見える[8]。
- [8] Capturing Fisheries Production, in The State of World Fisheries and Aquaculture 2022, https://www.fao.org/3/cc0461en/online/sofia/2022/capture-fisheries-production.html。
椴法華の定置網漁業と宮古の底曳網漁業の、魚種交替への対応力も、日本全体の水揚量・水揚高の多様性の変化も、変わり続ける日本の海を受け入れてきた結果である。だとすれば、日本の魚食文化も、海の変化を受け入れてきた結果だと納得できる。
海の生態系は、変わりゆく環境のなかで姿を変え続ける。地球温暖化や大規模災害といった急激な変化が、いまも日本の海に影響を与え続けている。それでも、漁獲魚種の多様性は維持され、消費価値の多様性は、むしろ高まりを見せている。
日本は、世界の中で多魚種漁獲の国である。だからこそ、本稿で取り上げる岩手県宮古市と北海道函館市の二つの漁港の物語は、日本の海と社会の関わりそのものを映している。宮古の100年と函館の30年を読み解いてみる。
「魚種交替」の視点
ここまでで、椴法華の大型定置網漁業と宮古市の底曳網漁業の、10年の水揚記録、そして日本の漁獲漁業水揚の30年の魚種多様性の動きを眺めてきた。これらの記録の漁獲量の魚種多様性変化には、主役の魚種は変わるということが共通する事実として刻まれている。しかし、漁獲魚種の多様性と、その魚種ごとに与えられる消費価値の多様性が結ばれているかぎり、水揚高は維持される、あるいは増加してきた。
この事とは別の角度から「魚種交替」はいま語られている。サンマ・スルメイカ・サケといった、これまで日本の漁業を象徴してきた魚種の不漁は、政策・研究・報道の場で「魚種交替」として明示的な問題として扱われるようになった。海洋環境変動、それに伴う魚種分布の変化、これらの現象が、いま、対応すべき政策課題として漁業現場の前に置かれている。
ここに、二つの視点が並ぶ。ひとつは、特定の主要魚種の不漁を「魚種交替」として外側から眺める視点。もうひとつは、椴法華や宮古の現場で実際に営まれてきた、魚種が変わることを前提として漁業のあり方そのものに織り込んできた、多魚種漁獲漁業の視点である。
この二つの視点の違いは、立場の違いだけではない。漁獲漁業が海と社会のあいだに作りあげる関係を、どのように理解しているか、の違いである。「魚種交替」の視点は、特定の魚種の安定供給を前提とした漁業を念頭に置く。多魚種漁獲漁業の視点は、海の変化そのものを前提とした漁業を念頭に置く。前者では、魚種交替は対応すべき問題として現れる。後者では、魚種交替は漁業のあり方の一部として組み込まれている。
なぜ、同じ魚種が変わるという現象が、異なる現れ方をするのか。それは、漁獲漁業のなかで、海の律動と社会の時間スケールがどう交わるかにかかっている。次に、その交わりを見ていきたい。
漁獲漁業 — 海と社会の接点
多魚種漁獲漁業は、海と私たちの社会が交差する場所で営まれる経済活動である。漁獲が最終的に消費となるプロセスの背後には、いくつもの市場と関連産業が幾重にも重なる。日本の海で漁獲された多様な魚種は、産地の卸売市場に水揚される。水揚は市場取引で商材・原料となる。関連産業の加工・流通を経て、消費地の市場、小売や外食産業を通じて消費者に渡るまでに、漁獲された魚はさまざまな形に変わり、最終的に多様な消費価値を持つ商材になる。
この多層の市場・関連産業を通じて、それぞれの魚種に多様な消費価値が与えられ、多魚種漁獲漁業が成り立つ。そしてその源流には、変わりゆく海洋環境のなかで、海の生きものたちの複雑な生物生産がある。漁獲漁業には、海洋と幾重にも重なる経済活動が複雑に絡み合った、先の読みにくい動きが隠れている。多魚種漁獲漁業では、さらに、多様な魚種それぞれの生物生産と消費を重ね合わせて理解する必要がある。
この漁獲漁業のなかで、海の律動と社会の時間スケールがどう交わるかを、ここから見てゆこう。





